自衛官や島民が真っ先に犠牲になる想定を報じないメディア、それを無知ゆえに認めてしまっている日本国民
集英社新書『戦雲 要塞化する沖縄、島々の記録』を上梓したジャーナリストで映画監督の三上智恵。10年前、三上は沖縄と南西諸島の要塞化の動きを予測していた。そして、この数年、島々の軍備増強は現実のものとなった。
ミサイル基地の配備、シェルター設置、弾薬庫大増設、離島を含む空港と港湾の軍事化が着々と進められ、沖縄本島はもとより、与那国島、宮古島、石垣島、奄美大島などにその戦力が配備されたのだ。「最悪の場合は、報復攻撃の戦場になるのもやむなし」と、2022年の安保三文書が沖縄が戦場化することを容認しているも同然の内容であることもわかった。
2015年以降、島々を直接取材し続けてきた三上の膨大な記録。それをまとめたのが、本書である。島洋子氏(琉球新報社取締役統合編集局長)、福元大輔氏(沖縄タイムス政経部長)を迎え、2024年3月10日にジュンク堂那覇店で行われた著者のトークイベントの模様の後編をお届けする。
構成・文=伊藤麻由子 撮影=編集部
映画「戦雲」に
悪役がいないことへの賛否両論
三上 映画「戦雲」は、2016年からのおよそ1,500時間の取材VTRを2時間にしたものです。1500時間を2時間にする編集の作業は、もうどれだけ胃に穴が開くかというくらい過酷な経験でした。
島 そもそも1500時間を全部見るだけでも大変ですよね?
三上 はい。1日に10時間見ても150日ですからね。ですから本当に手分けして、大事なエッセンスをつかまえて。それで私、全部プロット(物語の筋)にするんですよ。全ての登場人物を使うつもりで、物語にしていって、粗編していくんです。
福元 三上さんの映画を見ていて常に思うことがあります。三上さんはやっぱり、もともとテレビの人でしたから、テレビのニュースというのは、短くて30秒だったり、1分半だったり、3分だったり、そこにすごいエッセンスを詰め込むわけですよね。それが5分の特集になって、30分の番組になって、1時間になってという、そういう手法で映画を作ってきているんですね。だから、もう常に集中していないと見られないというような凝縮された感じがありますね。
三上 今回は1500時間を10時間ぐらいにした段階のものから、最初に人に見せ始めました。与那国編が3時間、宮古島編が1時間半、石垣島編が2時間で、沖縄島で3時間あったんです。やっぱり私は沖縄島にいるから、沖縄島編は多くなっちゃうんですよ。だけど、本編では辺野古の抗議活動の映像はゼロなんです。辺野古ゼロ秒。それで、博治さん(沖縄平和運動センター元議長 山城博治氏)は、5秒ぐらい(笑)。
島 それは、あえて?
