プラスインタビュー

なぜアメリカ政府は「殺すな!」と叫ぶZ世代の大学生のプロテストを弾圧するのか?

集英社新書『自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード』刊行記念講演…
三牧聖子

昨年(2023年)10月7日にハマスが越境攻撃をしかけたことに端を発するイスラエル軍によるガザへの報復攻撃では、6月に入った時点で、すでに3万6000人超の死者が出ており、そのうち1万5000人は子供だ。
だがアメリカやドイツなど欧米主要国の政府は、「テロとの戦い」「自衛権」としてイスラエルを擁護し、パレスチナ市民の犠牲の大きさと向き合おうとしていない。イスラエルの最大の軍事支援国であるアメリカも、依然としてイスラエルに軍事援助を続けている。3月、バイデン大統領は「(ガザ南部の)ラファ侵攻はレッドラインだ」として、イスラエルへの武器弾薬支援の停止可能性を示唆したが、その月末、イスラエルへの追加軍事支援を承認した。承認されたリストには、これまでもガザで多くの市民の命を奪ってきた2千ポンドの爆弾1800個以上が含まれていた。
刻々と状況が悪化するガザの問題の本質を、『自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード』を共著で出したばかりの内藤正典氏と三牧聖子氏が語る。
まず第1回では、全米の大学でのパレスチナ連帯デモと、それに対する弾圧やメディアの偏った報道についての三牧氏からの報告。

*この記事は2024年5月17日に行われた同志社大学セミナー「グローバル・ジャスティス」第72回の内容を編集したものです。データや数字はその時点のもの。5月後半の事態について加筆修正があります。

構成=稲垣收  写真(人物)=内藤サトル

2024年4月20日、コロンビア大学の外にもつめかけるデモ参加者。写真:ロイター/アフロ

 今年(2024年)4月中旬から、ニューヨークのコロンビア大学が一つの発端になって、全米の50校以上の大学キャンパスでパレスチナに連帯し、イスラエルの軍事行動に抗議するデモが展開されてきました。これに対する当局の対応が非常に厳しく、多数の警官が投入され、学生の逮捕者も2500人を超えています。

 メディアはさかんにデモが「過激化」していると批判してきました。バイデン大統領も、「平和的に抗議する権利はあるが、混乱を引き起こす権利はない」と述べ、「学生デモが過激化している」と批判し、国務長官などを歴任し、現在はコロンビア大学で教授も務めるヒラリー・クリントンもテレビ番組で、「学生デモへの参加者の多くが中東やアメリカ、世界の歴史についてあまりに無知である」と批判しました。

 しかし、メディアや政治家たちの認識や発言は、ガザ連帯デモの実態を踏まえたものとはとてもいえません。調査団体「武力紛争発生地・事件データプロジェクト」が4月中旬から5月初頭にかけて全米で行った調査によれば、全米で行われた553の学生デモの97%が平和的なものだったといいます。またメディアは、デモの「形態」にばかり関心を集中させ、デモに参加している学生たちが一体何を求めているのかは、きちんと報じてきませんでした。イスラエルの軍事行動、それに対するアメリカの加担の停止。パレスチナの解放。学生たちのこうした要求は、アメリカの中では必ずしも主流でなくとも、世界では圧倒的多数の国々、人々に支持されており、人道や正義にかなった要求です。

長年の「対テロ戦争」のツケを払わされるZ世代の若者たちが声を上げた

 私はアメリカの政治・外交を研究しているのですが、とりわけZ世代―1990年代半ばから2012年くらいまでに生まれた若者たちが持つ新しい世界認識や世界との関わり合い方に注目して研究を進めてきました。この世代は「ポスト例外主義時代の若者たち」と呼ばれています。

 超大国アメリカは、「例外主義」的な信条―アメリカはその強さにおいても、道義性においても「例外的」に卓越した存在であり、特別な歴史的な使命を担っているという考え-に基づいて外交を展開してきました。その結果、その外交は、非常に単独行動主義的で、傲慢で、強さに任せて「文句を言う人は叩いて黙らせる」というやり方をしてきました。Z世代は、こうした外交のツケを払わされてきた世代です。アメリカは、9.11テロ事件で市民3000人が犠牲になった後、対テロ戦争を宣言。20年超もの戦争で、880兆円超ものお金を使ってきました。世界でも数十万の市民が巻き込まれて命を失いました。戦争にお金を注ぎ込んだ結果、さまざまなことがおろそかになりました。それをあらわにしたのが新型コロナ禍でした。これだけ医療が充実した国なのに、世界最大の感染者数を出してしまった。貧困者に医療や福祉が行き届いていなかったことが、一つの根本原因でした。

