──確かに上方漫才という言い方は聞きますが、「江戸漫才」「東京漫才」という言い方は聞いたことがありませんね……。その漫才は「しゃべくり漫才」と「コント漫才」に大きく分けられますが、M-1では王道とされる「しゃべくり漫才」が強い印象があります。しゃべくり漫才は、そう言われると、東京の言葉は向いてない気がしますね。
塙 漫才の母国語は関西弁ですから。日本語でオペラやミュージカルをやると、どこか不自然な感じがしてしまうのと同じことです。それと、M-1の審査員をしていた島田紳助さんに、昔、「ナイツの漫才は寄席の漫才だから勝つのは難しいよな」と言われたことがあります。持ち時間が、寄席は15分あるのに対し、M-1は4分しかない。中距離層と100メートル走くらい違いがあるんです。寄席に慣れ切ってしまった体でいきなりM-1に出たら、たぶんアキレス腱とか切っちゃいますよ。M-1は、もう完全に別物ですから。4分の場合は、勢いよくしゃべるしゃべくり漫才の方が笑いの回数も増えるので印象がいいんです。僕らが最終決戦に進んだ08年、他の2組は、オードリーとノンスタイルでした。そして勝ったのは、しゃべくり漫才のノンスタイルでした。でも彼らはスタイルというより、実力が抜けてましたね。
コント漫才は関東芸人が優勝する唯一の方法
──おっしゃるようにM-1は漫才という競技の中の「M-1」という種目のような気がしてきました。
塙 1500メートルを専門にしている選手が、大会の前だけ100メートルの練習をするよりも、常に100メートルの練習をしているやつの方が強い。僕らに足りなかったのは、そこじゃないかと思いますね。ただ、単に早くしゃべるだけなら、それは練習すればできるという話なので、そこにあんまりとらわれ過ぎない方がいいと思うんですけど。芸人にとって一番よくないのは、コンテストのことを意識し過ぎて、自分の持ち味を見失ってしまうことですから。コンテストはモチベーションの一つにはなりますが、そのためにやっているわけではない。僕は何組もの若手に「M-1は優勝を目指さないほうがいいよ」ってアドバイスをしたんです。心からそう思えるようになったとき、初めて自分らしさが出ますから。
──でも、関東芸人が活路を見出すとしたら、そのあたりにありそうですね。関東芸人には関東芸人にしかできない芸を目指すというか。
塙 関西って、160キロ投げるやつがゴロゴロいるような世界なんです。東京だと150キロぐらいでもすんげえ速く感じますけど、関西ではまったく通用しない。関西弁というフォームじゃないと、160キロは出ないんじゃないですかね。東京の言葉で、ばばばばばっていうしゃべくり漫才は本当に難しい。となると、変化球で勝負するしかない。
プロフィール
芸人。1978年、千葉県生まれ。漫才協会副会長。2001年、お笑いコンビ「ナイツ」を土屋伸之と結成。2008年度以降、3年連続でM-1グランプリ決勝に進出する。漫才新人大賞大賞、お笑いホープ大賞大賞、NHK新人演芸大賞大賞、第9回ビートたけしのエンターテイメント賞 日本芸能大賞、浅草芸能大賞新人賞、第10回ビートたけしのエンターテイメント賞 日本芸能大賞、第68回文化庁芸術祭大衆芸能部門優秀賞、浅草芸能大賞奨励賞、第67回芸術選奨大衆芸能部門文部科学大臣新人賞など、受賞多数。集英社新書『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』、8/9発売!