対談

「おりる」のが怖いときにオススメの本や考え方はこれ!…かな

飯田朔×伊藤洋志

1月17日に集英社新書から発売された『「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから』(飯田朔・著)。誰かとの競争に勝って生き残ることを要求される現代社会に対して、自分らしくあるために、〝正しいと思われている〟人生のレールやモデルから〝おりる〟ことを模索し提案した一冊だ。

その刊行を記念して、本書第3章で紹介されている『ナリワイをつくる─人生を盗まれない働き方』(東京書籍、2012年)の著者である伊藤洋志氏との対談イベントを開催。対談後に行なわれたお客さんとの質疑応答も盛り上がり、その模様もあわせてレポートする。

『「おりる」思想』の著者・飯田朔氏(右)と、『ナリワイをつくる』著者・伊藤洋志氏

渡辺 集英社の渡辺千弘といいます。この本『「おりる」思想』の元になる飯田さんの連載と、さらに以前にスペインにいらっしゃった際にお書きになっていたものの担当をしていました。今は新書編集部から別の部署に移ったので、この本ができあがったときは担当ではなかったのですが、それまでの経緯などについてお話できることもあるかと思い、今日は進行役を務めさせていただくことになりました。

 飯田さんの本にも書かれているのですが、私はもともと、新書編集部で文芸評論家の加藤典洋さんの『敗者の想像力』などの編集を担当していました。その頃に加藤さんが私的に運営していたフリーマガジンがありまして……。

『「おりる」思想』の連載時担当・渡辺が、この本の誕生の経緯をまずは説明

飯田 電子媒体の小さな雑誌のようなもので、そこに僕も映画批評を連載していたんですね。それを渡辺さんが読んでくださいました。

渡辺 加藤さんの『敗者の想像力』中でゴジラを扱った章があるのですが、そこに飯田さんの文章を加藤さんが引用されているんです。あれはギャレス・エドワーズ版のゴジラでしたっけ。

飯田 そうです。2014年にハリウッドで映画化された『GODZILLA ゴジラ』について僕が書いた文章を、渡辺さんが読んでくださった。

渡辺 世間的には必ずしも評価の高くなかった作品だったのかもしれませんが、飯田さんが新しい視点で論じられたのを加藤さんが面白く感じて、ご自分の本に結構なボリュームで引用したんです。それを読んで、「面白い方だな、お会いしてみたいな」と思っていたところ、加藤さんが引き合わせてくださって、その時にスペインにしばらく行くという話をうかがったので、それならスペイン滞在中に考えたことや経験したことをお書きになると面白いだろうと思って依頼した、というのが、最初にお仕事をご一緒した経緯です。

 その後、スペインから戻ってきた時に、「引き続き連載枠は残したいので、何かやりませんか」とお願いしたところ、「映画や小説などを論じていくような形で連載できれば」とおっしゃったので、「ではそれでお願いします」ということになり、具体的なイメージはないまま、まずは飯田さんの書くものを楽しみにお待ちするところから始まりました。

飯田 連載が始まった頃のことについて少しお話すると、この本の中にも書いているんですけど、僕は大学を卒業後、就職活動は全然せずに実家で暮らして塾講師などをして、ときおり加藤典洋さんの電子媒体に文章を書かせてもらいながら過ごしていました。でも、仕事として文章を書く機会はまったくなく、2017年頃には日本の政治や働き方の雰囲気に嫌気が差してきて、熟講師も文章を書くことも全部放り投げてどこか外国に行きたいな、って思っていたんです。そこに渡辺さんが連絡してきてくれたというタイミングでした。

伊藤 飯田さんの本を読んで、ちょっと面白い不思議な構成になっていると僕は思ったんですが、本書の前半は書名にもなっている「おりる」行動をしている人の概説や批評で、後半は朝井リョウさんの小説作品を批評していく構成で、なかなか珍しいスタイルだなと思いました。普通ならば、批評の本だとひたすら作品を批評して一連の作品の中に流れる何かを掬い上げる、という印象があるんですが、こういう構成にしたことに何か意図はあったんですか?

