──「不便」が実際のデザインや製品化に活かされ、世の中を変えつつあると感じることはありますか?
川上 今の段階でも、幾つかの分野とのかかわりが生まれています。たとえば、ロボティクス、人間支援システムなどが典型ですね。これからは工場の中のロボットだけじゃなくて、もうちょっと社会性を持ったロボットが求められる場面が増えてくると思います。その時に、最も良い形での人間との共生をデザインするには、何でもこなす便利で完璧なロボットじゃない形を目指すには、どんなものがあり得るのかな、とか考えると、そこには不便益的な発想が必要だろうなと思います。
他にも、安全工学の領域では現在、自動運転の開発が一気に進んでいます。でも、勝手にブレーキがかかるとなると人は怠けてしまうので、安全面を考えたらむしろ危ない。いかに危機感を保てるような環境をつくり、「便利さ」と「不便さ」のバランスを取るかということも考えないといけません。
それから、実は理系以外だと、教育学の分野でも不便益に注目している研究者がいるんですよ。
──教育をデザインする上で、敢えて「不便」という要素を取り入れて、それによって教育効果を高めようと工夫している方がいるということでしょうか。
川上 その通りです。今から思えば『不便益という発想』(インプレス、2017)に加えるべきだったんですが、「教育とは、望ましい困難さ(desirable difficulty)をうまくデザインすることである」と言っている人物がいるんですね。
困難を「不便」と読み替えると、それには望ましいもの(益がある場合)があり、単に困難なだけではいけないわけで、「どんな不便から、どんな学びが生まれるか」を探求していくのも、非常に意味がある研究だと思います。
──ちなみに、調べてみると「不便益システム研究所」というものがあるんですね。不便益研究というものは分野として確立していて、一定数の研究者が所属する学会も存在するのでしょうか。
川上 いや、実はそういう正式なものは無いんです。不便益システム研究所というのは、「不便益」という発想に共感してくれている研究者たちによる、情報交換の場所ですね。不便益研究という領域自体も、何か学問分野として確立しているというよりは、色々な所属の方、幅広い興味関心の方々が、同じキーワードのもとに集まっており、考えたことを共有しながら自分の専門分野に活かそうと考えているということになります。
プロフィール
1964年島根県生まれ。京都大学工学部、京都大学大学院工学研究科修了。博士(工学、京都大学)。岡山大学助手を経て、現在は京都大学デザイン学ユニット特定教授。「不便から生まれる利益」である不便益研究のパイオニア的存在であり、不便益システム研究所所長を務めている。