対談

望月衣塑子×三上智恵対談 第1回 テレビ、新聞、映画でも、見ている人の気持ちを揺さぶらないと意味がない

『ジャーナリズムの役割は空気を壊すこと』刊行対談
三上智恵氏×望月衣塑子

映画「i-新聞記者ドキュメント-」の森達也監督と、官邸記者クラブで孤軍奮闘してきた東京新聞社会部記者、望月衣塑子氏が10月に上梓した『ジャーナリズムの役割は空気を壊すこと』。
この本の内容と最近の衆院選などでメディアが果たした役割に関して、テレビ局出身で、現在はフリーとして「沖縄スパイ戦史」など数々のドキュメンタリーを制作し、膨大な証言集『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)も著した映画監督、ジャーナリストの三上智恵氏が激論。
はたして日本のメディアは死んだのか――?

構成・文=稲垣收 写真=三好妙心(三上)、野辺竜馬(望月)

 

メディア内部のチェック機能だけが肥大化し、
前例のないことをやる人が損をするようになった

――まずは三上さんから、本を読んだ感想をお願いします。

三上 「そうだよね、そうだよね」と赤ベコのように首がもげるぐらいうなずきながら読みました。ただ、自分がこれまでやってきたことに刺さり過ぎて……。27年もテレビ局にいた自分にとっては全部自分がたどってきたルートの話なので、わかっていることではあるけど、あらためて言葉にされると「ああ、イタイな」と。

 私は森(達也)さんよりだいたい10歳下、望月さんより10歳上で、ちょうど真ん中ぐらい。私が大阪の放送局に入って報道の仕事を始めたのは1987年。当時はタバコふかしながら原稿書いて、書き損じの原稿用紙は丸めてポイッて捨てるというような、いわゆる「ブン屋」的でガサツな先輩たちが、カッコよく反権力をやっていたんです。そういう時代の空気が私のジャーナリスト像の原点。だけどその後、社会の空気はどんどん内向きになって、記者も小さくまとまるようになっていきました。

 この本にもありますが、放送って、放送しっぱなしだからこそできたことがいっぱいあったんです。そこからビデオデッキが普及し、最近はそれをインターネットで流し、繰り返し動画を見ることが手軽にできるようになりましたから、後から見て文句をつける人が出てくる。そこでいろいろな法律的な枠組みを作っていって、「繰り返し見られる可能性があるから、これは言わないほうがいい」とか「こういう番組はやらないほうがいい」というようなチェック機能だけが肥大化して、「前例のないことをやる人が損する」というふうに変わっていってしまった。

 私は1995年に沖縄に誕生した新しい局に大阪から移ったんですが、私が入った時は、既存の局の半分以下のスタッフですべて取材を回していかなければならなかったから、一人が何人分もの仕事をしたし、「誰よりも早く現場に行って、最後までいて、他のところを追い抜かすんだ」という気概があって、「はっちゃけていれば、はっちゃけているほどいい」というような空気で10年ぐらいやれたんですよね。

 でも、その後会社のステータスが確立されてきたら、また一気に内向きになって。いい記事を書くより、定時に帰るとか、新しい編集機の使い方を覚えるとか、新しいシステムに順応していく人、報告書をメールで出すとか、領収書もマメに処理できる記者が評価されるようになった。

望月 「マジメな会社員」的な人が評価されるようになった? 

三上 そう。バンカラでガサツだけど「相手の懐に入って取材していくのが大事だ」みたいな価値観がどんどんそぎ落とされていった。

望月 沖縄の局に智恵さんが入った時から10年で、なんでそんなにガラッと変わったんですか?

三上 インターネットとパソコンが普及して全員が使うようになる時期と重なったから変化が速かったということもあります。開局の時にアメリカ兵の集団暴行事件が起こり、基地問題が全国の注目を集めていたので、私たちは基地や人権問題に特化していたんです。私はキャスターでしたが、やがて視聴率もトップになり“報道のQAB”といわれるまでになりました。

 でもその後、徐々に放送局内の空気が変わってしまって……。それで「こんなに息苦しくなったのは何でなの?」とずっと考えていたんです。

 そこを、私よりも先にテレビの世界を知っている森さんが、今メディアの中で孤軍奮闘する望月さんと出会うことによって、この本の中で見事に言葉にしてくれた。今メディアの中にいる人は、空気が澱んできたことを薄々わかっていても、森さんみたいに、その理由をここまで分析して言葉にしてはくれないから。

「ああ、そうだよね」と、痛みを感じながら読みました。メディアにいる人たちは、特に若い人は読んだほうがいいし、メディアOBの人も読んだほうがいいと思う。この変化を理解するために。

