望月衣塑子×三上智恵対談 第1回 テレビ、新聞、映画でも、見ている人の気持ちを揺さぶらないと意味がない
メディアが妙な「中立性」ばかり気にしていてはダメ
望月 つい最近の報道で、中国がマッハ5を超える「極(ごく)超音速(ちょうおんそく)ミサイル」、しかも核を搭載できるものを開発して実験に成功し、アメリカにスプートニク・ショック(*)以来の衝撃を与えた、というのがありました。いわゆる“ゲームチェンジャー”になるのでは、というようなことを言うんですが、そういう報道が出れば出るほど「米軍と軍事訓練を積んでいくことが抑止になるんだ」という論調が過熱化していく。その危うさを感じますね。
でも、マッハ5を超える極超音速ミサイルなどができると、あらゆる現段階で日本が持っているミサイル防衛が効かなくなる可能性があります。そうすると、戦争するリスクのほうがずっと大きいことがわかるから、アメリカは冷徹に、中国との激突を避ける戦略を考えていると思うんです。
三上 そう。だから、たとえば「100㎞の飛距離のものを相手が開発したが、日本側は50㎞のものしか持っていない」というような文章にしてしまうと、「これに対抗しなければ抑止力が破られる」というふうにしか読まれない。
でも「そのミサイルを撃ち落とす技術はないし、そういう不完全なものにお金や力を注いでも仕方がない」という文があれば、記事全体の印象は全然違います。
望月 違いますよね。
三上 だけど、こういうものってたいてい最初に、産経新聞にリークして提灯(ちょうちん)記事を書かせる。で、産経は必ず「こう来たら、こう対抗する」という目線で記事を書く。それが最初にネットニュースなどに一斉に出るということがこの数年ずっと続いていて。これを、たとえば朝日新聞に最初にリークされたら、そういうふうには……。まあでも、今は言えないんですよね、朝日も。
望月 朝日も微妙な書き方をしますよね。最後に、とってつけたように「違う意見もある」みたいに一言だけ入れるけど、全般的にはすごくおどろおどろしい。妙な「中立性」を保とうとしている感じがします。
三上 そう。「中立性」についても、この本では、ものすごく詳しく書いてくれていますね。
望月 「中立」では、たぶんダメなんですよ、メディアって。今これだけ、政府に霞が関の記者クラブが振り回されて、政府広報機関みたいになってしまって、その弊害がすごく出てきている。そういう時期に「中立」って、ものすごく危ない。
三上 「偏っていない」ということと「中立である」ということは、全く違う話だと思うんですよ。「中立」なんて神様しかわからない。
言葉は違うかもしれないけど、この本にも書いてありますね。一つのものを照射するときに、虫眼鏡で見るのと、俯瞰(ふかん)すること、その両方が必要だけれど、それだけじゃなくて、いろんな角度から光を当てて見ることで、その物事は立体的に浮かび上がってくる。全ての角度から見ることはできないけど、複数の角度から見たり、遠くから見たり、近くから見たりして一つの事象を書こうというのは、普通の記者なら誰でもやってきたことだったと思うんですよ。それを、本当に簡単にしか取材しなかったり、人の言ったことをそのまま書いてしまったりすると、「偏っているな」という印象の記事になってしまうから、そういう記事は人に読まれない。
だけど「偏っていない記事、いろんな角度からできるだけ照射した記事を書こう」ということと、「中立で書こう」ということは、全然違うことだと思う。「中立」と言い始める人は、私の経験上、何もしたくない人ですね。
望月 何もしたくないんでしょうね。官邸から抗議の電話が鳴るのが怖い。
三上 この本には、その辺のこともすごく整理して、ストンと腑(ふ)に落ちるように書いてあって。ありそうで、なかった本だなと思いました。
望月 ありがとうございます。
「これは絶対残さなきゃいけない」と思うようなテーマを
つかみ取って伝えていくことの大切さ
望月 智恵さんが今まで作ったドキュメンタリー作品を見ていてもそうなんですけど、テレビでも新聞でも映画でも、最後は見ている人の気持ち、心の琴線を揺さぶらないと、それは作っても結局意味がないと思うんです。智恵さんは、すごく徹底しますよね。映画「沖縄スパイ戦史」を見ても、知っている人は知っていたことだけど、それを本当に徹底取材して、あれだけの事実を浮かび上がらせた。そこに智恵さんの、「彼らの悲惨な経験や歴史を、今こそ絶対に伝えなきゃいけないんだ」という、すごいこだわりと熱量を感じました。
「公正」とか「中立」とかいうことよりも、「伝えられてないものを伝えなきゃいけないんだ」というような使命感と、「これを知ることが、これから起き得る戦争を止めることにつながるんだ」という強烈な問題意識がすごくある。だから、ああいう映画が作れるんだと思います。
それは日々、霞が関でしか取材していなくて「政府の言ったことも半々で書かなきゃ」とか、そういうことにあまりにも振り回されすぎて、いわゆる記者クラブ的な記者の発想でいると、逆に突き詰められない。そこまで問題意識も持たないし、当然、熱量も注ぎ込こめない。
今は政府の会見に出ていても、誰が聞いてもしょせん同じ話しかしないし、それこそ通信社に任せていてもいいぐらいです。
一番必要なのは、その記者が取材していて、「これは絶対残さなきゃいけない」と思うようなテーマを、智恵さんみたいに本当にえぐり出すように取材して、つかみ取って伝えていくことだと思います。
