著者インタビュー

本当の松本清張の時代は、没後に始まった――

『松本清張 「隠蔽と暴露」の作家』著者・高橋敏夫氏インタビュー

高橋敏夫
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──「隠蔽と暴露」ということで言えば、松本清張が特に関心を寄せた時代のひとつとして、本書のなかでも戦後の「オキュパイドジャパン」(GHQによる占領下の日本:1945〜1952年)を挙げています。特にこの時代にフォーカスしたノンフィクション集『日本の黒い霧』に収められている下山事件は、2010年代になって「自分の親戚が実際に事件に関わっていた」という作家・柴田哲孝が従来にはない要素を盛り込んだノンフィクションを発表しています。柴田からすれば、松本清張は限られた情報しか持っていなかったにもかかわらず、事件全体の構図に関する見立てがもっとも正確だった、と。

 

高橋 それは、その通りでしょう。ただし、独自で見事な推理だけではありません。松本清張のもとには、さまざまなルートから、信憑性の高い情報が多く集まってきていましたし、清張は関心に応じて情報をさらに集めようとしました。おそらく当時のどんなジャーナリストよりも多くの情報を持っていたはずです。そして、それらの情報ではどうしても届かない暗部には、フィクションのかたちで大胆に踏み込みました。今回の試みでは、松本清張が遂行した対象に応じてのフィクションとノンフィクションとの使い分けも明らかにしました。この使い分けは現在でも有効だと思います。

 

──たとえば加計学園問題で言うと、国家戦略特区という異様に明度の高い設定のなかに置かれていて、暗部が見えづらい構図になっていると思います。加計学園の獣医学部新設のような国家戦略特区内の新規事業提案に関する議事要旨は首相官邸のホームページで公開されていて一見、非常にオープンなように見える。ところが、そこに参加していたメンバーを精査すると、本来は事業提案を吟味すべきワーキンググループに委員が、その肩書きではなく民間有識者として出席し、提案を明らかに後押ししている……。

 

高橋 松本清張は、戦後の明るさの頂点ともいうべき1970年代に、権力や権威による秘密と隠蔽はなくなるどころか、いっそう複雑になり増殖すると言っています。露骨なものから微妙なものへの秘密と隠蔽の変化は、「公然の秘密」「公然の隠蔽」へ、つまりはみんながなんとなく知っていて、とりたてて問題にしない状態にわたしたちを導くだろうと松本清張は考えていたのだと思います。

森友・加計問題をはじめとして、このところ政治や経済のさまざまな場面で、秘密や隠蔽が明らかになっていますが、たちまち「公然の秘密」へ「公然の隠蔽」へと変化してしまう。これは今に始まったのではなく、松本清張が暴きだし続けた由々しき事態です。松本清張の作品の登場人物つまりは事件の追跡者たちは、日々の疑問、問いかけから出発しますが、これは「公然の秘密」「公然の隠蔽」の一端を突き破る問いかけであり、そこから秘密と隠蔽の本体へと迫るのです。その本体が暴露され事件が物語として解決したとしても、それで秘密と隠蔽は終わらない。わたしたちをつつみこむ「公然の秘密」「公然の隠蔽」という事態は終わりにならず、そのむこうには別の秘密と隠蔽があるからです。

松本清張の作品のラストは、一つの秘密、一つの隠蔽の暴露では終わらず、「ひとつの秘密を暴露しても、必ず次の秘密の扉がある」という構図になっています。最初に言ったように「物語が終わったあとに本当の恐怖を感じる」のも、この構図による効果でしょう。次つぎに現れる秘密と隠蔽に、日々の疑問から発して、少しずつ少しずつ、粘り強く、諦めず、執拗にかかわり続けること、わたしたちが松本清張から学ぶことの核心はここにあります。

ところで、もし今、松本清張の作品が新たに発表されるとしたら、事件を追い、物語の全体像を浮かび上がらせる役目を誰に担わせるのか。たぶん新聞記者でも雑誌記者でもないでしょう。インターネット上でフェイク・ニュースが溢れ返っている現代なら、同じ土俵のネット・アクティヴィスト、あるいはネット・アナリストのような人たちを起用するのではないでしょうか。そんなことを考えるのも、松本清張を巡る楽しい想像ですね。

 

取材・構成/田中茂朗 撮影/フルフォード海

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プロフィール

高橋敏夫

1952年生まれ。早稲田大学文学部・大学院教授。文芸評論家。早稲田大学第一文学部卒業、同大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は近現代日本文学。『藤沢周平――負を生きる物語』『ホラー小説でめぐる「現代文学論」』『井上ひさし 希望としての笑い』など著書多数。

 
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本当の松本清張の時代は、没後に始まった――

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