第2回 「野党は対案を出さないで批判ばかり」という刷り込み。野党共闘の失敗はメディアの習性への理解不足
映画「i-新聞記者ドキュメント-」の森達也監督と、官邸記者クラブで孤軍奮闘してきた東京新聞社会部記者、望月衣塑子氏が10月に上梓した『ジャーナリズムの役割は空気を壊すこと』。
この本の内容と最近の衆院選などでメディアが果たした役割に関して、テレビ局出身で、現在はフリーとして「沖縄スパイ戦史」など数々のドキュメンタリーを制作し、膨大な証言集『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)も著した映画監督でジャーナリストの三上智恵氏が激論。
メディアの無自覚な「刷り込み」の問題とは――?
構成・文=稲垣收 写真=三好妙心(三上)、野辺竜馬(望月)
「維新は視聴率を持ってるから取り扱い注意」
――10月末の衆議院選挙については、どう感じましたか?
三上 前にもどこかに書いたんですけれど、野党共闘は、とりあえず共通項目を挙げるのはいいのですが、大事な問題でも合意できないイシューについては各党に沈黙を強いるというデメリットがあります。だからこそ、手は組むけれども、必ず定期的に合意の見直しをして、共闘のためのガラスのようなもろい合意は壊すことを恐れず、ステンドグラスみたいに一つひとつ合意の形を作り直して、必要に応じて個々のガラスを壊してということをフレキシブルに繰り返していく覚悟が必要だと思います。沖縄の「オール沖縄体制」も、それが構築できたメリットはもちろんありますが、デメリットもある。ガラスのような合意が壊れることを恐れて、「あれも言わないで」「これも言わないで」と言っているうちに、求心力が弱まってしまう。「共闘」が魅力を維持するのは普通の党より大変なこと。だから結局「自公はイヤだけど野党は情けない」という人が……。
望月 維新に流れた。
三上 投票した人たちは維新ってどんな党か、本当に理解されているのかなあと思うんですけどね。維新は、ヘイトに繋がる言説がポンポン出てくるし、沖縄差別とも、とても親和性がある。
――でも今の大阪のテレビって、本当にものすごく維新推しで、しかも吉本芸人を使って毎日応援するから、「普通にテレビを見ているだけで維新信者になっちゃう」と関西に住んでいる知人が嘆いてました。
望月 なっちゃうんですよね。
三上 テレビ局の中でも、今、報道局より制作局の方が力が強くなっちゃって。「バラエティーの方が視聴率稼げるじゃん」と。だから「維新は視聴率を持っているから、取り扱いに注意してください」なんて、制作から報道に釘を刺してくる。
――この本の中でも、テレビ局や新聞社には、「会社経営」と「ジャーナリストとしての使命」という両方があって、経営ももちろん大事だけど、お金がもうかるかどうか、視聴率取れるかどうかと無関係に、ジャーナリズムを貫いていかなきゃいけないんだ、という話が出てきます。でもそれがもう……。
望月 わからなくなっちゃっている。だけど経営とか視聴率ばっかりに流れちゃうと、維新の新自由主義的な感じとか、人権を軽視する態度に対して拒否感を持ったり疑問視したりせず、むしろ空気を受け入れるように染まっていってるのかもしれません。
橋下徹知事時代に、私学助成金を28億円も削減する話が出て、私立の女子高生、母子家庭の子たちが、「助成金を削るのはやめてほしい」と直談判したら「今の日本は自己責任。気に食わないなら、あなたが政治家になってこの国を変えるか、この国を出るしかない」と橋下知事が言ったんですよね。
――女子高生を泣かせた事件ですね。
望月 そう。非常に新自由主義色が強過ぎて、弱肉強食的なそういう空気を、なんで多くの人が簡単に肯定しちゃうのかな、と思うんですけれど……。
三上 2012年に橋下大阪市長が、日の丸を常時掲揚させ、教職員に君が代斉唱を強制する条例ができた時、「君が代の唇チェック」もすると決めた校長がいたんですよ。先生たちが起立しているかどうかだけじゃなく「ちゃんと唇が動いてなければダメだ」と。その時に、私の毎日放送時代の同僚の記者である斉加尚代さんがいろいろ質問したら、「この方どこの記者の方なんですか?」みたいに橋下市長から言われて。「遊軍で、毎日放送です」と言ったら、「MBSって社歌ありますか」と言うんです。「えっ、社歌?」と言ったら、「社歌もわからないのか」と。「そういうのはないです」と言ったら、「だから毎日放送はダメなんだよ」と。
望月 ひどい。社歌がないとダメって言うんですか(苦笑)。