1979年、香川県出身。京都大学にて農学・環境科学を専攻し、修士号(農学)取得後、企業の創業に従事するも早期退職。以後、大資本を必要としない仕事と活動をナリワイ(生業)と定義し研究と実践に取り組む。著書に『ナリワイをつくる』、共著に『フルサトをつくる』(ともに東京書籍、後にちくま文庫)、『イドコロをつくる』(東京書籍)などがある

渡辺 じつは最初から確固たるテーマとして「おりる」というものがあったわけではないんですよ。おそらく飯田さん自身の念頭にはうっすらとありつつも、おそらく実際には書き進めていく中で「おりる」という言葉がだんだんキーワードとして固まってきたように感じていました。だから、その言葉を飯田さんはいつごろ見つけたのか、ということは私も伺いたいですね。

飯田 2018年から19年にスペインで1年間生活していた後半の時期に、この連載でやりたいことを徐々に思いついたんだと思います。競争とか成長みたいなものへの違和感が自分の中にはずっとあって、スペインから日本に帰国して東京の実家で暮らし始めても、身の回りで「競争して勝ち残らないとダメですよ」と押しつけてくるような空気を感じて、一方で世の中にはすでにそうじゃない発想も出てきてるよな、とそのせめぎ合いみたいなものをちょっと考えたいと思っていました。

 本のもとになった連載は、映画の『パディントン』(2014)や『プーと大人になった僕』(2018)を取り上げるとことから始まって、次に深作欣二監督作品について書き、第3章で伊藤さんの本『ナリワイをつくる』などを取り上げているんですけれども、第3章を書いている途中に「自分が関心を持っていたのは〈社会の中で戦って勝って生き残りましょう〉みたいな感覚から“抜け出す”ことだったのかな」と思って、それで最後の頃に「おりる」という言葉を思いついた覚えがあります。

 だから、本の作りはやや行き当たりばったりで、しかもコロナ中に自分の書くテンポも少しずれてしまって、朝井リョウ論に時間と労力がかかった結果、この部分がすごく長いものになりました。

渡辺 朝井リョウ論は結構ボリュームがあるのですが、全部ちゃんと読んでいただきたいと思って、ほぼそのまま掲載したので、ひょっとしたら少しいびつなバランスになっているかもしれないですね。

飯田 読んでいただいた方からは、朝井リョウ論が良かったって言ってくださる声もある一方で、長すぎて論旨を追うのが大変だったという人もいて、自分では論としてのバランスは普通に悪かったんだろうと思っています。でも、とことんやりたいことはやりきった、という感じですね。

伊藤 ひとりの作家の時系列を全部追う構成になっているから、それはそれで意義深いと思いますよ。

飯田 『「おりる」思想』を読んでない方もいらっしゃると思うので簡単に説明すると、社会にある競争や成長しなきゃいけないという一連の風潮・発想から抜け出すことを「おりる」という言葉で提案している本です。本の後半では、朝井リョウという作家の作品についてページを割いていて、そこでは逆に「いや、おりるなんて言っても、そう簡単におりられない場合だってあるんじゃないか」という「おりられなさ」の感覚について考えています。

 ぼくの本の中で伊藤さんの『ナリワイをつくる』は、「おりる」という考え方につながる、一連の書籍について紹介している第3章で取り上げています。最初の頃、僕は「おりる」ではなく「生き直す」という言葉を使って書いていたんですが、生き直すっていうのは、例えば僕の場合だと大学在学中に不登校になって、その後も半分引きこもりみたいな状態で過ごしてきました。そうなると、いわゆる「普通」の生き方みたいなものからは脱落して、ちょっと大げさに聞こえるかもしれないんですけど、社会的に死んだような状態になってしまうと僕は捉えていたんですね。

 そんな経験をした人が社会のレールや発想とは違うやり方で、自分のペースで自分なりに生きる方法があることにも目を向けて、それで「生き直そうとする」というアイディアというか、そういうことがあるなーって思って、それについて途中まで書いてるんだけど……、えっと、何の話をしてたんでしたっけ。

