プラスインタビュー

自壊する欧米と、日本

内藤正典×三牧聖子

胆力を問われている日本

Q 自壊する欧米の世界の中で、日本はどうしてもアジアの中の日本とか、グローバルサウスと一緒に行動するというより、何となく欧米の中にいるような意識が強いと思います。G7のメンバーであることもそうですが。そういう中で日本は、岸田首相の発言を見ても、アメリカに擦り寄っているとしか思えないのですが、何か日本が発信できることはあるのでしょうか?

三牧 日本政府は、「法の支配」「人権」という理念は日本にとっても大事だ、これらの理念をアメリカやG7も共有していると言ってきましたが、これらの理念に照らして、今回のイスラエルの軍事行動、それを軍事支援するアメリカやドイツの加担は許されないはずです。

 イスラエルによる軍事行動や占領は10・7のはるか以前からのものです。これにはるかに先行してガザでは違法な軍事封鎖、ヨルダン川西岸では違法な入植、違法活動のオンパレードが長年続いてきました。しかしアメリカはイスラエルと結託し、年間38億ドルの軍事支援をはじめ、手厚い支援をしてきました。イスラエルの行動のみならず、それを容認し、さらには支援してきた欧米諸国が総体として、「法の支配」「人権」を踏み躙ってきた現実があるのです。

 こうした「法の支配」「人権」への挑戦に日本はどう立ち向かっていくのか。5月、国連総会でパレスチナの国連加盟の採決*1が行われた際には、日本はアメリカとは袂を分ち、賛成票を投じました。対米関係は大事です。しかし、アメリカが「法の支配」や「人権」に反している現実、しかもそれに対する国際社会の批判がいよいよ高まっている現実にあって、どう国益と理念を実現させていくのか。今後はこうした外交的な胆力がますます問われていくでしょう。

 さらに岸田首相も「日本がG7とグローバルサウスのかけ橋になる」と掲げてきましたが、ガザの現状に照らせば、こうした、どこかグローバルサウス諸国に対して上から目線の態度は通用するのか? グローバルサウス諸国に日本はそんなふうに見てもらえるのか?と疑問に思わざるを得ません。

 内藤先生のお話の中で、エルドアン大統領がドイツに訪問した際、ショルツ首相に「あなたたちはホロコーストの責任があるからイスラエル批判をできないけど、私たちはイスラエルの国際法違反、戦争犯罪を批判します」と述べたエピソードが出てきました。

 トルコだけでありません。マレーシアのアンワル首相は、バイデン大統領も同席しているAPECの席で「あなたたちがやっていることはダブルスタンダードじゃないですか。ガザでこれだけの女性や子供が死んでいて、戦争犯罪も明らかなのに、なぜイスラエルを批判しないのか。批判しないどころか援助までしている」と批判しました。グローバルサウス諸国は、いよいよ欧米のダブルスタンダードへの批判を強めています。もちろんこれらの国々にも、まったくダブルスタンダードがないとはいえないでしょう。しかし、「トルコだって」「マレーシアだって」と相手の傷をあげつらって、自分たちの人権侵害を変えようとしないのではなく、正当な批判を真摯に受け止め、普遍的な人権を追求していくことが大事ではないでしょうか。これは日本にもいえることです。

 年初、日本は、欧米に追随してUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)への資金を一時停止しました*2。こうした現状にあって日本はグローバルサウス諸国から、重要な局面で欧米追随をしてしまう、頼りにならないカメレオン国家と見られつつあるのではないでしょうか。

 ですからまずは、昨年末に南アフリカが起こしたジェノサイド裁判*3とか、グローバルサウス諸国がまさに「法の支配にのっとった行動を貫徹させよう」としていることに対して、きちんと敬意を払うというところから始めることが大事だと思います。

 今後、欧米と手を携えるだけでなく、必要な場合には、グローバルサウス諸国と手を携えて欧米の態度も批判しながら、普遍的な「法の支配」や「人権」を守り、促進していけるのか?10・7以降の行動を見る限り、今の日本は、まだその入り口にも立っていない、今後ようやくその入り口に立てるかもしれない、という状況だと思います。

*1 パレスチナの国連加盟:今年(2024年)4月、国連安保理はパレスチナの国連への正式加盟の勧告を求める決議案を初採決したが、否決。15の理事国のうち日仏中露韓など12カ国が賛成し、採択に必要な9カ国を上回ったものの、常任理事国のアメリカが拒否権を行使したため。これを受けて、国連総会(193カ国)は5月緊急特別会合を開き、パレスチナの国連正式加盟を支持し、国連安全保障理事会に加盟の再検討を求める決議を143カ国の賛成で採択した。日本もこれに賛成票を投じた。