 

為政者は国民の不安を煽る
そのまま流したらプロパガンダになってしまう

三上 この本の肝(きも)を一言で言えば、「為政者は権力を持ち続けるために国民の不安を煽る。それをそのまま流したら彼らのプロパガンダ機関になってしまう」ということですね。これはメディアの全員が分かっていないといけないことなのに、今メディアにいる人の多くは分かってない。それが決定的に欠けている。政治家が「国民の命を守り抜く」とか言った時点で「えっ、守らないといけない状況なの?」って思わされる。コロナ禍でも全然守られなかったけど……。「いや、もっと怖い外敵があるんだ」と政治家が言う。

 今、防衛省は枕ことばのように「日本を取り巻く情勢は緊張を増している」と言います。でもメディアがそれをそのまま垂れ流すことで、権力者のプロパガンダ機関になってしまうんですよ。

 為政者の言葉遣い、力のある人たちの論理を疑わず、そのまま大衆に伝えてはいけない。私自身もそれをちゃんと言えるようになるのに何十年もかかったけれど、森さんは望月さんと一緒に、この本の中でハッキリと言っています。でも、メディアの中にいる多くの人が、その大事なことに気づいていないから、10月末の選挙もこういう結果になったわけですよね。

 

奄美に宮古島の5倍の基地ができたことを
現地の人は知らない

望月 「メディアは為政者に都合よく使われる可能性が限りなくある」という自覚が、たぶんすごく少ない。

三上 そう。実際、使われてしまっていることにも無自覚。尖閣の問題を一つ報道するだけでも、防衛省の見方を一つ報道するだけでも、為政者の役に立ってしまっているわけですよ。そうしたこと全てが、沖縄を直接苦しめることにつながっていく。私は沖縄にいるからそれが分かる。政治家とメディアが危機感を煽れば煽るほど、沖縄と奄美にミサイル基地がどんどん作られていく。そういうことに、本当にメディアは皆無自覚なんですよね。

望月 今、沖縄本島、それから最近は先島(宮古諸島と八重山諸島の総称)とか、ああいうところでも実動演習が行われて、九州での実動演習に初めてフランス軍も加わったり、1993年以来28年ぶりに全国の陸上自衛隊員約10万人が集結して、九州で軍事演習を行ったり、かなりおどろおどろしくなっていますね。

 東京など遠くにいると、単に「中国に対してどうするんだ?」という議論ばっかりです。つい最近も2019年、宮古島の陸自の駐屯地から島外に運び出されていた弾薬が、保良鉱山地区に新たに2棟立てられた弾薬庫に運び込まれることが決まり、住民たちが反対の声を上げています。「沖縄や奄美など、まさに戦場とされてしまうかもしれない島々で、今何が起きているのか」という話を智恵さんたちが発信してくれていることで、初めて自分たちがやっていることの“加害性”に気づかされる。

 東京なんかのメディアの記事はほとんどが防衛省目線ばかりで。「なぜ逆側の視点が入らないのか」と感じます。

三上 フリーになってから私がやっている報道なんて圧倒的に足りないけれど、南西諸島の自衛隊ミサイル配備問題の渦中にある奄美に、今年(2021年)、本当に遅まきながら行って思ったのは、この急激な変化を皆が見て見ぬふりをしているということ。奄美の人たちは沖縄県内の報道は全く目にしてないので、米軍基地があるということ、さらに今、自衛隊が来るということの意味もピンと来ていない。

 奄美は鹿児島県の一部で、鹿児島メディアの奄美支局の人は、国防の問題として正面から自衛隊基地の新設がなんであるのかを論じる立場にはないですよね。地域の話題を拾うのに駆け回っている。だから自衛隊についての反対の声が記事になることも少ない。また、防衛省取材をしないと自衛隊の基地の内情については書けないわけですが、じゃあ鹿児島本局が防衛省や国を相手に斬り込んで取材し特集を連打してきたかというと、どうなんでしょうか。奄美に住んでいる私の友だちは、奄美に瀬戸内分屯地と奄美駐屯地ができたことすら知らないんです。軍事基地問題についての報道は圧倒的に沖縄に比べて少ないんです

望月 できたことすら知らない?