伊藤 「生き直す」という考え方を検証する流れで『ナリワイをつくる』が出てくるという。

飯田 そうそう。それでナリワイの話にようやくなるんですけど、そうやって社会のレールから脱落しちゃった人が、自分なりにどう生きようかと思ったときにちょっと気をつけなきゃいけないと思ったのは、伊藤さんの本の中では「会社を辞めて好きな夢を叶えよう、みたいなことも悪くはないけれども、あまり不用意にそっちへ行こうとするとかえって疲れてしまって危ういことになる可能性もあるんじゃないか」という意味のことを指摘しているんですね。

 伊藤さんはこの『ナリワイをつくる』で、今の日本の働き方の歪みを問題提起した上で、それへのひとつの解答として、日常の生活の中から小さな仕事「ナリワイ」を作ることを提案しています。でもそれは必ずしも好きなことをすればいい、夢を追えばいいというメッセージではない、ということを伊藤さんは書いていて、ある意味で今の日本の働き方からはおりるけれども、自分がそこでやらなきゃいけないのは「夢を追う」みたいな前向きでハイテンションなこととは少し違うんじゃないかという、そうした伊藤さんのバランス感覚がすごく重要だなと思いました。だから、「おりる」という考え方を持った人が、「おりた」次に何をするかを立ち止まって考えるというときに、伊藤さんの本から学ぶことが多くあるだろうと思い、取り上げさせてもらいました。

伊藤 これは10年ちょっと前に書いた本なんですけど、その2010年代には謎の新しい働き方ブームみたいなのがあって、やたらといろんな本が出ていたんです。その当時の著者たちが今は何しているのかウォッチするのが最近の私の趣味で、「あの人何してるんだろうな」と思って見てみたら、「あれっ、お前ビットコイン売ってんのかよ」みたいなことが多発してるんですよ(笑)。

 要するに、ある種、人を刈っているんですよね。夢を追わなきゃいけないと煽って、生き直すタイミングで「しがらみから開放されて好きなことを追おう」というモードを作った上で今度はその人を刈る、みたいなスタイルが散見されるというか。こうやれば夢を叶えられるぞと言いつつ、でもそれは絶対に永遠に叶えられないんだけど、それに従って夢を追っていくと、今は毎月数万円の授業料を取られている、みたいなビジネスが結構ありますよね。オンラインサロンっていうのはまさにそうだと思うんですけど。

 出版界もある意味で同じで、新しい働き方や自由になる生き方をやたら煽ってきたわけです。おそらくそうやってアグレッシブに「こうやればうまくいきます」と煽った方が売れるというビジネス的な面もあるんでしょうが、飯田さんの『「おりる」思想』はパッシブというか、内容も書き方も全般的にやんわりとしているなかで、人を煽る風潮に対して「いい加減にしろ」みたいなことがちゃんと書いてあって、そこが個人的には面白く感じたところです。パッシブながら、異議申し立てがはっきりしている。

渡辺 「いまの社会の流れに対して「いい加減にしろよ」「いつまでもくだらないことを言ってるな」という苛立ち」(P138)というくだりがありますね。

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関連書籍

「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから

プロフィール

飯田朔×伊藤洋志

いいだ さく

1989年、東京都出身。早稲田大学在学中に大学不登校となり、2010年、フリーペーパー『吉祥寺ダラダラ日記』を制作。また、他学部の文芸評論家・加藤典洋氏のゼミを聴講、批評を学ぶ。卒業後、2017年まで学習塾で講師を続け、翌年スペインに渡航。1年間現地で暮らし、2019年に帰国。今回が初の書籍執筆となる

いとうひろし

1979年、香川県出身。京都大学にて農学・環境科学を専攻し、修士号(農学)取得後、企業の創業に従事するも早期退職。以後、大資本を必要としない仕事と活動をナリワイ(生業)と定義し研究と実践に取り組む。著書に『ナリワイをつくる』、共著に『フルサトをつくる』(ともに東京書籍、後にちくま文庫)、『イドコロをつくる』(東京書籍)などがある

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「おりる」のが怖いときにオススメの本や考え方はこれ!…かな