著者インタビュー

歴史の教訓に学ぶ「新型コロナウイルス」への向き合い方

『歴史とは靴である』著者・磯田道史氏インタビュー
磯田道史

5.歴史とは「安全靴」である

広坂 今回の場合、国民の大多数は罰則もないのに外出を控えたり、店を閉めたりして、それなりに行動の制限を受け入れていますが、一方で政府の対応は少し場当たり的にも感じられます。

磯田 私の目に映る範囲では、日本が取ったのは、マイルドな対応です。“要請”と“自粛”という、世界的にも稀な日本文明独特の対応を取りつつあります。法律とかで強制するよりは、要請という「お願い」を政府が行い、それに国民が「自粛」という形で応える。日本人はわりと他人の目を気にするので、「うちだけ大々的にイベントをるわけにはいかない」と、無言の強制力が働く。日本の場合はそれが非常に強い。

要するに“法の強制”じゃない。“要請”と“自粛”は、法にもとづく“命令”じゃない。その辺がなんだか、やんわりしている。けれども、強制ではなく要請であっても、日本人は衛生観念がある。手を洗ってくれるし、ずいぶん保健知識もあります。現場に委ねるとそれなりのことをやる国民性だから、国民の意識の高さで、世界でも稀な感染症対応が成り立っているという奇妙な状況です。

“要請”と“自粛”という、いわば“空気”による対応なんですよ。この無言の慣習というか、そういうのができあがったところが、この均質度の高い島国の面白さです。

広坂 マイルドな対応でなんとか無事に済めばよいのですが……。

磯田 日本人はおおむね衛生観念が強い方なので、部分的な経済行動の制限で、とりあえずこの2か月、3か月はしのいで来ることができた。けれども、これからもこのやり方で、最後まで、いけるかどうかは未知数です。これが本当に正解であったかどうかは後世の評価を俟つしかない。それこそ、未来から見た「歴史」の話になってきます。

歴史はさまざまな教訓を我々に与えてくれます。歴史を見ているからこそ、過去の失敗に学ぶことができるし、「100年に1回しか起きなかったことが10年に1回起きるようになっている。ちゃんと対策しなければ大変なことになる」といえる。これを過去を参照できる歴史家が言う社会的意義はあります。変化の動きも生じてきますから。

速水先生の後を引き継いで、今度は私たちが「今」の出来事を記録して残し、教訓を後世に伝えていかなければいけない。歴史とは単に「好き/嫌い」で論じる「嗜(し)好(こう)品(ひん)」ではなくて、世の中を怪我せずに歩いていくための「安全靴」のようなものです。だからこそ歴史は重要なのであって、私のような歴史研究者の役割があるのだと思っています。

 

(注)本稿は、緊急事態宣言が出る前に行われたインタビュー取材の内容を基に、最新の状況を踏まえて磯田先生のご協力のもとで加筆・修正を行い、改めて記事にまとめたものです。

 

文責:広坂朋信/写真:野崎慧嗣

 

 

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歴史とは靴である――17歳の特別教室

プロフィール

磯田道史

歴史学者。1970年岡山県生まれ。国際日本文化研究センター准教授。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。茨城大学准教授、静岡文化芸術大学教授を経て、2016年より現職。著書は、『近世大名家臣団の社会構造』(文春学藝ライブラリー)、新潮ドキュメント賞受賞の『武士の家計簿』(新潮新書)、日本エッセイスト・クラブ賞受賞の『天災から日本史を読みなおす』(中公新書)、映画『殿、利息でござる』の原作となった『無私の日本人』(文春文庫)、新書大賞2018で第9位入賞となった『日本史の内幕』(中公新書)、『歴史とは靴である――17歳の特別教室』(講談社)、『感染症の日本史』(文春新書)など。

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