三上 あえてといいますかね、今回の映画は、ほんとうに悩んで悩んで作ったんですけど、自分が本当に好きなシーンで埋め尽くしたいっていう気持ちがありました。宮古と石垣と与那国の島の生活だったり、人々だったり、牛だったり、馬だったりというものを含めて、大きいスクリーンで今私が見たいものということを優先していったら、集会とか、プラカードとか、運動のシーンが落ちていったんです。今までの私の映画にはそうした場面がすごく多い印象があると思うんですけれど、今回は南西諸島の人たちの視点に立って、何が奪われているのかということをスクリーンで見てもらうほうがいいと思っていたんです。それで、これからの闘いどころの情報や、ここでこうやって頑張っている人がいるから、みんな関心をもってね、というような映画ではないものにしたかったんですよ。だから、集会とかデモとかも一個も入っていないです。だから、今回の映画の公開に関連して、いろんなメディアがたくさん取材に来てくれるんですけど、正直、拍子抜けしたっていう感想もあります。
島 そう。
三上 「今までの三上さんの映画は見て、よっしゃ、頑張るぞ」っていう気分になったけど、今回は、2回目見て、1本くぎが心に刺さったかな……というような感想もいただいて。今までの作品は1回見るだけで2本ぐらい、くぎが打たれてよっしゃ!頑張らなくては、という風になったけど、今回のは静かだな、と言われました。でも逆に、ふだん反対運動的なものを見せられるときついという人たちに感想を聞くと、「今までで一番いい」と言われて、何か印象が分かれるものになっているみたいですね。
「何で悪者を出さないの」ということを言う人は、一定数います。見る人たちはモヤモヤするんですよね。悲鳴を上げている人がいる。どんどんどんどん島の生活が縛られていく。何でこういう状況になっているんだろうって。軍事施設を作りたい人がいるんでしょう。政府が悪いんでしょう。アメリカ軍が悪いんでしょう。でも、そういう人たちを何で三上さんはインタビューしないの、というような。悪者は誰だ、犯人は誰だ、そこに向かって拳を振り上げたいのに、三上さんの映画ってそれが出てこないってモヤモヤされるんです。
でも、例えば、前の映画だったら、宮古島の取材当時の市長さんとか、利権に走っているリーダーなど出したら、「こんなのがいるから宮古島は苦労するんじゃないか」って、全国の人がそこで悪者を見つけたつもりになってガス抜きをしてしまうんですよ。
だけど、誰がこの全体の構図をつくっているんですか? 「北朝鮮が怖い」、「中国が怖い」、「アメリカ軍はいたほうがいい」、「自衛隊も強いほうがいい」、「反対ばっかりしている沖縄の人をたたいてやろう」と言っているような人が大多数になってしまったこの日本で、この地域の中で小さな役割を果たしてしまっている、政府の思うとおりに役割を果たしてしまっている人間をこういう映画や本に出したら、「ああ、こういう人がいるから仕方ない」って責任転嫁してしまう人が出てしまうわけです。でも、そうした人たちが、悪者が出てこないことでモヤモヤするのは、自分たちがもしかしたら加害者側なのかなとかひそかに気づくからなんですよ。
それで、どうやって困難を解決したらいいのか、どうやって状況を読み解けばいいのかなと思ったときに、みんな胆力がないから、「何で敵を出さないんですか」とか言ってしまう。そうなると「絶対出さないよ、私は」って意地になってきます。わかりやすい悪者を出したら、あなたたちが溜飲下げて終わりでしょうって。全体の構図にたどり着かないうちに溜飲だけ下げておしまいになってしまう。「こういう悪いやつがいるんだよね」という表層だけで。
現実は悪者を退治するようなゲームではない。推理小説みたいに、悪くない人たちを悪そうにして、本当に悪い人がここにいるよと用意された物語を、みんな見過ぎなんだと思います。だから、世の中を解決するために、自分がモヤモヤと苦悶して、ああじゃないか、こうじゃないかって思って、それが状況と符合する何かと結びついてスバークしたときにすごい力が出ると思うんだけれど、それを身近な敵を見つけて、身近な敵を攻撃することで自分のモヤモヤを晴らそうとしてしまう。インターネットで身内の攻撃をしたり、本当に身近なところに弾を撃って、全体像を見さだめるまでの自分のモヤモヤに耐えられないという弱さが、世の中をとても悪くしていると私は思っています。
島 今、三上さんは、地域の中の悪者的な存在をつくることが、結果的には分断に加担することになる。そうはしたくなかったという話ですよね。
