プラスインタビュー

なぜアメリカ政府は「殺すな!」と叫ぶZ世代の大学生のプロテストを弾圧するのか?

集英社新書『自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード』刊行記念講演…
三牧聖子

占拠したホールには、殺された6歳の少女の名前が付けられた

 今回学生たちが占拠したコロンビア大学のハミルトン・ホールは、ベトナム戦争中の1968年、反戦を掲げたデモ隊にも占拠されたのですが、今回、学生たちは、このハミルトン・ホールを「ヒンドのホール」◆と改名しました。

2024年4月30日、学生たちはハミルトン・ホールを占拠し、「ヒンドのホール」と改称した。写真:AFP/アフロ

ヒンド・ラジャブは、ガザで殺された1万5000人近くの子供のうちの一人です。殺されたとき、まだ6歳でした。家族がまず暴力的に殺され、一人生き残ってずっと助けを求め続けたけれど、最終的に息絶えた。欧米のメディアは、ヒンドの死を報じる際、「6歳の女の子」と書くとイスラエル軍の非道な行ないが際立つので、6歳の女の子だということをできるだけ目立たないように報道した。ヒンドの死は数ある悲劇の中の一つですが、ガザのあまりに多い子供の犠牲の象徴になってきました。 国連によると、ガザでは4ヶ月で、世界中の紛争で4年間に亡くなった子供の総数と同じくらいの数の子どもが犠牲になったといいます。ここからも、ガザに対するイスラエルの軍事行動の無差別性がうかがえます。

公聴会で「反ユダヤ主義だ」と吊るし上げられた学長は、警察によるデモ隊の排除を要請した

 ハミルトン・ホール占拠やイスラエル抗議デモの高まりと前後して、コロンビア大学のネマト・シャフィク学長が、連邦議会下院の教育・労働委員会が開催した反ユダヤ主義の取締りに関する公聴会に呼ばれ、証言をさせられていました。既に昨年12月、ハーバード大学、ペンシルベニア大学、マサチューセッツ工科大学の学長が、同じような公聴会に出席させられ、「大学キャンパスで、学生たちによる反ユダヤ主義的な活動を許している」と尋問され、うち2名がすでに辞任させられていました。シャフィク学長も、公聴会で議員たちから厳しく突き上げられました。

 これらの議員が「反ユダヤ主義的な動き」と言っているのはパレスチナ連帯デモのことなのですが、実際は、「反ユダヤ」ではなく、またイスラエルを存在もろとも否定するものでもなく、あくまでイスラエルの軍事行動や占領政策を批判するもので、ユダヤ人学生も多く参加しているデモです。しかしシャフィク学長は、昨年末の学長たちの辞任劇も脳裏によぎったのでしょう、議員たちにほとんど言い返しもせず、「わかりました、学内で反ユダヤ主義的な言動は厳しく取り締まります」と非常に従順な回答をして、公聴会を切り抜けたのです。

 学生たちは「パレスチナ連帯」「パレスチナの解放」「軍事行動をやめろ」というデモをしていて、大学の投資先にもまっとうな怒りを向けているのに、公聴会で議員たちはこうした学生たちの訴えや抗議活動に「反ユダヤ主義的な動きだ」というレッテル貼りをして、学長はこれに反論もせず、「わかりました、今後は取り締まります」と回答する。学生たちの大学執行部に対する怒りも高まりました。

 そして、このコロンビア大学の学生ラジオ局WKCR FⅯが撮った写真

(リンクhttps://www.facebook.com/photo/?fbid=1106685067083724&set=a.643528413399394&locale=ja_JP) を見ていただくとわかるように、同大学には大変な数の警官隊がキャンパスに投入されました。この光景を見たCNNの記者も、「これほど多くの警官隊が一つの目的地に向かって移動しているのはあまり見たことがない」という驚きの声を漏らしたほどです。

「デモは反ユダヤ主義であり、反米的だ」とメディアが印象操作

 一方、学長は「警察を投入するという決定は、安全と秩序の回復のためにしかたなかった」と説明していて、ハミルトン・ホールの占拠については、「大学とは無関係の人物に率いられている、と我々は考えている」と発表しました。あたかも学生は自分の頭で考えてデモを行なっているわけではなく、外部の人間に操られているのだ、といわんばかりでした。このような主張は、公民権運動の時代から、デモを非正当化しようとする人々によって何度も用いられてきたものです。それを、大学が、学生に対してやってしまった。