智恵さんたちの、いろんなドキュメンタリー映画が毎回皆さんの注目を集めるのは、私たちが知らなきゃいけない事実を、すごい熱量と問題意識であそこまで掘り起こすから。だからこそ、私たちの気持ちの中で、何かが揺さぶられる。「過去のことだけど、うわさでは聞いていたけど、ここまでのことがあったんだ」ということを突きつけられて。しかも、「また同じことをするかもしれないね」という、これからにつながるようなものを出されていますから。
森達也さんもそうですけど、自分なりの強烈な問題意識と熱量で「伝えるんだ」ということを持っているというのが、ジャーナリストとして本当にあるべき姿だと私は感じるんです。
森さんも智恵さんも、ジャーナリストだけじゃなくて映像作家とか、民俗学者とか、肩書はいろいろ違うかもしれないですが、自分をジャーナリストだと規定しないでやっている人たちも含めて、そういう問題意識や熱量がある人たちが、今後いろんな意味ですごく危なくなっていくことが予想される社会や政治の状況をちょっとでも変えるきっかけになるようなものを、作り出してくれていると感じます。
三上 でも、それはたぶん、東京や大阪でずっと記者とか報道をやっていたら、わかりそうでわからなかったかもしれないですね。
沖縄にいて、そこから全国ネットにニュースを持ち込むと、必ず「一方を取材したら、必ずもう一方を取材しろ」みたいなことを言われるんです。「基地に反対している人を取材したら、賛成している人も取材しろ」みたいな。そんな同じことばかりを、泡を吹くぐらい毎度言われるから「いや、そうじゃないんだ」という理論武装をせざるをえない。
だって、たとえば「日本を守るために沖縄が戦場になっていい」と言っている人と「沖縄を戦場にしちゃダメだ」と言っている人がいたら、常にその両方を紹介しなきゃいけない、なんて話、ありえないじゃないですか。
望月 その論理が変です。
三上 「沖縄が戦場になっていい、なんて言っている人はいない」とか言うかもしれないけど、今は実際ほとんどの人が「沖縄が戦場になってしまっても仕方がない形の国防」を支持しちゃっている。だからそれを選挙の争点にもしない。政治家だってみんな知っていながら、今回の選挙で沖縄を争点から丸々外したじゃないですか。
でもアメリカのシンクタンク、「米国先端政策研究所」のトバイアス・ハリス上級研究員は「台湾有事が起きれば、日本も巻き込まれるであろうことを、もっと政治指導者が積極的に説明すべきだ。深刻な人命の損失に繋がり得る問題なのに、我が国からも国民的な議論が不十分だと見られている」と語っています(2021年10月15日、毎日新聞)。つまり「台湾有事が起きたら日本で死人が出ると分かっているのに議論しなさすぎるんじゃない?」って言っている。アメリカは自分たちに有利な盾をここに作ることについて、「まあ、自分たちの国から離れたところで抑止力になるんならいいんじゃない」って茫然と考える人たちも多いと思うんだけど、でもこのハリスさんは日本が好きなのか、「日本で血が流れるってことはアメリカ人だってわかるのに、日本国内でそういう議論しないでいいの?」って言っている。
そうやってアメリカ人に言われて初めて「えっ、そこまで来てるの?」って日本人は思うじゃない。私みたいなのが「ここを戦場にする案なんですよ、ヤバイですよ!」と言っても、メディアのお仲間も全然追いかけてきてくれない。こういうことを選挙で話題にしないでどうするの、と思うんだけれど、オール沖縄さえもそこができない。自衛隊の問題は……。
望月 自衛隊問題には、触れられない。
(第2回に続く)
*スプートニクは1957年10月にソ連が打ち上げに成功した人類初の人工衛星。米ソ冷戦のさなかに宇宙分野でソ連に先を越されたことで、「先端科学分野で自国こそ世界一」と信じていたアメリカは大変なショックを受けた。
プロフィール
三上智恵(みかみ ちえ)
映画監督、ジャーナリスト。毎日放送、琉球朝日放送でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。初監督映画「標的の村」(2013)でキネマ旬報ベスト・テン文化映画部門1位他19の賞を受賞。フリーに転身後、映画「戦場ぬ止み」(2015)、「標的の島 風かたか」(2017)を発表。続く映画「沖縄スパイ戦史」(大矢英代との共同監督作品、2018)は、文化庁映画賞他8つの賞を受賞した。著書に『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』『風かたか「標的の島」撮影記』(ともに大月書店)等。『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)は城山三郎賞、早稲田ジャーナリズム大賞、JCJ賞受賞。
望月衣塑子(もちづき いそこ)
1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞社に入社。関東の各県警、東京地検特捜部を担当し、事件取材に携わる。経済部などを経て社会部遊軍記者。2017年6月から菅義偉官房長官(当時)の会見に出席し質問を重ねる様子が注目される。著書に『新聞記者』『武器輸出と日本企業』『同調圧力(共著)』『報道現場』(角川新書)、『自壊するメディア(共著)』(講談社+α新書)、『権力と新聞の大問題(共著)』『安倍政治 100のファクトチェック(共著)』(集英社新書)など多数。