三上 そういうデタラメな論法でも、相手を論破したと当時称賛されていました。その時に私が本当に情けないと思ったのは、他の記者たちが誰も味方しないで、無理筋の逆質問をしたあげく二十数分間に及んで「あなたの質問に答えたくない」と繰り返す市長の態度に大半の記者は反論もせず、パソコンのキーボードを叩く音だけがカチャカチャカチャと響いているという……。
望月 官房長官時代の菅さんの会見と一緒ですね。ホントなら記者みんながワーっとやればいいのに。
三上 そう。そのときの望月さんのケースと同じで、明らかに特定の記者に敵意をむき出しにした異様な光景です。
望月 言ってることが変なのに。
三上 「僕は市議会の質問に答える義務があるけれど、あなたたちの質問に答える義理はない」という姿勢の橋下市長に、たとえば他の記者が「それはおかしいでしょう。あんたが言ってことは、ここにいる人全員をバカにしてるんですよ!」「国民の知る権利が今侵されてる!」と言ったらカッコいいのに「あいつ、またやらかしてるぜ」と嘲笑していて。その方が記者たちもたぶん楽ですからね。
その日の各局の夕方のニュースは「毎日放送の記者がやらかしました」というトーンが目立った。私の知っている時代の大阪は反骨精神旺盛で、「日の丸や君が代を強制するなんておかしいでしょう」と権力にたてつく人がいたはずだけど……。そうやって「維新におもねっていれば、関西では視聴率が取れる」というふうになってしまっている。メディアの反骨精神がなくなった。
望月 かつてだったら、橋下さんみたいに、ああいう口八丁手八丁みたいな人が出てきても、反骨精神のある記者たちが野放しにしなかったと思いますか?
三上 うん、しなかったと思います。あの時代だったら、もっとガンガン追及していたと思う。
望月 みんなでね。
三上 そう。でも、あのときそこにいた数十人の記者はほぼ斉加さんより年下だったと思う。
望月 記者が本当におとなしくなって。そういう時代を知らないというのは一つあるかもしれないんですけど、それにしてもここまで飼いならされるかな、と……。
官邸会見を司会する権利を記者会に取り戻せそうだったのに
テレビ局がしり込みした
望月 今、コロナの感染者が激減してるじゃないですか。それでイベントも最大1万人の条件は解除されたし、夜の飲食店の営業時間制限もなくなっているのに、なぜか記者会見だけはまだ「1社1人だけ」という制限でやっているんです。それに抗議をしたのが、京都新聞の人で、彼が言ってようやく文書を作って、これを機に「本当は内閣記者会の会見は記者会が主催だから、今みたいに内閣広報室長が会見を仕切っているのはおかしい。記者会に司会をさせてくれ」って、要求項目も入れたんですけど、それを聞いたテレビの記者たちが、「いや、自分たちが司会すると、これまでやってなかったから、いろんな意味で負担がある」とか言って、しり込みして。司会の権限を記者会側に取り戻せれば、今と違って質問もバンバンできるじゃないですか。それなのに「今までやってないし負担が大き過ぎる」とか言うなんて、ありえない。
――内閣広報官が会見を仕切って、記者たちに事前に質問を出させている、というのも変ですよね。そのせいで結局、官僚が質問の答えを書いて、首相や官房長官はただ読むだけ。漢字を読み間違えたり、読み飛ばしたりもするけど(苦笑)。
それとこの本にも出てきましたが、「更(さら)問(と)い」つまり、更なる問い、追加質問は禁止というのも異常です。相手がちゃんと答えなければ、「今のは答えになってないから説明してください」というのは記者として当たり前のことなのに、広報官がそれを認めないということは、記者会見をしていないのと一緒で。それならメールで質問を送って、メールで返事よこせばいいですよね。
望月 本当にひどいですよね。
三上 私は海部総理大臣の時代に国会記者会の一員として取材しましたが、当時会見の司会は各社当番制で、その時はNHKがやってました。取り戻すべきですよ。せっかくの権利を記者の手に取り戻さなかったら……。
望月 ですよね。最近、官邸報道室が、緊急事態宣言が解除され、1社1人となっている官邸会見の状態を正常化してほしいと求めたのに対し、なんと官邸報道室は、正常化には戻さないと回答したそうです。当初は、1回目の緊急事態宣言の時だけだからと言っていた会見制限を、いまだに続けようとしているのです。権力者は一度手にした甘い蜜を絶対に手放さない、都合良くメディアを利用しようとしていることを、よく表しています。こういった官邸の姿勢には、思想信条を超えてメディアが一致団結して、官邸報道室と闘わなければならないと思います。