三上 それすら知らないってありえますか? 私がこの夏取材に行った時は、空港にも迷彩服の人がいっぱい歩いていました。奄美駐屯地と瀬戸内駐屯地の2つを合わせると、宮古島の自衛隊施設5倍もの基地ができてしまったというのに。

望月 5倍ですか。

三上 そう。なのに、島の中心地にある名瀬の市街地に住んでいると、基地ができたことも知らない。全然報道されないから。沖縄のメディアが沖縄の人に対して報道していることを、奄美では伝えてくれる人がいない。だから、全国ニュースが取り上げてくれないと知る機会もないし、反対するチャンスもない。結果、奄美は米軍や自衛隊にとって「訓練も駐屯地も何でも引受けてくれる便利な場所」になっていってしまうという。

 元自衛官でジャーナリストの小西誠さんたちと「島々シンポジウム」というのをずっとやっているんですけれど、奄美編をやった時にも、こんな話題が出ました。アメリカが中距離ミサイルを日本列島のどこかに置くというけれど、それは「奄美か沖縄だろう」とされる。しかし沖縄に「核弾頭を積めるような中距離ミサイルを置く」などと言えば、沖縄では強力に反対する人がいるとわかっているから、奄美になる可能性が高いのではないか、と。

 それで今年、奄美で、日米合同実動訓練の過去最大規模のものが行われたんです。「オリエント・シールド(東洋の盾)」というこの日米合同訓練は1985年からほぼ毎年やっているんですが、この訓練を実施していること自体、日本人ってあまり知らないですよね。でも、その訓練内容がどんどん過激化していて、今回は奄美で3000人規模でやったんです。

                         撮影・三上智恵

「東洋の盾(たて)」と言うけど、「盾」って自分を守るものですよね?専守防衛の我が国は、盾だけ並べて抑止力のつもりになっていても、現実は「盾」じゃなくて、ミサイルを並べてしまっている。すごい「矛(ほこ)」を置いてしまっているんです。

「防御するための盾だ」というネーミングにはしているけれど、中国から見たら「矛を並べている」としか見えないですよね。そんなふうに自分たちの島の運命が変わってしまっていることを、奄美の人は知らないんです。これは誰が悪いのか? なぜ知られていないのか? それは、報道がなさすぎるからですよね。

望月 報道しなさすぎです。でも、それは防衛省からすれば都合がいい。メディアが騒がないで静かでいてくれるほうが世論の批判を受けることもなく、彼らが助かりますよね。

三上 2ヵ月くらい前、東京の報道番組で、奄美の自衛隊が扱われたんですけど、隊員に「ハブは怖くないですか」とか「銃を構えているときに蚊にさされたらどうしますか」というような質問ばかりで唖然。島が標的になるのではないかという住民が抱える不安に思い至っていたら、あんな質問はしても使わないと思います。

望月 逆側の住民たちの声などは全然入ってなかったんですか?

三上 全然ないです。「ミサイル基地がこの島の運命がどう変わってしまうか」という視点、住民目線が全くなくて。実際に反対運動が少ないといっても、それはそもそも報道されないので「基地の存在すら知らない」からであって。

 いったん矛が置かれれば、住民はそれを知らずに生きていたとしても、この島もろとも攻撃対象になってしまうんですよ。それまでは軍隊がいなかったから、標的にはならなかったのに。捕虜にはなるかもしれないけど、標的にはならなかった。この変化について、危機感を強めている島民はまだ多くはないので、ちゃんと伝えて欲しいのに。

「でも、中国に対しては何かしないといけないよね。だったら仕方ないのでは……」という、最後もありがちなまとめ方だったので、気を失いそうになりました。期待していた番組だけに……。

 

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プロフィール

三上智恵氏×望月衣塑子

 

三上智恵(みかみ ちえ)
映画監督、ジャーナリスト。毎日放送、琉球朝日放送でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。初監督映画「標的の村」(2013)でキネマ旬報ベスト・テン文化映画部門1位他19の賞を受賞。フリーに転身後、映画「戦場ぬ止み」(2015)、「標的の島 風かたか」(2017)を発表。続く映画「沖縄スパイ戦史」(大矢英代との共同監督作品、2018)は、文化庁映画賞他8つの賞を受賞した。著書に『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』『風かたか「標的の島」撮影記』(ともに大月書店)等。『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)は城山三郎賞、早稲田ジャーナリズム大賞、JCJ賞受賞。

望月衣塑子(もちづき いそこ)
1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞社に入社。関東の各県警、東京地検特捜部を担当し、事件取材に携わる。経済部などを経て社会部遊軍記者。2017年6月から菅義偉官房長官(当時)の会見に出席し質問を重ねる様子が注目される。著書に『新聞記者』『武器輸出と日本企業』『同調圧力(共著)』『報道現場』(角川新書)、『自壊するメディア(共著)』(講談社+α新書)、『権力と新聞の大問題(共著)』『安倍政治 100のファクトチェック(共著)』(集英社新書)など多数。

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