 アメリカの全国紙USAトゥデイ紙のコラムニストは、学生たちの抗議デモは、「健全で平和的な抗議活動などではない」と断言し、「あからさまな反ユダヤ、親ハマス、反米である」「今やデモ参加者はイスラエルを憎んでいるだけでなく、アメリカをも憎んでいる」とまで述べています。

 「反ユダヤ」、さらには「反米」。こうした学生デモへのレッテル貼りが、アメリカのメディアで非常に蔓延してきました。とりわけこの4月、学生たちによるハミルトン・ホールの占拠からデモ隊が警察によって大々的に取り締まられる過程では、右派的なメディアのみならず、リベラルメディアまで、警察発表をそのままうのみにするような報道があふれ返ったのです。

 NY市警は「学生デモは正当なものではない」とするために躍起になってきました。たとえば、「『テロリズム』という本がデモ現場から見つかった」として、「デモは過激思想の持ち主に率いられている」と印象づけようとしました。しかしこの本は、オックスフォード大学出版局から刊行されている、ごく標準的な教科書です。 そもそも「テロリズム」に関する本を読んだところで、テロリストになるわけでもないでしょう。


 メディアは、「コロンビア大学のデモ現場にリサ・フィシアンがいた」という警察発表を大々的に報じました。フィシアンは、1990年代頃から様々な抗議活動を組織したり、参加してきた人です。メディアは彼女の存在をもって、「こういうプロ活動家現場にいた」。つまり、「学生たちは自分で考えてイスラエル抗議デモをしているわけではなく、プロのアジテーターに扇動されていたのだ」と強調したのです。しかし彼女の存在をもって、学生たちは何も考えていない、操られていた、というのはさすがに論理の飛躍ではないでしょうか。リベラルメディアまでこんな論調でした。

 学生デモを非正当化することに躍起になっている警察発表。それにまったく批判的な精査を加えることなく、垂れ流しをしてしまう大手メディア――警察とメディアの「共犯関係」が、パレスチナ連帯デモが正しく理解されていない一つの大きな要因になっています。

 そして日本でも、同じような傾向が見られるのではないかと思います。

「反ユダヤ主義」という言葉の乱用にユダヤ系教員たちも反対している

 さらに、コロンビア大学とバーナード・カレッジのユダヤ系の教員たちも「私たちはユダヤ系の教員として、反ユダヤ主義の武器化に反対する」と声を上げています。イスラエルがガザで展開している無差別的な軍事行動に反対することは「反ユダヤ主義」ではない。「反ユダヤ主義」の濫用は、この言葉の真の意味をゆがめてしまう。こうした濫用には反対する、と。

 コロンビア大学といえばエドワード・サイード(*)が長年教鞭を執った大学で、パレスチナ連帯に関する言論の伝統がある大学であり、さらにはベトナム反戦運動、南アフリカのアパルトヘイト反対運動など、さまざまな反戦運動の拠点になってきた大学です。ユダヤ系教員たちは、こうした抗議活動は、アメリカの民主主義において重要な役割を果たしてきたのであり、大事にされなければならないと訴えています。
 学生たちの概ね平和的に行なわれているパレスチナ連帯デモに対し、警察を大々的に、しかもほとんど即座に入れたシャフィク学長や、「反ユダヤ主義的な言動を取り締まる」という名の下にパレスチナ連帯の主張を取り締まろうとする今の大学のあり方に抗して、ユダヤ系の教員たちも声を上げているのです。

* サイード:1935〜2003年。パレスチナ系アメリカ人でキリスト教徒。文学研究者、批評家。主著に『オリエンタリズム』(邦訳、平凡社、1986年)などがある。

岸田首相の米議会演説の問題点

 4月に岸田首相が訪米し、バイデン大統領と非常に個人的に親しい関係であるということをアピールし、議会の演説で、「自由と民主主義という名の宇宙船で日本はアメリカの仲間、同じ船に乗っている船員です」と訴えました。岸田首相がこの演説をしたのは、パレスチナ連帯デモが全米に広がる少し前ではありましたが、「反ユダヤ主義」の名の下にパレスチナ連帯の主張を取り締まる動きは、すでに非常に活性化している時でした。そういう状況下で、ただただアメリカを「自由と民主主義の国」と称賛する首相を見て、日本は本当に、アメリカという国の現状や問題を正しく見ることができているのか、という疑問が改めて湧いてきました。

