それにしても、國分氏と言えば、東京都小平市の道路建設計画への市民参加を求める住民投票運動で世間では知られている(『来るべき民主主義』幻冬舎新書)。あの市民運動と本書の中動態の哲学とがどうつながっているのか、気になったので尋ねてみた。
「僕が『中動態の世界』で依拠しつつ批判しているのがハンナ・アレントでした。アレントの政治のビジョンというのは、しっかりとした意見をもった大人が集まって、言葉を使って議論し、一致点を探り、それに基づいて権力を作って政治を行うという、コミュニティを運営することでした。
僕はこの考え方にきわめて強い違和感を持っています。住民投票をやったときにわかったのは、『人の意見なんてものは最初からあるわけではない』ということです。住民投票で一番大切なのは、実は投票そのものではなくて、投票に至るまでのプロセスです。そのプロセスを通じて少しずつ人の意見ができあがっていく。
だから、アレントのように意見をもった能動的な市民が初めからいると想定するのではなくて、むしろ中動態的なところから始めて、人々が意見を少しずつ作っていけるようなプロセスをスタートさせることが大事だということです」
日常の感覚から民主主義まで、中動態がひらくパースペクティブは遠大だ。
文責:広坂朋信
※季刊誌「kotoba」29号掲載の著者インタビューを一部修正の上、転載しています。
なお、『中動態の世界 意志と責任の考古学』は2017年第16回小林秀雄賞(主催:財団法人新潮文芸振興会)および紀伊國屋じんぶん大賞2018の大賞を受賞しております。
プロフィール
哲学者。1974年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了。フランスではパリ第10大学哲学科DEA課程、社会科学高等研究院言語科学科DEA課程も修了している。『スピノザの方法』(みすず書房、2011年)により博士(学術)。高崎経済大学経済学部講師、同大学准教授を経て、2018年より東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。主著に『暇と退屈の倫理学』(太田出版)、『ドゥルーズの哲学原理』(岩波書店)など。『中動態の世界――意志と責任の考古学』(医学書院)により第16回小林秀雄賞および紀伊國屋じんぶん大賞2018を受賞。