多くのメディアで活躍中の歴史学者が鎌倉女学院高等学校の生徒たちに向けて語った特別授業の内容が、一冊の本になった。
「なんだ高校生向けか」とあなどるなかれ。現代の歴史学の核心がわかりやすく語られており、しかも読んで面白い。本書の内容について、著者・磯田道史氏は次のように語る。
「歴史学とはどのようなものか、それも啓蒙主義時代の19世紀的歴史学ではなく、21世紀的歴史学とは何かという話をしました。
そのうえで気をつけたのは、誰が読んでも、歴史学とは何か、がわかるように叙述することです。現代歴史学を解説したよい本はいくらもありますが、難しい用語を使わずに高校生が読んでも大人が読んでも、現代歴史学の神髄を笑いながら学べる本になっていればよいな、ということでした。
その中で、例えば、時代小説や歴史小説と、プロの歴史家による歴史研究とはどう違うのか。歴史学と周辺の学問、考古学や民俗学との違いは何か。歴史学の基礎である史料については、古文書だけが史料ではなくて、コンビニの防犯カメラも将来は歴史の史料になり得るとか。エビデンス(証拠になる史料)が残っていたとしても、それを鵜呑みにしてしまうと、とんでもない歴史が書かれることがあるので、史料を批判的に吟味して用いる『史料吟味』が大事であるとか。史料吟味自体をやると実生活にも役に立つとか。そういう話をしました」
高校で習った歴史には受験勉強の思い出もまとわりついて、苦手意識のある人もいるだろう。
「今、高校で使われている教科書は、国民意識を作るためのものです。国家が『これが正しい歴史です』と言って、日本という国家にどんな政治家や偉人がいたか、標準形を作って暗記させるための、いわばレディメイドの”歴史国民服”です。
それに対して、私がこの本で伝えたかったのは、21世紀の人の生き方に必要な歴史的な考え方です。つまりこれから必要になる歴史、その意味では『未来歴史学』と言ってもいいかもしれない(笑)。
これからの歴史教育の特徴は、歴史のオーダーメイド化です。それぞれの学習者が自分の興味・関心にそってその分野の歴史を調べるものに変わっていく。
例えば、カメラマンを目指す人は写真の歴史を調べる、美容師になりたい人は化粧の歴史を調べる、というように、暗記の歴史から、自分の興味・関心のあるものの歴史を調査する学問になっていく。それが21紀的な歴史学です」
プロフィール
歴史学者。1970年岡山県生まれ。国際日本文化研究センター准教授。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。茨城大学准教授、静岡文化芸術大学教授を経て、2016年より現職。著書は、『近世大名家臣団の社会構造』(文春学藝ライブラリー)、新潮ドキュメント賞受賞の『武士の家計簿』(新潮新書)、日本エッセイスト・クラブ賞受賞の『天災から日本史を読みなおす』(中公新書)、映画『殿、利息でござる』の原作となった『無私の日本人』(文春文庫)、新書大賞2018で第9位入賞となった『日本史の内幕』(中公新書)、『歴史とは靴である――17歳の特別教室』(講談社)、『感染症の日本史』(文春新書)など。