対談

第2回 「野党は対案を出さないで批判ばかり」という刷り込み。野党共闘の失敗はメディアの習性への理解不足

『ジャーナリズムの役割は空気を壊すこと』刊行対談
三上智恵氏×望月衣塑子

メディアは無自覚に今の権力者を応援し、他の人たちを諦めさせる

三上 今回自民党が勝ってしまった大きな理由として、選挙が迫る中で、「菅首相じゃ戦えない」といって降ろし、その後の総裁選についてマスコミ各社が、「事実上の次の総理大臣を決める」という枕ことばを堂々と繰り返し使って報道していたことがあると思います。それって「政権交代はない」と言っているようなもんですよね。首班指名された人が短い間、総理になるかもしれないけど。総裁選についての報道量は、これまでで一番多かったんじゃないかと思う。報道のたびに「次の総理大臣」って言って「他の党が政権取ることなんかあり得ないと」いうことを毎日毎日国民に刷り込んでしまった。

望月 それを前提にしている。

三上 自民党を応援して視聴者に刷り込ませているつもりは、書いている記者には、たぶんないと思うんですよ。ただ、そういう枕ことばっていうのは、デスクが触らないですよね。

 たとえば「普天間基地の返還に伴う名護市辺野古の基地建設問題で」というような表現を、私はなん百回とキャスターとして読んだけど、実は普天間基地の問題を利用して1960年代の米軍の基地計画を実現しようとしているにすぎないことを調査報道で明らかにしてきた経緯があるので、「それは違うよ!」とず~っと主張し、これを外すのに、何年かかったか。でもデスクって、記事のリード部分はなかなかいじらない。琉球新報も沖縄タイムスも長い間「基地の返還に伴う」というかんむりを変えなかったです。

『普天間基地の返還に伴う』という文言を毎日読むのはかなりの洗脳ですもん。衆院選前の総裁選での「事実上次の総理大臣を決める」ってフレーズもこんなに各社くり返したの今回が初めてだと思いますよ。そうやってメディアは無自覚に時の権力者を応援して、他の人たちを諦めさせるんです。総裁選で「事実上次の総理大臣を決める」なら、衆院選頑張ろうという気持ちもなくなりますよね。「あり得ないんだ、政権交代は」って。

望月 今回の衆院選での野党各党の党首や候補の顔とか主張が流される時間より、自民党の総裁選の報道の方が長かった、という数字が出ましたね。ワイドショーは特に。

三上 だから、「この後の日本は、この総理大臣とこの大臣によってやるんですよ」という自民党の宣伝のために、ものすごくたくさんニュースの時間が使われて、ちょうどコロナが下火になっていくときでもあったからかもしれないけど、「やっぱり日本は自民党によって動いているんだ」と国の隅々まで浸透させるような時間を過ごしてからの選挙だった。

 菅さんが首相を辞めないで解散していたら、もっと自民党は負けていたと思うけど、岸田さんが選ばれるまでの「高市早苗じゃない方がいいよね」みたいなことをみんなが話している間に、「やっぱり自民党しかない」という空気ができてしまった。

 

「野党は批判するだけ」とメディアに刷り込まれた有権者

――望月さんは先日の衆院選の投票日に出口調査に行かれたんですね?

望月 ええ。私が昨日、有権者の取材に行かされたのは渋谷区の小学校でしたが、そこで12人くらいインタビューしたんですけど、今回の選挙は割と野党に風が吹いていると思っていたから、森友問題とか、いろんな話が出てくるのかなと思ったら、12人中、野党に入れたというのが3人ぐらいしかいなかった。

 私と同い年ぐらいのママさんたちは「悪夢の民主党には期待ができない」と。「あの頃とほとんどメンバー替わってない」とか。

――安倍氏がさんざん繰り返した「悪夢の民主党政権」というキャッチコピーが刷り込まれている。

望月 ええ。今回は夫婦別姓問題も言われていたのでジェンダーの話も出るかなと思ったら、「今はジェンダーとか言っている場合じゃない」と。「やっぱり経済とコロナ対策。コロナは減ったから、あとはとにかく経済をやってくれるとこだ」と。「野党の人たちは悪口しか言っていませんよね」とか。この小学校近辺の住民だけが特殊なのかなと思ったけど、全国の選挙結果がそうなってしまっている。

三上 結局、風は吹かなかったんですよ、どこにも。局地的に自民党の古参政治家を追い出しただけで。 

望月 甘利とか、石原とかだけ。

三上 その何ヵ所か以外、無風だったんですよ。

望月 無風だし、むしろ与党肯定。流れる人は立憲に行かず、なぜか維新。沖縄に関して言うと、オール沖縄が弱まった。でもそれは「米軍基地も肯定しようよ」という意思表示ってわけじゃないんですよね?

