親がひきこもりの僕に『ニートの歩き方』を勧めてきたんですよ(笑)
伊藤 この本を書いた動機を教えていただけますか。
飯田 さっき話したように、2019年にスペインから帰ってきて東京の実家であらためて暮らし始めると、「何々しないと生き残れませんよ」みたいないろんな広告がやたらと目について、YouTubeを見ても競争を煽るインフルエンサーの動画がおすすめで出てくるし、本屋に行けばそんなインフルエンサーの本がベストセラーで並んでたりして、「わー、めんどくせーなー」って思っていました。
その一方で、ひきこもりやニートの人たちや、非正規雇用ですごく残業している人たち、つまり社会の中で不利な立場に立たされている人たちにさえインフルエンサーの声が浸透してしまっていると感じられ、「もういい加減にしてくれよ」ってやきもきしていたことが、この本を書いた動機の一つにはありますね。
話が少しまた戻るんですけど、伊藤さんの本『ナリワイをつくる』では2010年当時の、「生活」よりも「仕事」の方が偉い、普段の生活を多少犠牲にしてでも仕事は頑張りましょう、という社会通念を批判していて、それに対して伊藤さんが提案するナリワイというのは、まず生活を固めてから身の丈の仕事をつくっていこうという提案なんですね。伊藤さんの本はタイトルのナリワイという部分が注目されがちだと思いますが、生活を固めてから、つまり守りを固めてから攻めに出ようという、守り重視の構えをとっていることが、ぼくには重要なポイントだと思えます。そういう発想は、昔からあるんですか?
伊藤 分かりやすく言えば、農学部で勉強していると、いろいろな農村の矛盾を勉強することになるんですけれども、日本の農業ってあまり稼げない仕事になっていったじゃないですか。その中で頑張って特産品を開発したりブランド化して稼ぎましょう、という傾向になって、農業なのにハイリスクハイリターンが多くなっていくんですよ。
一方、もうちょっと違うスタイルで働いている国や時代に目を向けると、ベースの生活をまかなうものはだいたい自分たちとそのまわりで作っているから現金収入はおまけで、どうしてもお金がなければ買えないものだけを買うために稼ぐ、みたいな生き方もある。それだと気まぐれにお金を稼ぐだけでいいので、それが可能ならやってみてもいいのではないか、という。
渡辺 「今はそれでいいかもしれないけれども、将来が不安だから誰しも定職について一生懸命働くんじゃないですか」と人から言われませんでしたか?
伊藤 それはずっと言われます。でも、何かをやればやるほど、そのことは一応上手にはなるんですよ。最初は素人で始めても上達していくから、それが財産になる。一般的な価値観で言うと、金融資産はたいして持っていないように見えるけれども、見えない資産は増えるんだ、と自分に思い込ませているので、そのような不安は減っていくという感じですかね。
僕は農業で収穫の手伝いもしているんですが、 もう10年くらいやっているから、余ったみかん畑があって、必要があればみかん農家をやろうかな、やれそうだなっていう気持ちにもなっているんです。そんなふうに、仕事を続けていくと、いろんな「できること」が増えていくので大丈夫だぞっていう気持ちになるという、そんな感じですかね。
渡辺 伊藤さんの『ナリワイをつくる』という考え方は、ぜひいいからみんなもそういうふうにやってみなよ、という提案なんですか。それとも、やりたい人はそういうふうにやってみる方法もあるんじゃないかということなんですか。
伊藤 やりたい人がいたらできますよ、という報告をするための本なので、基本的な立場としては、こういう選択肢を実験してみたので経過を報告いたします、という感じです。だからこの『「おりる」思想』も「おりる」方法を教えるという本ではないところが僕には新鮮でした。
価値のある情報を届けなきゃいけないというプレッシャーがどうしても出版界にはあるから、どうしても役立つことを前面に出しがちになるんですけれども、この本では「おりる」こと自体の質感、実際におりるときの感覚を丁寧に書いていて、それを文学作品や映像作品を通して考えを深めていく方法が僕には面白く、そういう経験をできることが読む人にとっていい本なんじゃないかとハッと思いまして、それが僕の発見でした。単なる政策提案みたいになってしまうと想像力が広がらない。
飯田 そう言っていただけるとうれしいです。2012年に『ナリワイを作る』が出た前後に、この本の中でも取り上げている勝山実さんの『安心引きこもりライフ』(2011年、太田出版)、あとはいま会場にいらしているPhaさんの『ニートの歩き方』(2012年、技術評論社)をほぼ同時期に読んで、すごく影響を受けました。
伊藤 その3冊はたまたま書店で見つけるものなんですか?
飯田 いや、どれも親の推薦です。よくできた親で、息子に『ニートの歩き方』を勧めてくるっていう(笑)。
伊藤 選書眼がすごいですね。
飯田 母が元ライターなので、それもちょっと関係あるかもしれませんけれども。
この3冊は、「ここに書いてあることを真似すれば自分も救われる」みたいな、よくあるタイプの生き方指南の本ではなくて、社会とのズレを抱えた著者たちが自分なりの違和感や問題意識からどのように「別の生き方」を紡いでいったのか、その思考や論理の流れ、伊藤さんの言葉でいう“質感”が読者にも伝わってくる内容でした。短い時間で何かを吸収できるハウツー本ではなく、時間が経つとじわじわと自分にも染みこんでくる、そういう効果がある本だったとぼくは思っています。
だからぼくも、本が出たからといって今後は専業でバリバリ発信する若手論客みたいな感じでやっていくということは考えていません。それをやろうとしても書くのがすごく遅いのでたぶんできない気がするし、やっぱり自分の生活に軸足を置きながら何か書けることを書いて、誰かに読んでもらってその感想をもらって、というくらいが自分には一番いいのかなと思っています。
そういう競争との距離感とか生活のリズムも、伊藤さんたちの本から自分なりに取り込んだ部分なのかな、と思います。そういう経験をしていなかったら、きっと本を出した後はもっと物書き然としなきゃいけないと思っていただろうし……。
伊藤 前半の締めとして、個人的な感想をあとひとつ言わせていただくと、『バトル・ロワイアル』が上映されたのは僕が大学生のときだったのですが、飯田さんの本を読んでいて、久しぶりに映画を観たくなりました。忘れていた重要な作品をまた観ようと思えるところも批評のいいところですね。しかも出演しているのが今や政治家の山本太郎で、最初に話した「生き方の答え合わせ」という意味でも、今の彼の活動と対比するとなかなかに面白いものを感じました。さて、せっかくなのでご来場の皆様からの質問を受けつけます。
プロフィール
いいだ さく
1989年、東京都出身。早稲田大学在学中に大学不登校となり、2010年、フリーペーパー『吉祥寺ダラダラ日記』を制作。また、他学部の文芸評論家・加藤典洋氏のゼミを聴講、批評を学ぶ。卒業後、2017年まで学習塾で講師を続け、翌年スペインに渡航。1年間現地で暮らし、2019年に帰国。今回が初の書籍執筆となる
いとうひろし
1979年、香川県出身。京都大学にて農学・環境科学を専攻し、修士号(農学)取得後、企業の創業に従事するも早期退職。以後、大資本を必要としない仕事と活動をナリワイ(生業)と定義し研究と実践に取り組む。著書に『ナリワイをつくる』、共著に『フルサトをつくる』(ともに東京書籍、後にちくま文庫)、『イドコロをつくる』(東京書籍)などがある