――政治部の内閣記者会の記者って若いんですか。
望月 いや、みんなベテランのキャップとかだと40代後半から50代もいるので、それこそベテラン中のベテラン。だけど結局「ケンカしたくない」「波風立てたくない」という空気ですよね、ずっと。本当なら皆、いっぱい質問できたほうがいいはずなんです。でも裏で文句は言っても、表で戦わないんですよね。
――戦うと望月さんみたいに目つけられて、会見でずっと手を上げていても質問させてもらえないとか。
望月 そういう嫌がらせがあるから。
安倍首相も初めの頃なんかは、ぶら下がりの入りと出で、官邸の番記者がわーっと声かける時、大体は朝日しか質問しなくて。テレビの記者は「あそこでヘタな質問すると、後で秘書官に文句言われるのは俺たちキャップなんだからな。朝日が嫌な質問するから、おまえは聞かなくていい」と言われていたり。だから初めに、ちょっと斜めな感じで朝日が聞く、みたいになってしまっていた。にらまれたくない、という。実際、秘書官とかが「何だ、あの質問は!」とか言ってくるんですけど、それは日々、ケンカしとけばいいじゃないですか。
三上 別に秘書官に何言われたって、痛くもかゆくもないじゃないですか。
望月 そうなんですよね。でも、日々そういうことやられると、日和(ひよ)っていっちゃう。オフレコの食事会がなくなるとか、そういうつまらないところなんだけど、世の中の人はそんなところ見てないし。
三上 私、オフレコの記者懇親会って意味がわからない。聞いたこと書いちゃいけないのに、何のために出るの?
望月 まあ、何かの連載でセリフを入れたりするんですよね。たとえば「権力って楽しいですか」と聞いたら「いやあ、快感だね」と一言とか。それはオフレコ懇親会でのやり取りなんだけど、それを連載記事の中にポロッと入れたりして、それが醍醐味なんでしょうね。「官僚答弁で用意されたものじゃない肉声を聞けるのは俺たちだ」みたいな。
だけどオフ懇(こん)で菅さんが生々しい特ダネをくれるかというと、そうでもない。菅さんの場合、割と一本釣りで、たとえば地方のJRの社長人事をポンと地方紙の官邸キャップの記者に言ったりとか、そうやって記者にエサをまくんだけど、みんなが囲んでいる場所では、そんなにやらないらしいし。
オフ懇で割と面白い話しているなと思ったのが、コロナ前、カジノ法案を通して、これから神奈川で本腰を入れていきたいという時に、「小池百合子も手を挙げそうだ」みたいな話が出て、「百合子が出てくると、ちょっとこっちも立場キツいよね」というようなことを言った、とか。そんな程度の情報のために、いちいち顔色をうかがっててもしょうがないと思うんですけど。
三上 逆に感覚が鈍るのでは・・・。
プロフィール
三上智恵(みかみ ちえ)
映画監督、ジャーナリスト。毎日放送、琉球朝日放送でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。初監督映画「標的の村」(2013)でキネマ旬報ベスト・テン文化映画部門1位他19の賞を受賞。フリーに転身後、映画「戦場ぬ止み」(2015)、「標的の島 風かたか」(2017)を発表。続く映画「沖縄スパイ戦史」(大矢英代との共同監督作品、2018)は、文化庁映画賞他8つの賞を受賞した。著書に『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』『風かたか「標的の島」撮影記』(ともに大月書店)等。『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)は城山三郎賞、早稲田ジャーナリズム大賞、JCJ賞受賞。
望月衣塑子(もちづき いそこ)
1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞社に入社。関東の各県警、東京地検特捜部を担当し、事件取材に携わる。経済部などを経て社会部遊軍記者。2017年6月から菅義偉官房長官(当時)の会見に出席し質問を重ねる様子が注目される。著書に『新聞記者』『武器輸出と日本企業』『同調圧力(共著)』『報道現場』(角川新書)、『自壊するメディア(共著)』(講談社+α新書)、『権力と新聞の大問題(共著)』『安倍政治 100のファクトチェック(共著)』(集英社新書)など多数。