プラスインタビュー

本来反ユダヤだったはずの欧州の極右は、なぜイスラエルを支援するのか?

集英社新書『自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード』刊行記念講演…
内藤正典

昨年(2023年)10月7日にハマスが越境攻撃をしかけたことに端を発するイスラエル軍によるガザへの報復攻撃では、6月に入った時点で、すでに3万6000人超の死者が出ており、そのうち1万5000人は子供だ。
だがアメリカやドイツなど欧米主要国の政府は、「テロとの戦い」「自衛権」としてイスラエルを擁護し、パレスチナ市民の犠牲の大きさと向き合おうとしていない。イスラエルの最大の軍事支援国であるアメリカも、依然としてイスラエルに軍事援助を続けている。3月、バイデン大統領は「(ガザ南部の)ラファ侵攻はレッドラインだ」として、イスラエルへの武器弾薬支援の停止可能性を示唆したが、その月末、イスラエルへの追加軍事支援を承認した。承認されたリストには、これまでもガザで多くの市民の命を奪ってきた2千ポンドの爆弾1800個以上が含まれていた。
刻々と状況が悪化するガザの問題の本質を、『自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード』を共著で出した内藤正典氏と三牧聖子氏が語る。
第2回は内藤氏が、ヨーロッパや中東で起きていることを中心に語る。

*この記事は2024年5月17日に行われた同志社大学セミナー「グローバル・ジャスティス」第72回の内容を編集したものです。データや数字はその時点のもの。5月後半の事態について加筆修正があります。

構成=稲垣收  写真(人物)=内藤サトル

 この写真(リンク https://x.com/ianbremmer/status/1710759811720311107)はドイツの首都ベルリンの非常に有名なモニュメント、ブランデンブルク門です。これがイスラエルの国旗の色に染まっています。ドイツは10月7日のハマスの攻撃以降、一貫して「イスラエルの自衛権」を最大限に主張しています。

「ドイツにとってイスラエルとは何か」という問いには公式見解があるのですが、まず、現在のショルツ首相の一代前のメルケル首相が2008年にイスラエル議会を訪問した際の演説で、こう言いました。「イスラエルの存立と安全保障はドイツ国家存立の根源理由だ」と。

 そして昨年10月7日のハマスの攻撃以来、イスラエルの反撃は誰が見てもジェノサイドと呼ぶべき状況であるにもかかわらず、ショルツ首相は「イスラエルの反撃はイスラエルの自衛権だ」として断固支持してしまいました。その際も「イスラエルの存在と安全保障はドイツの国家存立基盤だ」という意味の発言をして。

 そのため、ドイツ国内において今のイスラエルがやっていることを非難すれば、「イスラエルの存立がドイツ国家の存立基盤だ」と政府が言っているので、ドイツ国家を非難していることになる。そして、「ドイツというのは第二次大戦後、徹底して非ナチ化を進めた民主国家であるがゆえに、その国家を非難することは民主主義の否定であり犯罪行為である」という理屈になるのです。

 この件については三牧さんとの本の106ページに書きましたが、ハベック副首相は動画メッセージの中で、「ハマスは殺人テロ集団であって、抵抗運動と評価してはならない。ハマスはイスラエル国家を否定し、全てのユダヤ人の抹殺を図っており、かつハマスはイランとも組んでいる。したがって、ハマスに同調したり、パレスチナを支持したり、イスラエル国旗を焼く者でドイツ国籍を持つ者は訴追され、国籍を取得していない者はドイツから追放されることを覚悟しろ」と言っているのです。

 このメッセージが異常なのは、「とにかくイスラエル側がどれだけ非人道的な殺りくを繰り返しても、そのことでイスラエルを非難すると処罰の対象になる」ということです。

ドイツ政府だけでなく、極右政党もイスラエルを応援

 ドイツには、AfD(ドイツのための選択肢)という極右政党があります。反移民、反難民、反イスラムを主張して伸びてきた政党です。2014~15年ごろ、あっという間に、ドイツ連邦議会(国会)で、野党としてはほぼ最大の議席を獲得してしまった。2017年には一時、勢力が後退したのですが、ここへ来てまた支持率が上がっています。