 アメリカという国の歪みを突きつけられてきたZ世代は、だから自国に対する考え方も、上の世代とはかなり違う。今のアメリカではこの世代のみ、パレスチナ支持がイスラエル支持を逆転しています。こうしたイスラエル・パレスチナ観の変化が、今回のガザの人道危機に際してのキャンパスデモとなって現れているのです。

論理のすり替えを行うアメリカ政府

 昨年末、ハーグにある国際司法裁判所(ICJ)に南アフリカが「イスラエルがガザで行っている軍事作戦や、食料やエネルギーなど人道支援を止める行為は、パレスチナ人に対するジェノサイド(集団殺害)に当たるのではないか」と訴えました。正式な判決までにはまだ時間がかかりますが、国際社会の多くの人々は「ガザで起きている凄惨な殺戮は、ジェノサイドと呼ぶしかない」と見て、批判を強めています。

 ジェノサイドと認められるには、パレスチナ人という集団を破壊する「意図」があったかどうかが重要となります。イスラエルは、パレスチナ市民の犠牲は、「ハマスというテロリストとの戦いのコラテラル・ダメージ(付随的損害)だ」と主張し、「意図」した犠牲ではないと強弁してきました。もっとも、パレスチナ人を抹殺しようとする「意図」を強くうかがわせるイスラエル高官の発言はこれまでにもたくさんありましたし、そもそも、「コラテラル・ダメージ」という言葉自体、大変暴力的で、恐ろしい言葉だと思います。仮にパレスチナ人という集団を抹殺しようとする「意図」がイスラエル側になかったとして、「意図」もないのにここまでパレスチナ人を無差別的に殺せてしまうことも非常に恐ろしいことです。殺された自国民の数十倍、さらにはそれ以上の人々を殺しても、絶対悪たる「テロ」を根絶するための「付随的損害」の一言で済ませてしまう、こんなことは許されてはならない。

 イスラエル以外にも、「ガザではジェノサイドは起こっていない」と強硬に主張してきたのがアメリカです。南アフリカがICJに訴えて、イスラエルをジェノサイドの罪に問う裁判が始まると、ジョン・カービー戦略広報調整官は、「イスラエルがジェノサイドを遂行しているという主張は根拠がない」と述べ「ジェノサイドは軽々しく使ってよい言葉ではない」と南アフリカを批判しました。国務省のマシュー・ミラー報道官は、「イスラエルがジェノサイドをやっていると激しく批判する人々こそが、イスラエルの消滅、ユダヤ人の大量殺りくを公然と呼びかけ続けている」「ジェノサイドの危険にさらされているのはガザのパレスチナ人ではなく、むしろイスラエルのユダヤ人だ」と述べました。わかっているだけでも3万5000人のパレスチナ人が亡くなり、さらに瓦礫の下には少なく見積もっても1万人のパレスチナ人が埋もれているという状況でも、アメリカ政府はスタンスを変えていない。

 こうした主張は最近でも繰り返されています。5月下旬、国際刑事裁判所(ICC)のカーン主任検察官が、イスラエルのネタニヤフ首相とハマスの指導者ハニヤら合計5人を対象に、戦争犯罪や人道に対する罪の疑いで逮捕状を請求すると発表しました。イスラエル側は、民間人殺害や、民間人を飢餓に陥らせたこと、ハマス側は民間人殺害の他、人質への拷問等が問われています。このICCの動きについて、バイデン大統領は激怒し、「ガザで起きていることはジェノサイドではない」「私たちは常にイスラエルと共にある」と宣言しました。もしネタニヤフが戦争犯罪人となれば、アメリカは犯罪の幇助者となってしまいます。ガザの人道危機が極限化する中、本来は武器弾薬の提供をやめ、イスラエル批判を強めるべき局面ですが、アメリカは逆に、「イスラエルはジェノサイドなど行なっていない」と言い張り、武器弾薬の提供を続けています。それどころか、民主・共和両党指導部は5月末、ネタニヤフを上下両院合同会議に招待する書簡を出し、演説を行なう見込みとなっています。ネタニヤフは演説で「正義の戦争の真実を語る」という意気込みを見せています。国際社会がイスラエルの軍事行動に批判を強め、ジェノサイドへの懸念を募らせる中、完全に国際社会の動きと逆行した動きです。

