著者インタビュー

歴史の教訓に学ぶ「新型コロナウイルス」への向き合い方

『歴史とは靴である』著者・磯田道史氏インタビュー
磯田道史

2.「型」の踏襲が危ない

広坂 歴史の学習というと、どうしても暗記科目という固定観念があるものですから、自分の問題意識をもって歴史を学ぶというのは新鮮な感じがします。

磯田 問題意識をもって歴史を学ぶと、私たちは歴史から教訓を得ることができます。教訓とは、現代の私たちが生きていくために必要な洞察のことです。過去に何があったか、それを知ることで、今どうすべきかを考える。

例えば、今、新型コロナウイルス感染症に対応することが求められています。どうしたら感染症にかからずに健康に過ごせるだろうか、というのは今の私たちの切実な問題意識です。この視点から歴史を見直すことには大きな意義があります。

その際に重要なのは、歴史では、自然科学の特殊な場合と違い、まったく同じ出来事は二度と起きないということです。けれども、「おおよそ」似たようなことは起きる。

似ているけれども違う、だから創意工夫が必要になる。つまり、今までやってきたやり方を踏襲していたら通じない時にこそ、歴史からの学びが必要になるのです。

しきたりをただ守っているだけなら、「型」を学習するだけなので、現状に従うだけでいい。「過去」から「未来」を問う営為をしなくていい。つまり、歴史に学ぶ必要はない。むしろ、既存の「型」が通用しなくなった時ほど、歴史に学ぶことが重要になります。

広坂 歴史を学んでいると、とかく「真似をする」という方向に行きがちですが、ただ前例を真似るだけでは危ないということですね。

磯田 それこそ、私が本当に警戒していることです。日本人には良いところがいっぱいあると思っています。緻密だったり、決めたことをみんなで守ったりする点では優れていますが、型が決まっている場合、それをそのまま踏襲する傾向がある。自分でその型を「今回も通用するかどうか」と考えて、臨機応変にすばやく変えていくのが、不得意な面もあります。

歴史に学ぶということは、今、自分が持っているマニュアルは何なのか、そしてそれは目の前の状況に通用するのかを、常に問いなおすということです。

今年の2月に、集団感染を起こしたクルーズ船(ダイヤモンド・プリンセス号)が横浜港に寄港しました。その検疫の際に、厚生労働省の検疫官は、規定に沿ってマスクと手袋をしただけで作業をしていた。要するに「検疫はこういう姿でやることになっている」という型に従ってやったわけです。そのために厚労省職員のなかで感染者を出してしまった。

一方、自衛隊は、オウム事件の時にバイオ・ケミカルの戦いを経験したり意識したりしていた。自衛隊は、防護服を着て、ちゃんと装備をして完全防備でクルーズ船に入ったので、ひとりの感染者も出ませんでした。

これが「歴史に学んでいるかどうか」という違いでしょう。

感染症は以前からありましたが、かつては人の移動が今ほど激しくなかった。そういう時代には、感染症の流行も世界的な大流行は100年に1回ぐらいで済んでいた。けれども、近年や、これからは、違うでしょう。SARS、MERS、そして今回のCOVID-19と、今では約10年に1回という割合で人類は大・中・小のパンデミックに襲われています。

歴史を見ていると、かつては100年に1回しか起きなかったことが、今は約10年に1回も起きていることがわかる。ウイルス感染症と人類の歴史はどうやら新局面に入っているらしい。それなのに、以前と同じ暮らし方をしていたら、これからどうなるかわからない。

広坂 あとおおよそ10年ぐらいしたら、また別の感染症が流行ることもあり得ると。

磯田 自然破壊や野生動物との付き合い方、距離の取り方が、今のままでは、そうなると見るべきでしょう。だから我々の生活のあり方自体、対処の仕方自体を根本的に変えていかないと、命を守れない可能性がある。

病院のあり方もそうです。総合病院には外科があって内科があって、眼科や耳鼻科もあって、それらがみんな同じ入り口です。それで骨折した人も、血圧の高い人も、感染症患者と同じところから出入りしている。別の理由で病院に行ったことでコロナウイルス感染症にかか)ってしまったら、もう悲劇でしかありません。

PCR検査の機械や人工呼吸器の台数、すべてこれまでの経験をもとに設定されている。でも、これから後の世界では、病院の建物の構造から防護服の用意、機械の台数や配置まで根本的に変える必要があるのだと思います。国家は、国民のために、医薬品や高機能マスクや消毒用品、感染防止の資材を備蓄しておかなくてはなりません。

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プロフィール

磯田道史

歴史学者。1970年岡山県生まれ。国際日本文化研究センター准教授。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。茨城大学准教授、静岡文化芸術大学教授を経て、2016年より現職。著書は、『近世大名家臣団の社会構造』(文春学藝ライブラリー)、新潮ドキュメント賞受賞の『武士の家計簿』(新潮新書)、日本エッセイスト・クラブ賞受賞の『天災から日本史を読みなおす』(中公新書)、映画『殿、利息でござる』の原作となった『無私の日本人』(文春文庫)、新書大賞2018で第9位入賞となった『日本史の内幕』(中公新書)、『歴史とは靴である――17歳の特別教室』(講談社)、『感染症の日本史』(文春新書)など。

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