読解力は日常の生活体験と不可分だが、教育関係者の話によれば、近頃は子どもたちの生活体験の乏しさがしばしば話題にのぼるという。自宅がオール電化のため、火を見たことがない生徒に、理科の「燃焼」を教えることが難しいといったことや、針を見たことがない子には、「風船に針を刺したらパチンと割れた」という表現がピンとこないなど……。
新井氏が衝撃を受けたのは、東大生のアルバイトに「葛藤」という言葉を使ったRST(リーディングスキルテスト)の作問を依頼したときのこと。出てきた文例は、家庭内でのことか、勉強の悩みか、あるいは突如として地球滅亡に関するものばかりだったという。
「単に言葉を操るだけなら、東ロボくんも東大入試の世界史の大論述(600字ほどの記述問題)で合格点が取れます。でも、社会が必要としているのは実感を伴うような、リアルな問題解決能力です。
『葛藤』という言葉で思い浮かぶ場面が日常の半径3メートル圏内か空想の世界しかないような学生が、卒業して社会で生産者になれるとは、私には思えません。現実社会と接合できる読解力でなければ、AIに勝つことはできないのです。
それにもかかわらず、先日の新聞報道では、プログラミングや英語教育の学校現場への導入を、保護者の80%近くが肯定的に受け止めているとありました。基礎的な読解力が不足し、授業時間も限られる中でこうした教育が進めば、すべての習得が中途半端になってしまうはずです。結果、ますますAIに代替されてしまうのではないかと危惧します」