 もっとも、アメリカの市民社会からは、ジェノサイドを懸念し、反戦の声を強くする動きも出てきています。ここからはそうした動きを紹介していきたいと思います。

パレスチナ問題に対する若者の見方に変化が起きていた

 若い世代には、無視できない変化が生まれてきています。先にも言及しましたが、近年アメリカ社会、とりわけ若い世代のパレスチナ支持が、数字にも表れるようになっていました。例えばここでご紹介しているFive Thirty Eight(2022)の世論調査によれば、18歳から29歳の若年層だけ、パレスチナ支持がイスラエル支持を上回っています。

 逆に上の世代ほどイスラエルに共感していて、ガザでこれだけの犠牲がでている局面にあっても「やはりイスラエル支援をしっかりすべきだ、アメリカは最後までイスラエルを支えるべきだ」という意見はシニア世代ではまだ圧倒的です。

 今、若年層の半数ほどが、「ガザで起こっていることはジェノサイドだ」と批判し、パレスチナへの連帯を示しています。この変化は、今回の事態(「10・7」以降の紛争)に先行して起きていたのです。

 10・7以降、様々な大学でパレスチナ連帯デモが起きていたんですが、とりわけ4月中旬、コロンビア大学でのガザ連帯キャンプが警察によって暴力的に取り締まられました。しかもその取締りは、学長の要請に基づくものでした。そういう経緯を経て、パレスチナ連帯デモが全米に爆発的に拡大することになりました。

デモの学生たちの具体的な要求

 この運動は「ガザでのイスラエルの軍事行動の停止」、「アメリカ政府のイスラエルへの軍事支援の停止」、そして「パレスチナの解放」を訴える運動ですが、非常に具体的な要求を掲げていることも一つのポイントです。

 自分が通っている大学に対して、イスラエルのパレスチナにおける軍事作戦や、ガザのみならずヨルダン川西岸でも展開しているさまざまな抑圧的な、アパルトヘイト(人種隔離政策)的な政策、入植、占領――そういったものから利益を得ている企業や団体と、大学は関係を断絶しろ、(大学基金からの)投資を引き揚げろ、という具体的な要求を伴ったデモなのです。

 大学は、常日頃は学生たちにSDGsや倫理、人権について教えている側ですから、本来、その投資先などに関しても高い透明性や倫理性を持つべきですが、現実には大学の投資先は透明性や説明責任を欠いてきました。そして、学生たちが調べてみたところ投資先には、ガザの軍事作戦で使われている武器を製造している会社や、イスラエルに軍事技術を提供している会社など、イスラエルの軍事行動や占領政策に関わっている企業がいろいろ見つかり、学生たちも怒り、投資の引揚げを求めているのです。

ユダヤ人学生たちもパレスチナ連帯デモに参加

2024年4月25日、ミシガン大学でのデモ。写真:ロイター/アフロ

 そして、この写真はミシガン大学で行われたデモの写真ですが、パレスチナのカラーの緑と赤で描いてある横断幕には「ジェノサイドはユダヤ人の価値ではない」と書かれています。パレスチナ連帯キャンプにはユダヤ系の学生も非常に多く参加していて「ユダヤ人として、今イスラエルがやっている軍事行動は、私たちが大切にするユダヤの価値に反している」と訴えているのです。ユダヤ系でも、むしろ虐殺の被害者となった過去を持つユダヤ系だからこそ、イスラエルによるパレスチナ人の虐殺には反対する。こうしたユダヤ系市民による反戦の声も、非常に大事なポイントです。

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プロフィール

三牧聖子

(みまき せいこ)

1981年生まれ。同志社大学大学院准教授。米国政治外交史、国際関係論。
著書に『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書)等、共著に『私たちが声を上げるとき』(集英社新書)がある。

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