著者インタビュー

歴史の教訓に学ぶ「新型コロナウイルス」への向き合い方

『歴史とは靴である』著者・磯田道史氏インタビュー
磯田道史

3. 忘れられていたパンデミック「スペイン・インフルエンザ」

広坂 ウイルス感染症と人類の歴史は新局面に入ったということですが、今、歴史に学ぶとしたら、具体的には何が参考になるのでしょうか?

磯田 やはり、今からおよそ100年前に起きたスペイン・インフルエンザの歴史が参考になるでしょう。というか、今回の感染規模からいって、ほかに参考事例が、あまりない。

「スペイン風邪」と呼ばれたこの感染症は、スペインで発生したわけでも、スペインが流行の中心だったわけでもありません。当時は第一次世界大戦のさなかだったため、大戦に参加していたヨーロッパ諸国は情報統制を敷いていて、自国で感染症が流行って死亡者がたくさん出ているなんてことは公表しなかった。

そうしたなかでスペインは中立国であったために報道されて、「どうやらスペインで悪性の風邪が流行っているらしいぞ」と思われ、こう命名されたのです。このスペイン・インフルエンザでは、諸説ありますが、世界で2000万~4000万人以上の死者が出たとされています。日本だけでも約45万人です。

広坂 そんなに被害が出たとは! それにしては学校の歴史の時間に習った記憶がありませんが……。

磯田 私の恩師のひとりは、速(はや)水(み)融(あきら)(1929~2019、経済史・歴史人口学専攻。慶應義塾大学教授、国際日本文化研究センター教授等を歴任)という人なんですが、その速水先生は、感染症のパンデミックが「いつか必ず来る」と言って、日本ではほとんど先行研究のないスペイン・インフルエンザの研究を始めました。

速水先生はスペイン・インフルエンザの研究の少なさに驚いていました。そこで私が「なんで少ないんですか?」と尋ねたら、「磯田くん、それは風景が変わらないからですよ」と答えられたことをよく覚えています。

つまり、戦争や震災は、風景が一変するから記録に残る。けれども、スペイン・インフルエンザは日本国内でも約45万人が亡くなったと言われて、これはすごい数なのに学校教育でも取り上げられないし、歴史家もあまり研究してこなかった。それは、その直後に関東大震災(1923年)があり、さらに昭和の戦争があったからでしょう。

震災や戦争は日本の風景を一変させたけれども、感染症の流行では、そうはならなかった。「風景を変えない」感染症は非常に忘れられやすかったということだと思います。

速水先生は、昨年の12月初めに90歳で亡くなられました。もう1年でいいから長生きしてくださって、今回の一連の過程を見て、発言して欲しかったな、と思いました。

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プロフィール

磯田道史

歴史学者。1970年岡山県生まれ。国際日本文化研究センター准教授。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。茨城大学准教授、静岡文化芸術大学教授を経て、2016年より現職。著書は、『近世大名家臣団の社会構造』(文春学藝ライブラリー)、新潮ドキュメント賞受賞の『武士の家計簿』(新潮新書)、日本エッセイスト・クラブ賞受賞の『天災から日本史を読みなおす』(中公新書)、映画『殿、利息でござる』の原作となった『無私の日本人』(文春文庫)、新書大賞2018で第9位入賞となった『日本史の内幕』(中公新書)、『歴史とは靴である――17歳の特別教室』(講談社)、『感染症の日本史』(文春新書)など。

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