三上 無力感だと思う。オール沖縄を支持して辺野古は止めたいと思っていた人が、俄かに「基地賛成」なんて、たった数年で変わるわけじゃない。けど、「島を挙げて政府に対抗しても結局ダメじゃん」って。

望月 やったって何にも変わらなかった、と。

三上 それは全国の応援がなかったからなんですよ。島を挙げて、島ぐるみ闘争にして、オール沖縄にして、ここまでして「沖縄だけをいじめないで」と言い続けていたら、それに世論が「そうだよね、私たちも加害者になりたくないよ」という動きがもっと出てほしかった。多少でてきた時もあったけど。戦争法案にみんなが反対しているような時期に「沖縄の辺野古のことを忘れるな」と国会前のデモでやっているのを見て、ようやく「沖縄いじめの加害者になりたくない」という当事者意識が日本国民に生まれたのかなという幻想を、私も持ちました。でもやっぱり幻想だった……。

 国が県知事を訴えるわ、ルールは変えるわ、一般の人たちに許されている手法である不服審査を国が使ったり。でも「そこまでして沖縄をいじめていいの?」という世論も起きなかった。

 それは結局メディアが悪い。世論を喚起することができるメディアの中に、そういうふうに思って動く人が、望月さんら数名しかいない。その結果、日本中を味方につけることに失敗したオール沖縄の行く末が、こうなってしまった……。

 市民運動って、あそこまで盛り上げても、ずっと運動体の中で沸点(ふってん)を保ち続けるなんて、できるわけがなくて。「国はここまで無理なことをやってでも、沖縄の人たちを潰そうとしているんだ」というのをこの数年見せつけられて、経済人が離れて、保守系の人たちが元に戻っていく。「ああ、やっぱり無理なんだな。どうしたらいいのかな。選挙に行きたくもないな」と普通の人も思ってしまう。

 それに自民党候補の島尻安伊(あいこ)子さんの運動量もすごかったから。半年前から安伊子、安伊子の旗ばかり立っていて、(立憲民主党公認の)屋良朝博(やらともひろ)さんの旗は全然ない。お金のかけ方が違う。明らかに力を持っているのは自公であって、どんどん足場を失っていっているのはオール沖縄なんだということを、旗でものすごく印象づけた。北部のどこを走ったって安伊子の旗なんですから。

 

野党は「甘利vs山本太郎」の直接バトルにしたら
もっと注目を集められたかもしれない

――望月さんが出口調査で聞いた話で、「悪夢の民主党」とか「野党の人は悪口しか言ってない」と言う人がいっぱいいたとのことですが、そういう刷り込みをメディアが常に……。

望月 入れている。テレビでずーっと、言っていますからね。でも、野党もけっこう建設的なことも言っていたと思います。

――コロナに対策にしても、もっとPCR検査を増やすべきだとか、給付金も早く配った方がいい、とか。

望月 具体的に言ってますよね。

――具体案をちゃんと出しているのに「野党は対案を出さないで批判ばっかり」と毎回テレビが言う。

望月 池上彰さんの選挙後特番に出ていた増田ユリヤさんも「野党は具体的な案を出してなかった」って別の番組で言っていましたけど、それを見て「いや、出しているのでは」と思いましたね。そういう刷り込みをテレビでサラッと言っちゃう。そうやって「文句だけ言ってる野党」というイメージを刷り込んでしまっています。かつ、若い人はネガティブな批判を嫌がるから……。今回、若い人の投票先で38%ぐらいが自民で、24.5%ぐらいが立憲だという結果が出ていて、自民の方が強かったんですが、ネガティブなワードを嫌うという若者の特性も出たのかな、と思いました。

