対談

電機産業だけではない。日本企業は何を間違えたのか?

『日本の電機産業はなぜ凋落したのか 体験的考察から見えた五つの大罪』発売記…
桂 幹×江上剛

2月17日に集英社新書から発売された『日本の電機産業はなぜ凋落したのか 体験的考察から見えた五つの大罪』(桂 幹・著)。同書は桂氏自身のサラリーマン時代の体験と、シャープの副社長を務めた桂氏の父の視点・証言を絡めながら、かつて世界を席巻する強さを誇っていた日本の電機産業が衰退していった原因を探ったものである。

そこで、企業を題材にした小説やビジネス書などで多数の著作を持つ作家の江上剛氏をお招きし、本書について、そして日本企業の問題点と今後について語り合ってもらった。

※書籍タイトルの「凋」は旧文字となります。

デジタル化の本質を見誤っていた日本企業

江上 桂さんの本、面白く読ませていただきました。かつて世界を席巻していた日本の電機産業がこの30年で衰退してしまった。「なぜだろう」と多くの人がその理由を知りたいところだと思います。

 本の中ではその原因を「誤認の罪」「慢心の罪」「困窮の罪」「半端の罪」「欠落の罪」と「五つの大罪」という形で解き明かしていますが、面白かったのは最初の「誤認の罪」にあった、音楽や写真などのデジタル化がもたらした本質は“画期的な簡易化”という言葉。あれは目からウロコでした。この言葉はご自身で考えられたんですか。

 そうですね。自分たちの当時のことを考えると、デジタル化の本質を理解する前に、儲けなければいけないとか、それでは韓国や台湾に勝てないとか、そういう“邪念”のようなものが先に立ち、デジタル化とは何なのかという“本質的な理解”に思いがいたらなかった気がします。そこから目をそらせていた、というのが常々私の中にありました。

 では、“本質”とは何だったのだろうと、玉ねぎの皮をむくように考えていった先に残ったのが、「お客様がどれだけ買い求めやすいか、使いやすいかを含めて簡易化できるか」だった。この根源的なところを見ていなかったという反省がありましたね。

江上 この最初の「誤認の罪」の内容が一番胸に刺さりました。

 世界に先駆けた日本の技術には、ソニーのウォークマンはじめ他にもいろいろあったし、東芝や日立、三菱、シャープ、三洋など世界が称賛した日本のメーカーが数多くありました。それがなぜ今のような惨状になったのか常々考えていましたが、画期的な簡易化という言葉を見て、「あ、そうか」と思いました。画期的な簡易化という言葉で、デジタル化とは何なのかを端的に言い表した人はこれまでいなかったのではないかな。

 これは今でも続いている話ですし、自動車も含め、メーカーの経営者はいまだにデジタル化の本質に気づいていない人がたくさんいるのではないですかね。

江上剛…1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒業後、第一勧業銀行に入行。2002年『非情銀行』で作家デビュー。主な著書に『会社という病』(講談社+α新書)『会社人生 五十路の壁 サラリーマンの分岐点』(PHP新書)、小説「庶務行員 多加賀主水」シリーズなど多数。

 先日、パナソニックがブルーレイディスクの生産から撤退をするというニュースが出ていました。ブルーレイは確かに高性能なんですが、所詮、DVDをより高性能化しただけ。新しい簡易化を何も生み出せなかったので、欧米ではまったく受け入れられなかったのです。

江上 7、8年前に取材で中国へ行ったとき、どの家にもブルーレイは見当たらなかった。すでにインターネットと接続できるスマートテレビで、録画しなくても次の日に「半沢直樹」を海賊版で観ていて(笑)、デジタルの現実を目の当たりにしました。

 その時中国では、家電量販店に行くと、東芝やソニーなど日本メーカーの商品が棚の上段に並べてあって、中国製は下にあった。中国の人も本当は日本製が欲しいけど、ちょっと手が届かないという時代でしたが、僕からすると、高い日本製と安い中国製のテレビの画面を観ても、その差が分からないほどでしたけどね。

 デジタル化で、品質の差は本当に分からなくなりましたから。

江上 あと、この本にある「慢心の罪」は、僕もサムスンの工場を取材した時に感じました。その当時、シャープは「亀山工場で86インチや100インチの液晶画面のテレビだって作れる」と威張っていて、サムスンの案内をしてくれた人は「あんな大きなテレビ、うちでは作れませんよ」と言ってましたが、そんなことは無いと思いましたね、作らないだけで。そもそも普通の家庭で、そんな大画面テレビはいらないですから(笑)。日本のメーカーはその技術力に完全に慢心していました。

 より良いものにしようとすると、日本メーカーは大きくしたり薄くしたりする傾向が強いんですが、薄型テレビがあと1センチ薄くなって誰にメリットがあるのかよりも、他社さんより薄いと言えることを目指している。そういうところがありましたね。

江上 日本のメーカーの話でいうと、インドへ行った時に、LGの工場でインド人のマネジャーと話したことがありました。当時は韓国メーカーがインドを席巻していて、「日本メーカーにはまったくビジネスチャンスがありません。その理由がわかりますか?」と言うんですね。「何でですか?」と聞くと、日本のメーカーは「これです」と言って電話を掛けるマネをするわけです。

 インドはコメの収穫がある秋は現金が入って来るから売り時で、キャンペーンをやるらしいんです。LGはその時に合わせた商品を考えるけれども、日本のメーカーは、そこから東京に電話して、東京で会議をやっているうちにシーズンが終わってしまう、という話でした。

 決断の遅さは世界各国で言われていますが、それは本当に日本企業の欠点でしょうね。

江上 あと、共感するのは「欠落の罪」で書かれているミッション、つまり社是はあるけど、ビジョン(=具体的戦略)はないという部分。

 自分のサラリーマン人生を振り返っても、明確なミッションはTDK時代にもありました。しかし、現実に抱えている問題とミッションには相当距離があるので、ミッションは自分たちが困っていることの解決の糸口にならない。それは常々感じていました。やはりミッションと現実の間をつなぐビジョンが必要だし、重要なんだろうと。

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プロフィール

桂 幹

1961年、大阪府生まれ。86年、同志社大学卒業後、TDK入社。98年、TDKの米国子会社に出向し、2002年、同社副社長に就任。08年、事業撤退により出向解除。TDKに帰任後退職。同年イメーション社に転職、11年、日本法人の常務取締役に就任も、16年、事業撤退により退職。今回が初の書籍執筆となる。

江上剛

1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒業後、第一勧業銀行に入行。2002年『非情銀行』で作家デビュー。主な著書に『会社という病』(講談社+α新書)『会社人生 五十路の壁 サラリーマンの分岐点』(PHP新書)、小説「庶務行員 多加賀主水」シリーズなど多数。

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