──有り難うございます。ここまでお話を伺って、ようやく「不便益」というものがわかった気がします。最後に、先生の野望を伺えますか。
川上 よく野望を聞かれるんですけどね、いつも冗談で「世界征服」と答えるようにしています(笑)。要するに不便益という考え方を世の中に浸透させて、皆さんが「そうだよね」と理解し、納得してくれて、新しい視点がどんどん生まれるようになってくれたら嬉しいなと思って。でも、「嬉しいな」というくらいで、実は野望というほどのものでも無いんですけれども。
──不便益という発想を使うと、それまで見過ごされていた様々な「プロセス」に目が向くようになり、新しい発見や気付きが生まれるということですね。
川上 そうですね。そうすれば、我々の社会はもっと豊かで多様になると思います。
あとはもう一つ。やはり、不便益研究に携わる仲間を増やしたいという思いもあります。そのためには、「不便の益」が得られるものをデザインする上での指針や、わかりやすい公式があれば、もっと色々な人が加わってくれるだろうなと思っています。ところが、実はそこに一つの根源的な問題があって……。
──えっ、どういうことですか?
川上 そんな便利な指針を提示してしまって良いのか、という問題です。「不便益研究」なのに、便利な指針や公式をつくるって、大変な矛盾じゃないのかという葛藤があります。
実は以前、『不便から生まれるデザイン:工学に活かす常識を超えた発想』(化学同人、2011)という専門書を書いたことがあります。不便益とか言いながら読みやすい便利な本では矛盾すると思って、敢えて難解な書き方を貫きました。結果的に、あまり理解されず、期待していたほど話題にならないという悲しい結果になってしまったのです(涙)。
―そんなところまで「不便」を貫くんですか!?
川上 「わかりにくい」という不便さからは、「理解しようと真剣に考えてもらえる」という「益」が生まれますからね。
ともあれ、不便益研究はまだまだ発展途上。難しさがいっぱいです。
―おあとがよろしいようで(笑)。
写真提供:川上浩司/『不便から生まれるデザイン』書影は化学同人提供
プロフィール
1964年島根県生まれ。京都大学工学部、京都大学大学院工学研究科修了。博士(工学、京都大学)。岡山大学助手を経て、現在は京都大学デザイン学ユニット特定教授。「不便から生まれる利益」である不便益研究のパイオニア的存在であり、不便益システム研究所所長を務めている。