 この政党が出てきた2015年はヨーロッパの難民危機で、中でもドイツは特にそうでした。2011年に「アラブの春」と呼ばれる、一連の民主化運動がありました。これはチュニジアから始まり、エジプトでは30年以上独裁を続けたムバラク政権を倒したのですが、その後、自由選挙で「ムスリム同胞団」というイスラム組織が支持したムルシー大統領が当選します。しかし、それに激怒した軍部と世俗主義勢力、そして親米、親イスラエル勢力が寄ってたかってクーデターを起こして政権を潰したので、ムルシー政権は1年しかもたなかった。

 次にシリアに飛び火するんですが、シリアも父親の代から50年もの独裁を続けてきたアサド大統領の政権(現在はバッシャール・アサド大統領)に対して民主化を訴えるデモが起きた。これは最初、全く平和的なデモだったのですが、それに対しアサド政権は、非常に残虐な弾圧を行いジェノサイドと呼ぶべき事態が起きてしまった。そのため難民が隣国に逃げた。中でも一番多かったのがトルコへの難民で、最大で400万人ものシリア難民が殺到しました。そのうち100万人余りが2015年に一斉にエーゲ海を渡ってギリシャに到達し、ギリシャから陸路でドイツに流れ込んだのです。

 シリア難民にはキリスト教徒もいますが、多くはイスラム教徒です。大勢のイスラム教徒がドイツに殺到したことに対して、極めて露骨に反感を持ち「ドイツはドイツ人のためのものだ」と主張する人たちがAfDを作り、支持者が増えたのです。

 ですから、ドイツで極右政党が伸びたのは、直接的にはシリア内戦がきっかけでした。

 ただ、2015年に殺到したのはシリア人だけでなく、アフガニスタンからの難民が第2位で、他にイラクやイランからの難民もいて、イスラム教徒の比率がどんどん上がってきた。これに対して大変な反感を持つ人がドイツでは増えていった。でも当時のメルケル首相は「それでもなお、ドイツには難民を受け入れる責任がある」と言って、反対論を抑えました。けれども結果的に、このような極右政党の台頭を招いてしまったのです。(今、ドイツ国内にはイスラム教徒の移民や難民が500万~600万人いると言われています。)

 その後、事態がだんだん落ち着いてくると、この政党は力を失っていたんですが、今また元気になった。その理由が昨年の10月7日のハマスのテロ攻撃と、それに対するイスラエル国家によるジェノサイドなのです。

 先ほど紹介した今のドイツの「国是」のようになっている「イスラエル国家の存立と安全保障はドイツ国家の存立基盤だ」という文脈から見ると、この極右政党AfDは、まさに膝を打って「これだ!」ということで、反移民、反難民、とりわけ反イスラムの文脈からハマスを非難し、その結果、イスラエルを支持する、という、ねじれた論理になっています。

 当初、与党であるショルツ首相の社会民主党は、このAfDの姿勢を「ハマス批判を利用してイスラムフォビア(イスラムに対する嫌悪)をあおっている」と批判しました。しかし、国是としてはイスラエルを断固支持せざるを得ない。それでこの左派政党であり与党である社会民主党は、結果的に、反イスラエルの抗議行動を「反ユダヤ主義」として取り締まるために、AfDへの批判がトーンダウンしてしまった。

 一昔前まではドイツの極右というのは絶えず憲法擁護庁によって監視をされていましたし、ネオナチだということで事務所などを閉鎖させられ、弾圧を受けてきました。「民主国家たるドイツの存立を危うくするから」という理由だったのですが、今やAfDの主張が、保守の通常の政党や中道、リベラル、左派と同じことになってきてしまいました。

 これが大変危険なのは、その陰で、AfDは反ユダヤ主義を決して克服したわけでは全然ないのに、彼らのもう一つのターゲットであるイスラム教徒の移民や難民に対して「反ユダヤ主義だ」というレッテルを貼ることで排除するという方向に向かっていることです。

フランスではマクロン大統領もイスラム嫌悪

 これまた実に奇妙なことですが、フランスの極右政治家のマリーヌ・ルペンまでイスラエルを支持しました。彼女はジャン=マリー・ルペンという極右政治家の娘で、もともと「国民戦線」という政党を父から受け継いでいました。その後、極右色を薄め、2018年に「国民連合」と党名を変えていますが。

