プラスインタビュー

スノーボーダーとして真面目に生きる【第1回】

國母和宏が譲れなかったこと

國母和宏
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スノーボードはスポーツではない

──コンテストとムービー、どちらに軸足を置いている人の方が多いんですか。

國母 スノーボードの世界は、もともとムービーがメインだったんです。ムービーを見て、カッコいいなと思って、その滑りとか服装を真似する。俺も、ボロボロの車で自然の中を走って、Tシャツ1枚で滑ってるようなシーンに憧れた。自分が4歳のときにスノーボードを始めた頃は、競技といっても、まだ自由な感じで、オリンピックもなかったし、ハーフパイプの採点基準も今みたいに機械的ではなかった。それが1998年に長野五輪でオリンピック競技になってから、少しずつ競技の価値が高まってきたんです。昔のライダーは、今の大会はおもしろくないって言いますけど、時代の流れですよね。昔はムービー系の人の方が圧倒的に多かったけど、今は同じくらいかな。ただ、どちらもプロとしてやっていけてる人は少ないですね。

10月4日、アメリカのポートランドで行われた『神風 KAMIKAZU』試写会の様子。圧倒的なトリックを前にして、観客のテンションは最高潮に

──スポーツは勝ち負けを競うものなのに、なぜスノーボードはもともとムービーがメインだったんですか?

國母 コアな人たちからすると、スノーボードはスポーツではない。この世界では神様のような存在のテリエ(・ハーコンセン)は、オリンピックはスノボの自由な感じに馴染まないと言って出場しなかった。もちろん、俺も大会モードに入ったら、勝ちたいと思いますよ。でも、ポイントの高い技だけで勝つんじゃなくて、カッコイイと思えるトリック(技)をルーティーン(技の組み立て)で出し切って勝ちたいというのがあった。

──スポーツの世界では、「勝てばいい」という考え方も存在しますが。

國母 真逆ですね。スタイルを捨てるぐらいなら、勝たない方がいいというのがスノーボーダーの考え方。だから、ブランドも優秀なアスリートが欲しいのではなくて、カッコいいボーダーが欲しいんです。大会で優勝しても、そのことによってイメージが変わってしまい、逆にスポンサーを失ってしまうなんてこともある。バンクーバー(五輪)のときも、俺の恰好や態度が叩かれましたけど、スポンサーは滑りも含めてパーフェクトだったという評価をしてくれた。だから、その後もサポートを続けてくれたんです。

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プロフィール

國母和宏

1988年生まれ、北海道石狩市出身。4歳からスノーボードを始め、2003年、わずか14歳でUSオープンの表彰台に立つ。06年トリノ、10年バンクーバーと2度の五輪出場経験を持つ日本スノーボード界の第一人者。16年に最も権威のあるコンクール「RIDERS POLL 18」で「年間ベストビデオパート賞」を受賞。

11月に初の個人DVD『神風 KAMIKAZU』(税込3,500円)発売。

 
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