──不便益研究のバリエーションの一つ、あるいは隣接分野での研究として、今後進めていきたいものはありますか?
川上 少し大きな話ですが、今後はインターフェースの研究などにも手を広げたいと思っています。これは実際的に「世の中の役に立つ」具体的な領域ですね。
どういうものかというと、たとえば、まだ3.11の事故が起こる前ですが、25年ほど前に日本の原子力発電所でオペレーションルームのインターフェースをわざと複雑に設計したという事例研究が報告されているんですよ。
それまでのデザインの常識では、どうしても分業という発想が強くて、それぞれの人が自分にかかわる情報だけをピンポイントに取り出せて、それによって操作もピンポイントで簡単に行えるようにする、つまり便利にするというのが大前提だったんですね。しかし、そうした設計のもとでは、個々の人間は自分の担当分野にはどんどん習熟していくことができますが、周囲の人間の担当分野を把握したり、システム全体を俯瞰(ふかん)して理解したりすることが難しくなっていきます。それがリスクになることもあり得ますよね。
そこで逆転の発想で、担当のオペレーションとは直接関係のない周辺情報も表示したり、分類表示するのではなく1枚の表示パネルにたくさんの情報を詰め込んだり、表示する文字サイズも小さくする、というように設計をした人物がいたんです。そうすると、より多くの情報を取捨選択する必要が生じて、負荷や手間にはなります。でも、運転員は逆に「わかりやすくなった」と言い、プラントの全体像も把握しやすくなったそうです。
そういう形で、自動化されている要素でも、どこに「手間」を加えるようにすれば、全体像がより深く理解できるようになるのか、というような形で、不便益を実用に活かすこともできるわけです。そういう研究につなげられたら良いかなと思っています。
ただ、原発の例からもわかるように、この研究ってすごく大がかりになっちゃうんですね。「ちょっと試させてくれ」ということがなかなかできないわけですが、こうした領域は不便益を掘り下げていったところにあると思っていて、不便益研究のバリエーションの一つだと感じています。
プロフィール
1964年島根県生まれ。京都大学工学部、京都大学大学院工学研究科修了。博士(工学、京都大学)。岡山大学助手を経て、現在は京都大学デザイン学ユニット特定教授。「不便から生まれる利益」である不便益研究のパイオニア的存在であり、不便益システム研究所所長を務めている。