対談

電機産業だけではない。日本企業は何を間違えたのか?

『日本の電機産業はなぜ凋落したのか 体験的考察から見えた五つの大罪』発売記…
桂 幹×江上剛

自分のキャリアや人生を、自分で決められるか

江上 この本は日本の電機産業界の紆余曲折の歴史ともうひとつ、我々が気づかなかったことを気づかせてくれました。それは世代間で起きた日本の変化です。お父さん(シャープの元副社長)がお勤めになっておられた時代は良かったですよね。

 はい、いい時代だったと聞いております。

江上 ところが、桂さんの時代はそれを維持できなくて右肩下がりになっていった。今の人たちはほとんどが業績の悪い時代の会社にいる。お父さんたちが輝かしい時代を築き、成功体験を持ち続けて、なのに今何で息子たちはもっとしっかりやらないんだと思っているかもしれない。

 そうかもしれないですね。

江上 成功体験のない世代が、成功した親の世代からツケだけを引き継ぎ、それを払い続けてきた。この視点があるのが今までの本と全然違います。今までの本は成功した人とか、失敗した人の話だった。それらの本は読んでいると、年寄りが偉そうなことを言っていたり、失敗の言葉からは惨めな感じを受けたりした。しかしこの本は、そういうものと距離を持って世代の移り変わりや、考え方の変化がきちっと書かれている。これは共感しました。

 父と私はあまりにも対照的で、生涯右肩上がりで仕事をしてきた人間と、入社してからずっと右肩下がりで、最後は撤退という役目を仰せつかるのと、こんなにも親子で対極の位置に身を置くのかと思いました。これは比較は難しいですが、それぞれの体験がどうだったのかと、そこを書きたかった気持ちはありましたね。

江上 世代間の話は今まで読んだことがないし、ご本人の苦労も書いてあるので興味深かったですよ。

 私が勤めていたTDKもそうですし、他のメーカーもそうですが、厳しい競争環境の中で社員のエンゲージメント(会社に貢献しようとする気持ち)をどうやって高めるかというところに、ようやく意識が向かいつつある気はします。しかし、その手段が、昔みたいに慰安旅行へいけば上がるとか、そんなことはない。これからどうやってエンゲージメントをあげていくのかは、各企業が問われている問題だと思います。

江上 仕事柄いろいろな経営者と話をするのですが、彼らの口からDX(デジタルトランスフォーメーション=情報技術の浸透が人間の生活をより良い方向に変化させる)とか、GX(グリーントランスフォメーション=次世代エネルギーへの転換によって持続可能な社会を実現させる取り組み)といった言葉がよく出てきます。でも、その前に、自分たちがここまで落ち込んだ理由は何なのか総括しなさいよと思いますね。

 DXに関しては正直、どこの企業も受け売り感はありますよね。本来は社会変革につながるほどの情報技術革命であるはずなのですが、日本企業の掲げるDXは企業風土の改革や高度な業務効率化にとどまっていて、スケールダウンしている気がします。

 エンゲージメントについては、本書では雇用問題も取り上げましたが、理想は終身雇用なんだろうなと思います。第四章の「半端の罪」で触れたシャープ創業者の早川徳次の話には、個人的に惹かれるものがあります。ですが、それを現在に適応できるかというと、グローバル化が進んでいる世界では無理がある。欧米、韓国、中国と戦っている中で、日本だけ完全正社員終身雇用とか、日本のかつての良さを守り続けるのはやっぱり難しいですよね。だったらいいとこ取りをするしかないとずっと考えていました。

江上 日本は高齢化社会になっていて、70歳まで面倒見てあげますという大企業は増えているけれど、ここにも問題はある。僕の知り合いでも60歳頃になってきたら給料が3分の1か半分になって、ポストオフになって、でもやる仕事は前と同じ、もしくはプライドが持てない仕事をさせられる。会社の姿勢も雇ってやっている、みたいに変化してくる。そうすると、せっかく能力があっても、だんだんやる気がなくなっていくわけですね。

 それならむしろ、あなたにはこんなに営業の能力がある、こんな技術力がある、こんな専門性があるということで、60歳以上に週3、4日働いてもらい、それに応じて給料を払う採用の仕方があってもいいのではないか。日本は一律に考えるから、労働の幅が広がらない。

 そうですね、経験的に言って、自分でやること、やらないことを決めることがモチベーションをあげることはあると思います。どこかの段階、例えば、40歳になったら自分は何をしたいか主張するシステムが社内にあってもいい。今の制度では、ソニーという会社に入って、家電にいく人もいればゲームをやる人もいれば、半導体をやる人もいる。でもそれは今のところ「会社が部署を決める」んですよね。それよりは、私はソニーでゲームのこの仕事がしたいと言って、能力があれば「その部署を選んで仕事ができる」ようになる方が、その人の満足度は上がる気がします。

 さらに、自分が培ってきたキャリアを自社内だけでなく、転職して他社でも生かせるようになればいい、「自分で自分の人生を選択できると、エンゲージメントだけでなく満足感、幸福感も上がる」という話は、自分の経験に照らし合わせて第六章の「提案」のところにも書きました。

 これから40代、50代、60代の人たちが、自分たちの持っている技術や経験をどこで使うか決める、そしてそれを若い世代にいかに手放して渡していくかを考えるのは重要だと思います。

江上 一方、仕事によって報酬を変えるジョブ型人事制度を採用するところが多くなっていますが、若い人たちにこれを採用したら、日本の会社はダメになると僕は思うんですよ。やっぱり日本人に合っている仕組みは、おせっかい役がいて、誰かがチームを作ってやる方がいいと思う。

 アメリカみたいに、お前は入り口で笑顔をふりまくだけでいいとか、お前は肉を焼くだけでいい、みたいな方法は合わないと思う。銀行も、アメリカではお前は窓口だけやればいいとか、そういうふうに仕事が分かれているわけです。日本みたいに、大学出てまず窓口やってから次の部署へなんてことは無い。チームワークで同じ釜の飯を食うみたいな雰囲気がないと若い人は育たないと思う。

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プロフィール

桂 幹

1961年、大阪府生まれ。86年、同志社大学卒業後、TDK入社。98年、TDKの米国子会社に出向し、2002年、同社副社長に就任。08年、事業撤退により出向解除。TDKに帰任後退職。同年イメーション社に転職、11年、日本法人の常務取締役に就任も、16年、事業撤退により退職。今回が初の書籍執筆となる。

江上剛

1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒業後、第一勧業銀行に入行。2002年『非情銀行』で作家デビュー。主な著書に『会社という病』(講談社+α新書)『会社人生 五十路の壁 サラリーマンの分岐点』(PHP新書)、小説「庶務行員 多加賀主水」シリーズなど多数。

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