 ただ、テレビのことで言うと、あるテレビ局の元プロデューサーが言っていたんですが、「テレビというのは、面白いプロレスだなと思えば、視聴率が取れるから食いつくんだ」と。今回の総裁選に河野太郎さんが出てきて、ガチガチの右の高市早苗さんが出てきて、野田聖子さんも出てきた。こういうのは、ニュース的に面白いわけですよね。「これ、視聴率取れるわ」と飛びつくのはわかる。

 今回、野党共闘で失敗していると思ったのは、東京8区で立憲の吉田晴美さんが自民の石原伸晃さんに勝ったこと自体はよかったけど、立憲の太栄志(ふとりひでし)さんが甘利さんに勝った神奈川13区に、“野党共闘のシンボル”として、今回比例で3議席取ったれいわの山本太郎さんとかをドカーンと投入して、「甘利vs山本太郎」なんてやったら、ものすごくわかりやすかったと思います。太さんは比例1位に入っていただくなど説得して。

 “甘利幹事長vs野党共闘の旗手・山本太郎”みたいな感じでやってれいば、テレビも「これは視聴率取れるぞ、ガチンコバトルだ!」となって、必然的に選挙報道でかなりテレビ露出が増えたでしょうし、野党が共闘してまで目指すものは何なのか、多くの人に訴えることができたんじゃないかと。そういうことができればよかったけど、やれなかった。

 逆に最初、山本太郎さんが吉田晴美さんの東京8区で出ると言って、内々でモメて、私が聞いた話では、立憲の党執行部も太郎さんの出馬を容認していたはずなのに、枝野さんが「聞いてない」みたいなことを言い出してしまったりして、結局バラバラ感、統率のなさを露呈してしまった。ああいう見え方は、テレビ的には「終わってる」と思われるらしいんです。

 だから結局、テレビがそういう習性を持っているかぎり、選挙は“小泉劇場”じゃないけど、どこかドラマチックなストーリーを立てないと、とてもじゃないけど「野党共闘面白そうだね」とはならない、という……。「野党? 民主党政権とメンバー変わらないじゃん」みたいな拒否感も強いので。そういう意味での演出ができてなかった、とテレビの人は言っていましたね。

三上 だけど、テレビが「視聴率が取れるものに食いつく」のはしようがないにしても、「この総裁選というプロレスを見せると、自民党を推していることになっちゃうんだ」ということに気がついてほしい。たとえば、ほかの党でもプロレスの構図をつくってワイドショー的に見せるとか。対抗できる政治ショーを、他の党のことも面白おかしくで構わないからみせるとか、「どっちに転ぶか分からないけど」と取り上げる姿勢もなきゃダメですよね。 

望月 そうですね。

三上 「それこそが、あなたたちの好きな“中立”じゃないの?」と思います。

(了)

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プロフィール

三上智恵氏×望月衣塑子

 

三上智恵(みかみ ちえ)
映画監督、ジャーナリスト。毎日放送、琉球朝日放送でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。初監督映画「標的の村」(2013)でキネマ旬報ベスト・テン文化映画部門1位他19の賞を受賞。フリーに転身後、映画「戦場ぬ止み」(2015)、「標的の島 風かたか」(2017)を発表。続く映画「沖縄スパイ戦史」(大矢英代との共同監督作品、2018)は、文化庁映画賞他8つの賞を受賞した。著書に『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』『風かたか「標的の島」撮影記』(ともに大月書店)等。『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)は城山三郎賞、早稲田ジャーナリズム大賞、JCJ賞受賞。

望月衣塑子(もちづき いそこ)
1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞社に入社。関東の各県警、東京地検特捜部を担当し、事件取材に携わる。経済部などを経て社会部遊軍記者。2017年6月から菅義偉官房長官(当時)の会見に出席し質問を重ねる様子が注目される。著書に『新聞記者』『武器輸出と日本企業』『同調圧力(共著)』『報道現場』(角川新書)、『自壊するメディア(共著)』(講談社+α新書)、『権力と新聞の大問題(共著)』『安倍政治 100のファクトチェック(共著)』(集英社新書)など多数。

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