*2 UNRWA資金停止:「一部の職員がハマスの越境攻撃に関与した疑いがある」とイスラエルが非難し、これを理由に、特に証拠を確認しないまま米英独仏伊カナダなどが今年1月、資金拠出を停止し、日本もこれに追随。しかしノルウェー等は「ハマスの協力者がいたとしても、UNRWAへの資金をとめることはパレスチナ人への集団懲罰になる」とUNRWA支援を継続。カナダは4月に拠出再開し、日本も5月に再開した。

*3 ジェノサイド裁判:南アフリカは、イスラエルのガザ攻撃はジェノサイド(大量虐殺)防止条約に違反している、として2023年12月、国際司法裁判所(ICJ)に訴えている。賛同国は拡大している。

内藤 今日、三牧さんがアメリカの大学の状況の話をしてくれました。日本の大学はまだ、分かりませんよ。同志社大学は一応、言論活動について自由を認めていますが、やはり注意しないと、いつ圧力を受け出すかわからない。

 私は長くてもあと2、3年で、定年で大学を離れますけど、同志社大学に来てからのこの十数年、今日の司会をしてくれている岡野八代さんと一緒に「グローバル・ジャスティス」をやったりする中で、やっぱり最後に大学でやりたいと思ってきたのは、世界の中で、貧困だけでなく、戦争や紛争によって被害を受けてきて困難な状況にある、そういう若い人たちを何とか大学に招いて、ここで勉強してもらう、ということでした。

 そのために、国の「博士課程教育リーディングプログラム」(通称リーディング大学院)というプログラムにガザの学生さんを何とかして受け入れようとしました。当時、ガザ出身の助教の人がいたので、彼らと一緒にやったのですが、やはり非常に困難でした。でも、困難だけど、できなくはない。

 テルアビブの日本大使館に口上書を書いて送り、本人に大使館まで来てもらう。しかしガザからテルアビブに出てくるまでに、ものすごく時間がかかりました。

 ある一人の学生さんは、前にもう面接をしているのに、「(イスラエルの規制が厳しくなり)次回はもう面接場まで来れない」ということで、当時まだ珍しかったオンラインで面接をやりました。しかしその学生さんとオンライン面接をしているとき、彼の家の近くに、爆弾が落ちてきたこともありました。それでも何人かのパレスチナの若者を同志社大学に留学生として招くことができました。

 同志社大学には、私がいなくなった後も、こういうことは続けてほしいと思います。

 しかし、もう私は長いこと、いろんなものを見過ぎました。今回のガザの問題だけでなく、その前はシリアの内戦を見ていました。私はトルコにしょっちゅう行くので、難民たちが、そこにあふれてくるわけです。その前はアフガニスタンからも。

 日本ができることがあるとすれば、10年前に私たちはアフガニスタンから政府側とタリバン側の両方を呼んで、同志社大学で会議をしましたけれども、ああいうことは、やろうと思えば、何とかできないことではない。本気でやろうと思えば、できるんです。

 だから、三牧さんみたいに若い方には、そういう希望はつないでほしいなと思いますね。押しつけるようで申し訳ないですが、私も年老いたので。

アメリカのZ世代はバイデンに対して厳しい投票行動をするのではないか

Q 三牧さんに。アメリカのZ世代では、これだけ現在のバイデン大統領への批判が強い中、直近の大統領選挙をどう見ていますか?

三牧 現在、トランプ候補に対してやや劣勢なバイデン陣営や民主党は、「イスラエル政策をめぐって民主党が分裂してしまうと、結局、バイデン以上に親イスラエルのトランプが勝ってしまうから、それは賢くない」、さらには「民主党やリベラル勢力を分断させているのは学生たちだ」と、学生に責任を押し付けるような主張まで展開しています。学生たちも、自分たちがバイデンに投票しないことでトランプが有利になることなどわかっている。それでも若者たちが声をあげていることの重大性に、もっとバイデン陣営は自覚的になるべきです。若者たちは、バイデンのイスラエル政策が、民主党が掲げてきたはずの人権などリベラルな価値観を踏み躙っていることを批判しているわけで、これは本質的な批判です。今バイデンは若者層のみならず、ヒスパニックや黒人の票も前回選挙時より失っている状況で、若者票をこれ以上失えば致命的なことになりかねない。

 しかし、バイデンは若者の切実な訴えよりも、選挙を戦う上で必要なお金の方に関心がいっているようです。5月初頭、バイデン政権はイスラエル軍によるラファでの大規模な地上作戦に反対し、約3500発の爆弾の供給を一時的に停止しました。しかし、この決定に対し、ユダヤ系の大口献金者が抗議するや否や、方針を再び変えて5月中旬、イスラエルに対し、10億ドル(約1560億円)を超える規模の武器支援を行なう計画を連邦議会に通告しました。計画には、戦車弾薬、迫撃砲、装甲戦術車両(ATV)などが含まれています。