ヘイトを拡散する自由はあるのに、ジェノサイドに抗議する自由はない

「今アメリカは“ユナイテッド・ステーツ・オブ・イスラエル”になってしまっているのではないか」というような言葉が最近、若者たちの間でインスタグラムやTikTokで交わされています。つまりアメリカの国益とイスラエルの国益がごっちゃになって、不可分になって、わけがわからなくなっているのではないか、むしろイスラエルの国益にアメリカの国益が従属させられているのではないか、そういうことです。非常に鋭い問題提起だと思います。

 さらには、アメリカではKKK(*)のような人種差別的な集団がひどいヘイトスピーチ(差別発言)をしながら行進しても「言論の自由」という名目で保護されるのに、あれだけの数の子供を殺して、あらゆる学校や病院を破壊して、難民キャンプすら爆撃の対象にするイスラエルに正当な抗議をすれば逮捕される。実際、すでに2500人以上の学生の逮捕者が出ている。「ヘイトを拡散する自由はあるのに、ジェノサイドに抗議する自由はない。こんな今のアメリカは自由の国と言えるのか、民主主義の国と言えるのか」と若者たちは非常に懸念し、怒っているのです。

* KKK=クー・クラックス・クラン。アメリカの白人至上主義団体で、有色人種の市民権に反対し、有色人種や彼らに同情的な白人に対して集団リンチを行い、殺害したりしてきた。

 こういうアメリカの若者たちが自国に対して感じている危機感を知った後で、先に紹介した岸田首相の発言を見ると、あまりにアメリカの民主主義や自由の現状、アメリカという国の現実や本質を見ていないのではないか、そう思えてしかたありません。

コロンビア大学の学生デモに感謝するパレスチナの人々

2024年4月27日、ラファで、ガザの人々と連帯して抗議するアメリカの学生たちに感謝のメッセージを書く男性。写真:AFP/アフロ

 アメリカでは学生たちのパレスチナ連帯の声は、政府や大学の執行部、その背後にいる寄付者など、権力や富を手にしている人々によって抑えられようとしていますが、若者たちの声や言葉が、きちんと届いているところがあります。ガザの人々です。「ありがとう、アメリカの学生たち」。いま多くのガザ市民がテント暮らしを強いられているわけですが、このようなメッセージをテントに書いて、その動画を発信してアメリカの学生たちに感謝を表明しているのです。「ガザでジェノサイドなど起こっていない」と言い続け、いまだにイスラエルに武器弾薬を送り続けているアメリカ政府に対しては、もちろんガザの人たちは許せないと思っています。でもアメリカの学生たちが、ガザでの軍事行動を止めようとしてやってくれている行動に関しては、非常に感謝しています。ガザの人たちにとって、アメリカのZ世代の若者たちは、今後彼らが社会の中心になっていけば、親イスラエルのアメリカも、よりフェアにパレスチナに接する国に変わっていってくれるかもしれない、そういう期待を抱かせるとても大事な存在なのです。いま、パレスチナ連帯デモは世界に広がり、日本でも連帯キャンプが展開されるようになっています。


 残念ながらアメリカ政府のように、パレスチナの人たちの悲痛な訴えを全く聴こうとしない人々もいるわけですが、若者たちは、パレスチナの人たちの訴えに耳を凝らし、大学にイスラエル関連企業からの投資撤退を求めるなど、パレスチナ解放を実現するために自分には何ができるかを考え、実践している。それに対して日本の私たちはどうか。後段(第3回)でこのこともお話しできればと思います。(第2回に続く)

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プロフィール

三牧聖子

(みまき せいこ)

1981年生まれ。同志社大学大学院准教授。米国政治外交史、国際関係論。
著書に『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書)等、共著に『私たちが声を上げるとき』(集英社新書)がある。

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