戦雲に覆われても、その向こうに必ず太陽は出ているということを信じられるか
映画「戦雲」というタイトルに込めた思い
そして、装丁の絵が伝えること
三上 山里節子さんという石垣島の「とぅばらーま」(八重山地方を代表する唄。その時々の気持ちや思いを歌詞にして即興で歌うもの)の上手な女性が、於茂登岳の連山の麓まで行ってね、「自衛隊の予定地はここですよ」と示してくれて、ロケをしたんですね。そうしたら、雨が降ってきそうになって、変な雲が降りてきて、雨が降るから、じゃあ、もうやめましょうかって言ったときに、節子さんがね、「こういう雲を見ていると、何かまた戦が始まるんじゃないかって思う」という話をされて。ポツポツ雨が来ていたところで、急にそこでとぅばらーまをカメラの前で歌い始めたんですよ。私自身、取材する中で、どこかで設定して節子さんに歌ってもらいたいという下心もあったんですけど、まさか急に歌い始めるとは!って慌てました。
それでそのときの歌詞が、センウンといって、八重山の言葉でイクサフム、沖縄本島の方だと、イクサグムになりますけど、「イクサフムがまた湧き出してくるよ、恐ろしくて、怖くて、夜寝ることもできない、またここが戦場になるんですか……」という内容だったんです。
戦雲というのは、調べたら世界中にある言葉らしくて、英語にもあるし、フランス語にもある。戦争の始まりを告げる不穏な雲という意味で、日本では戦国時代からある言葉らしいんです。なので、その戦雲がまた湧き出してくるのを見ることになるのか、という山里節子さんのそのとぅばらーまの言葉をタイトルにしました。
戦争の雲に今覆われているのはここだけではなく日本列島全体です。どす黒い雲に覆われていっているけれども、でも、雲だから、雲と雲の間から光が差してくるということがあるじゃないですか。光が差してきたら、その光をみんなで押し広げて、そこへ風を吹き込んだら、雲は、いつの間にか、どこか行くかもしれないというね。戦雲があっても、その向こうに必ず太陽は出ているということを信じられるかどうかというね、そこを思い描いて目指すことができるかとか。もう究極、そういう話なんです。
それから、カバーと表紙の絵を描いてくれたのは、山内若菜さんという神奈川県に住んでいる日本画家なんです。この若菜さんは、私がひと言言ったら十、理解して絵にしてくれるような天才画家なんですね。
カバーを見ていただくと、この少女は阿修羅のような顔をして、戦雲を蹴散らそうと思って走っている。でも、これは、映画に出てくる、与那国の狩野史江さんとか、山口京子さんとか、山里節子さんを少女にした姿なんですね。
そのカバーの裏側の絵の、このヤギと心を通わせているかわいらしい少女。これも、同じ人たちの、もっと前の少女時代という設定です。自分の中では、宮古島の弾薬庫ができてしまった保良という集落の下地茜さんという、とてもすてきな女性が今、宮古島市議会で議員さんになっていますけど、その下地茜さんの、私の中のイメージです。
もう、あの弾薬庫になっているところは、その前は採石場だったんですが、その前は、なだらかな丘で、馬とかヤギの草を刈るところだったと。下地さんのお父さん、下地博盛さんがそこでヤギの草も取っていたよ、と話してました。
だから、何もなければ、あそこはヤギの草と一緒に、この少女が遊んでいるような場所だったのに、もう住宅から200メートルのところに恐ろしい弾薬庫が造られてしまった。ずうっと反対してきたけど、もう、まざまざと力のなさを思い知らされるように造られてしまったんです。
映画では、ラストのほうに出てくるんですけど、本当に見るに堪えないシーンがあります。そこには、もうシェルター代わりに使われるような、ものすごく頑丈な射撃訓練場が造られていて、その中でドンドン訓練で撃っても、音はそんなに漏れませんよという実験が公開されてます。でも実際は「外ではドンパチの訓練をやりませんよ」って言っていたのに、思いっ切り外で射撃訓練が行われていて。
その茜さんのお母さんが、「家の中まで聞こえているよ」って、「私たちの生きる権利はどうなっているんだ」って叫ぶシーンなんですが、本当に自分のふるさとに、ヤギと遊んでいた原っぱが、あんな弾薬庫になってしまって……。そうしたら、誰だって、このカバーの表情のように阿修羅のような顔をして、暗雲に立ち向かっていくしかないですよね。
そうやって戦う彼女たちも、頑張れなくなった時期もあります。与那国の人たちは、実際に自衛隊の方々との生活が始まって、声を上げ続けることも、集まることもつらかった時期もあったんです。でも、また戦車が来る、PAC3が来るとなればどうしても頑張らなきゃいけないという状況に直面している。だからまた,与那国馬にまたがって戦雲を蹴散らすために走り出す、そんな切ない絵になってます。
さらに、これは買った人にはぜひ見てほしいんですが、表紙のカバーをとると、ここには山内若菜さんの《楽園の予感》という絵が載っています。この作品は壁画のような大きな絵で、これは、福島の原発事故後に死んでしまった親子の馬の白骨も描いてあるんですね。
山内若菜さんは福島、広島、長崎をテーマにずっと描いてきた画家なんです。福島で人類が体験したことから何も学ばないから、今、宮古、石垣、与那国の馬や牛やヤギたちが悲鳴を上げているという、もうDNAレベルで傷つけられているんじゃないかって若菜さんは言っていたんですけど、それを表した絵なんです。
ただし、彼女はどんどん描き加えていく創作スタイルなので、今、違う絵になっています。この絵の上に重ねて描いているから、この作品はもうここの写真にしかない貴重なものなんですよ。もう天才だからね、何するか分からない。
プロフィール
(みかみ ちえ)
ジャーナリスト、映画監督。毎日放送、琉球朝日放送でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。初監督映画「標的の村」(2013)でキネマ旬報文化映画部門1位他19の賞を受賞。フリーに転身後、映画「戦場ぬ止み」(2015)、「標的の島 風かたか」(2017)を発表。続く映画「沖縄スパイ戦史」(大矢英代との共同監督作品、2018)は、文化庁映画賞他8つの賞を受賞。最新作「戦雲」(2024)が全国公開中。著書に『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書、第7回城山三郎賞他3賞受賞)、『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』『風かたか「標的の島」撮影記』(ともに大月書店)などがある。
(しま ようこ)
琉球新報社取締役 統合編集局長。1967年沖縄県美里村(現沖縄市)生まれ。
1991年琉球新報社入社。政経部、社会部、中部支社、経済部、政治部、東京支社報道部長などを経て、2022年、編集局長。米軍基地が沖縄経済の発展を阻害している側面を明らかにした連載「ひずみの構造-基地と沖縄経済」で、2011年「平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞」を受賞。著書に『女性記者が見る基地・沖縄』(高文研)、三上との共著に『女子力で読み解く基地神話』(大月書店)等がある。
(ふくもと だいすけ)
沖縄タイムス編集局 政経部長兼論説委員。1977年生まれ。信州大学卒業。宮古毎日新聞で記者を務めた後、2003年沖縄タイムス入社。沖縄県警キャップ、八重山支局長、米軍基地・自衛隊問題担当などを経て、2023年から現職。