 こうした状況でますます多くのZ世代の若者たちが「自分が投票しないとバイデンにマイナスだ」なんてことはわかっていても、「じゃあバイデンにしぶしぶ投票する」ということもできない、そういうジレンマを感じている。アメリカは二大政党制で、実質的に大統領候補については2人しか選択肢がない。その2人が、いよいよ右傾化する共和党の候補と、共和党とは違うリベラル政党だといいながら、ひと皮むいたらその実態は共和党とさほど変わりない「なんちゃってリベラル政党」の大統領候補では困る。こうした巨視的な視点に立って-Z世代はこれからの人生の方がはるかに長いわけですので-民主党が、内実の伴ったリベラル政党へと脱皮していくことを願って、今回は妥協的にでもバイデンにも投票しない、そういう若者が、このままいくと結構出てくるのではないか、と見ています。

2024年5月8日、ジョージ・ワシントン大学の野営地撤去と学生の逮捕に対して抗議の記者会見をするラシダ・ターリブ。写真=AP/アフロ

 民主党の若い議員には、パレスチナ系のラシダ・タリーブ氏*4などが典型ですが、早くからガザ即時停戦を訴え、イスラエルへの軍事支援の停止を訴えてきた議員もいます。彼らは民主党の中でもマイノリティですが、アメリカ社会全体でみれば、マイノリティとはいえない。すでに3月頃から、イスラエルへの軍事支援には反対が賛成を上回っています。平和と共存を求める市民の声を聞き、政策へと反映していける民主党議員がどれだけ出てくるか。ここにアメリカ政治の一つの未来があり、ここに希望を託す若者たちもたくさんいると思います。

*4 ラシダ・タリーブ:米議会初のパレスチナ系女性議員。ハマスの10・7攻撃の後、「川から海まで(From River to the Sea)」というパレスチナ解放のスローガンが叫ばれる動画を投稿したことなどが問題視され、下院で問責決議された。

パレスチナの国連加盟はマスト

Q 内藤先生に。今回、国連へのパレスチナ正式加盟に関する決議で、日本も賛成に回り、フランスも賛成しましたが、フランスの動きをどう見られていますか?

内藤 特にフランスのことについて言うと、まるで百年前のイギリスとフランスの二枚舌、三枚舌合戦と同じにしか私には見えません。確かにパレスチナの正式加盟を承認する側に賛成票を投じたのは評価しますが、その間にフランスは習近平を呼んでいるんです。だから、その関心がどっちに向くかということをはかりながら、自国の国益のためにしか動かないというのがフランスのやり方です。第一次大戦当時からあまり変わらない。

「本当に最後まで味方するのか」というと、いざとなると逃げるというのをフランスは中東で何度も繰り返してきました。

 たとえばレバノンが一時、ひどい内戦状態に陥っていましたが、ああいうレバノンの混乱に関しても、キリスト教勢力にだけフランスはかなり肩入れして、分が悪くなると逃げました。

 また、これも百年前の話ですけれども、現在のトルコ東部からイラクにかけての地域についてフランスは、「アルメニアの領土を作るんだ」と言っておきながら、トルコ側の抵抗運動が強まると、さっさと逃げてしまった。

 私がアルメニア人の歴史家と話したとき、「自分たちはトルコに対してやっぱり非常に恨みを持っているけれども、それだけじゃない。キプロスの領有と引換えに自分たちを見捨てたイギリスもそうだし、キリキア地方の領有と引き換えに自分たちを見捨てたフランスもそうだ」と言っていました。

 ですから、そんな簡単じゃないと思います。こういうことを言うと、フランス人の学者に嫌われますけれども。

 ただ、国連はやはりパレスチナの正式加盟を認めるべきです(現在はオブザーバー国家という扱い)。この正式加盟問題はもう一度、安保理に差し戻されますが、常任理事国のアメリカが拒否権を発動するので、現状では困難でしょうが、しつこいくらいに何度でもやるしかありません。5月10日の国連総会では、143カ国の賛成に対して、反対はアメリカやイスラエルなど、わずか9カ国。言い方は悪いですが、アメリカがいわば植民地的に持っている地域がアメリカに同調したぐらいで、それ以外の国はほとんど賛成でした。

 イスラエルとパレスチナ、2国家の共存が必要だと言うのであれば、パレスチナ国家に対して独立国家としてのステータスを与えるのは、もう、マストです。(了)

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プロフィール

内藤正典

(ないとう まさのり)

1956年東京都生まれ。同志社大学大学院教授。一橋大学名誉教授。中東研究、欧州の移民社会研究。『限界の現代史』『プロパガンダ戦争』(集英社新書)、『トルコ』(岩波新書)他多数。

三牧聖子

(みまき せいこ)

1981年生まれ。同志社大学大学院准教授。米国政治外交史、国際関係論。
著書に『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書)等、共著に『私たちが声を上げるとき』(集英社新書)がある。

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