 マリーヌ・ルペンは何度も大統領選で決選投票まで残っていて、次は当選するかと何度も言われています。父親のジャン=マリー・ルペンは「ホロコーストなんて、大した話じゃなかったんだ」と、ホロコーストを矮小化わいしょうかする発言をして何度も批判を受けた人物で、娘のマリーヌが党首になってから、2015年に同党は父を除名しています。

 このマリーヌ・ルペンが10・7以降のイスラエル支持のデモに参加し、イスラエル国旗と共に写真に写っていますが、これは大変象徴的です。彼女はハマスによる攻撃以降、「反ユダヤ主義に反対するデモ」に積極的に参加しているのです。そのロジックは「過激なイスラム主義者がフランスに分断をもたらしてきた。彼らは排除すべきである。フランス社会に彼らの居場所はない」というものです。

 しかし何をもって「過激」と呼んでいるのか? 実際にテロを起こすような組織を「過激」と言うのはわかりますが、今のガザの悲惨な現状に対して声を上げてイスラエルを批判しようとする人を皆、「フランス社会を分断する過激なイスラム主義者」と呼ぶのはおかしいでしょう。

 でも実は、この非常に大ざっぱで曖昧なくくり方は、現大統領マクロンが先に言ったことなのです。そしてマクロンは数年前に「イスラムというのは問題だらけの宗教だ」「イスラムがダメなんだ」という発言をしている。そのときはかなり幅広くイスラム圏の国でフランス製品不買運動が起きました。

 ただ、マクロン大統領にしても、「じゃあ一体、国内にいるイスラム教徒の誰を過激なイスラム主義者だといって排除するのか」という定義づけはできないのです。

フランスでは20年前からイスラム女性のかぶりものが禁止されてきた

 フランスでは2004年から、学校など公教育の場でイスラム教徒の女性が髪を覆うヒジャブ(スカーフのようなかぶりもの)を着用することが禁止されました。それがこの20年間でさらに厳しくなり、学校だけでなく「公の場では着用を禁止する」ということになりました。

 では、ヒジャブをかぶっている女性は過激なイスラム主義者なのか? 問題はそこです。

 女性のヒジャブを、男性親族などが強要している場合には、私も批判します。しかし本人の意思で、「女性の尊厳を守るためにかぶる」と言っている人たちが実際には相当多いのです。それなら、その人たちの衣装を剝ぎ取ることは暴力ではないのか? 明らかに暴力です。そのことがフランスでもずいぶん議論されてきた。

 しかし、マリーヌ・ルペンやマクロンのロジックだと、「どこで線を引くのか」と言っても線は引けない。すると、イスラム教徒とわかるような服装をしているだけで暴力の対象になったり、あるいは排除の対象になる、ということが現実に起きているのです。

「ハマスは西欧文明に対して戦争を起こした」とミスリードする
イタリアの副首相が率いる政党

 2022年にイタリアのサルヴィーニ副首相は「イスラエルの首都はエルサレムだ」と発言しました。当時のアメリカ大統領トランプと同じようなスタンスを取ったのです。ただ、イタリアはEUの一員として「イスラエルの首都はテルアビブであってエルサレムではない」という立場なので、この件でサルヴィーニ副首相はメローニ首相ともめました。

 そして今回のハマスの攻撃に対してサルヴィーニが率いる政党「同盟」は「ハマスが西欧文明に対して戦争を起こした」と言っています。これは非常に危険な発想です。ハマスの主張は、「パレスチナの中でのパレスチナ人の権利の回復」つまり、「イスラエルによってパレスチナ人がさんざん奪われてきたものをどうやって回復するか」ということにあるのであって、西欧文明に対する戦争などは、全く眼中にありません。

 しかし批判する側は、そのように主張する。これはサルヴィーニに限ったことではなく、ヨーロッパの極右に今、共通しています。「こういうイスラム過激派の行動は西欧文明に対する挑戦だ」とミスリードしているのです。

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プロフィール

内藤正典

(ないとう まさのり)

1956年東京都生まれ。同志社大学大学院教授。一橋大学名誉教授。中東研究、欧州の移民社会研究。『限界の現代史』『プロパガンダ戦争』(集英社新書)、『トルコ』(岩波新書)他多数。

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