著者インタビュー

コロナ禍での「新しい日常」の言説はなぜ戦時下のようなのか

『「暮し」のファシズム―戦争は「新しい生活様式」の顔をしてやってきた』 著…

大塚英志

 

連続している戦前と戦後

 

コロナ禍で戦時下の言葉が呼び起こされるというのは、知っていてあえて繰り返しているのでしょうか? それとも無自覚な模倣なのでしょうか。

おそらく、多くの人々は無自覚に戦時下を引き合いに出しています。テレビドラマの中で見た戦時下の行動のある部分を、結局はみんなまねていく。それは、その男性原理的なナショナリズムにおいても、ネトウヨたちの表面的で安い右翼ぶりを見ていてもそうです。

 

どうして無自覚なのでしょうか? 

戦前と戦後とでは、歴史的に分断があるという思い込みが一般の人にはあります。でも、歴史研究や文化研究の多くの中では、分断はないというのが、むしろ定説です。

近衛新体制の中で、生活の設計家としての広告人たちがプロパガンダに合流して、国家のために生活や日常を再構成して人々を動員していくという時代の文脈がありました。  大政翼賛会宣伝部やプロパガンダの研究組織である報道技術研究会には、のちに戦後を代表していく編集者やデザイナーや、写真家、広告家たち、知識人たちが集まっていた。彼らが戦後の広告業界、放送業界、ジャーナリズム等を作っていった。

翼賛会宣伝部にいた岩堀喜之助、清水達夫、花森安治、報道技術研究会にいた新井静一郎をはじめとする戦後の出版や広告業界の重鎮になった人たちは、みんな戦時広告の理論家であると同時に実践者たちです。恐ろしいほどの水準の高さに唖然とします。その象徴が『暮しの手帖』を創刊した花森安治です。

花森は戦後の暮らしを設計していったけれども、それは戦時下に彼らが設計した生活を戦後に持ち越したものです。つまり、岩堀と清水のマガジンハウスにせよ、花森の創刊した『暮しの手帖』にせよ、戦時下に彼らが設計した「生活」をそのまま戦後に展開しているのです。

翼賛会の宣伝部が考えついた、多メディアを有機的に連動させていく仕掛け、今で言うメディアミックスは、戦争中に非常に高度に働いた。しかも、ラジオという音声だけのメディアと、映画館という物理的な空間に限定される映像メディアしかない中で、かなり高度なことをやっています。その経験が戦後にテレビというメディアを実現していくための準備となったのです。

つまり表面的には、いわゆる戦時下のファシズム体制、天皇主義的な、国粋主義的なものと、戦後民主主義、GHQの思想みたいなものの交代があったように見えるけれども、それは、スポンサーの交代程度のものであって、ノウハウは変わらない。戦時下で使われていたノウハウや、それを駆使していた人材そのものは、ほとんど戦後に持ち越されている。

そこでコロナ禍を戦時下にたとえた瞬間に呼び起こされたものが戦前まできれいにつながってしまうという事態が起きるのだけれども、やっている本人たちには、全然その自覚がないということになるのです。

 

 

「Cool Japan」と協働主義

 

今から75年以上も前の戦時下の広告の理論や言葉が、現代でも無意識のうちに使われているのですね。

もちろん僕も、1980年代には広告代理店に深く関わっていて、言わば文化系的な思考を工学的に使うマーケティングをやっていた人間ですから、偉そうなことは言えません。ただ、そのときの経験は、今、戦時下の史料を読んでいくときの役に立っています。そこに出てくる工学的な思考が、80年代に電通の周りにあった、僕もその末端にいたニューアカが弄んでいたものと似たものだと逐一分かるわけです。

だから、僕の上の世代、たとえばあの時代に消費社会論を書いていた上野千鶴子の世代、あの人たちは分かっていたはずなんです。僕も正直言って、分かっていないわけではなかった。親世代が戦時下の生活を経験しているから、これは戦争に関係している手法だということは薄々感づいていた。しかし、多分、僕の一つ下の世代だと、それが戦時下に接続しているというリアリティーがもう分からないでしょう。

例えば、「協働」という言葉には注意が必要です。2000年以降、「Cool Japan」政策を推進していく中で、webへのユーザー参加や二次創作を表現する言葉として使われ出しました。しかし、この「協働」とは、近衛新体制の根本にある「協働主義」という思想の「協働」から来ています。

プロパガンダというと、メディアや権力が大きな声で大量の情報を投下して洗脳するようなイメージだけれども、実は人々が自発的に、喜んで何かを創作したり表現したりすることで自ら動員されていく、この仕組みをあらわす言葉が近衛新体制の協働主義なのです。

だから、戦後『暮しの手帖』を創刊する花森にしても、洋服を作ること、着こなすことという自発的、主体的な行動に導くことが大事なんです。その「協働」の一つに、まんがの新聞投稿を読者に促して二次創作を誘発していく大政翼賛会のメディアミックスがあった。

安倍政権がTPP交渉の知的所有権の部門で異様に粘ったのが二次創作です。二次創作とは、著作権法に照らせば明確にアウトなんです。それなのに、二次創作は日本文化なんだという言い方で守ろうとした。しかも、そこに「協働」という古い言葉を充てています。

「協働」という言葉はCool Japan関係の文書と、国のインターネット関係の文書で多出しています。無責任な為政者、政治家たちの背後には、もっと頭のいい官僚たちがいます。彼らはしばしば戦時下の概念や用語を引きずり出してきて、お色直しして国策に使っている印象があります。

 

つまり官僚たちは自覚的にやっているのですね。

もちろん彼らはそれなりに歴史を学んだ人たちですから、分かってやっているはずです。そうでなければ、同じ言葉をつかったり、そっくりの政策をやったりするはずがない。

こうした新体制用語の再引用は、2000年代に入ってから、かなり意識的に起きている。だから国が生活をデザインし直そうと思った瞬間に、実はすでにメディアの中に組み込まれた言説として「新しい生活」とか、そういったものをどうしても呼び起こしてしまうわけです。

 

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プロフィール

大塚英志

1958年生まれ。まんが原作者、批評家。国際日本文化研究センター教授。著書に『大政翼賛会のメディアミックス』(平凡社)、『手塚治虫と戦時下メディア理論 文化工作・記録映画・機械芸術』(星海社新書)、『ミュシャから少女まんがへ 幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー』、『感情天皇論』(ちくま新書)、『文学国語入門(星海社新書)など多数。

 
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