まさにそうで、地域の中でみんな地域のことを一生懸命考えて、どう豊かにしようかとか、どうやって地域をよくしていこうかという考え方をしている人たちは一見悪者のように見えてしまう。いわゆる「植民地エリート」って、もっと大きな力によってそういう善意を利用される人たちなので、今、「悪者をつくらなかった」という点にたいへん感動しました。本当にそれが分断を生むんですよね。
もう一つ付け加えると、今、いわゆる「台湾有事」とか「仮想敵国」とかという言葉を使って、「日本はもっと軍備を固めないと」、「防衛費も2パーセントにしないと日本は守れない」、「日本がいつウクライナみたいになるか分からない」、「沖縄はウクライナみたいになりたくないでしょう」というような言説が幅をきかせていて、沖縄や南西諸島の人たちはどんどん追い詰められている。たとえば今、ロシアとウクライナで戦争が続いているわけですが、「北海道は最北端だから軍備増強しなきゃね」とは絶対言われない。「北朝鮮がミサイル撃つかもしれないから、新潟を要塞化しないと」とは言わないですよね。沖縄だけに負担が強いられているんです。
有事と言ってそれに関連する全てのことを沖縄に押し付けるというのは、まさに「植民地的状況」ならでは、だと思うんです。さらに言うと、ヒトラーの後継者と言われたゲーリングは「国民は誰も戦争したいなんて言わない。それを変えるには、誰かに攻められるよという危機感をあおることが重要だ」とまさに主張しているんです。日本人は今、その構図にはまっていますよね。
去年(2023年)の正月から、琉球新報も沖縄タイムスも同じように、このいわゆる台湾有事とは何ぞや、という企画をしたんですけども、私が見る限り、そういう真正面からこの問題を取り上げる新聞社の企画は全国見渡してもあまりなくて、やっぱり全体として大きな力にあおられていると思うんですよね。
この状況にどう沖縄が抗っていくか。そのために最終的に依拠するものは沖縄戦の記憶であり、その経験をふまえて反対運動をされている方々であると思うんです。反対運動の人じゃなくても、戦争を経験している年配の方々が「今、全く沖縄戦の前みたいじゃない」っておっしゃるわけですよ。そういう体験的知識をもっと我々が広めていくことが重要だと思うので、三上さんがおっしゃるように、手っ取り早く「悪者」を見せて地域分断するような小さな話じゃないですよね。
三上 そうなんです。でもそういう手法にたやすく乗ってしまう人が少なくないから、地域分断をされちゃうし、自分たちが加害者だと思いたくない全国の人たちが乗っかってくるんですよね。映画の中でこの地域の「悪者」を見せることは。もちろん、地域の新聞や地域のローカルニュースにおいてはそれをやらないといけないんですよ。沖縄の人はみんないい人だなんていうことでは報道は成立しないけれども、だけど、全国の人に映画として見せるときには、そういう小さな悪を出してしまうと本当に構図が見えなくなるんです。
プロフィール
(みかみ ちえ)
ジャーナリスト、映画監督。毎日放送、琉球朝日放送でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。初監督映画「標的の村」(2013)でキネマ旬報文化映画部門1位他19の賞を受賞。フリーに転身後、映画「戦場ぬ止み」(2015)、「標的の島 風かたか」(2017)を発表。続く映画「沖縄スパイ戦史」(大矢英代との共同監督作品、2018)は、文化庁映画賞他8つの賞を受賞。最新作「戦雲」(2024)が全国公開中。著書に『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書、第7回城山三郎賞他3賞受賞)、『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』『風かたか「標的の島」撮影記』(ともに大月書店)などがある。
(しま ようこ)
琉球新報社取締役 統合編集局長。1967年沖縄県美里村(現沖縄市)生まれ。
1991年琉球新報社入社。政経部、社会部、中部支社、経済部、政治部、東京支社報道部長などを経て、2022年、編集局長。米軍基地が沖縄経済の発展を阻害している側面を明らかにした連載「ひずみの構造-基地と沖縄経済」で、2011年「平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞」を受賞。著書に『女性記者が見る基地・沖縄』(高文研)、三上との共著に『女子力で読み解く基地神話』(大月書店)等がある。
(ふくもと だいすけ)
沖縄タイムス編集局 政経部長兼論説委員。1977年生まれ。信州大学卒業。宮古毎日新聞で記者を務めた後、2003年沖縄タイムス入社。沖縄県警キャップ、八重山支局長、米軍基地・自衛隊問題担当などを経て、2023年から現職。