発売以来各書店やSNS大きな反響を呼び、15万部の大ベストセラーとなった『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。著者の三宅香帆氏が同書で提起したのは、日本社会における「全身全霊」信仰だった。
本記事では全身全霊でビジネス書を作ってきたが現在は「燃え尽きている」編集者の箕輪厚介氏と三宅氏が対談。2人の対話を通して、仕事や競争以外のモチベーションの見つけ方を考える。
「表現」は救いにならない?
三宅 『かすり傷も痛かった』で印象的だったのが、「人は競争から本当に逃れられるんだろうか?」という問いでした。
箕輪 本気で相談していいですか。
三宅 はい。
箕輪 僕にとってみれば、競争のために頑張ることより、むしろ脱競争の方が、辛い道なんですよ。
三宅 うわあ、その感じ、わかるかも。
箕輪 『かすり傷も痛かった』を書いたことによって、ちょっと鬱っぽくなって。
三宅 どうしたんです?
箕輪 競争しても意味がないとか、全部無意味に思えて。社長たちと飲んでても、上場って意味があるの?とか、そもそも暇に耐えられないからビジネスやってるだけじゃん、と思うようになってしまった。
それで、毎日布団をきれいに畳んで、神社に行って、という生活をして、これからは丁寧な暮らしだ、なんて言ってたんです。でも、その生活がめちゃくちゃつらかった。
三宅 『かすり傷も痛かった』の中で國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』(新潮文庫)が出てくるじゃないですか。國分さんが書いているのは、「人はパンを求めて生きざるを得ない生き物だけど、同時に、バラを飾ることができる生き物でもある」ということですよね。これって、私は自己表現の問題だと思って。つまり、競争に対抗できるのは表現なんじゃないか、と思うんです。
箕輪さんが今おっしゃっていた「競争」のむなしさは、パンだけを求めるむなしさだと思うんですよ。でも、「生活」をやるだけ、つまり今のバラの飾り具合だとあんまり満足できていない、ということですよね……。お話を聞いていると、もっと飾ることに夢中になれるようなバラ、つまり自己表現が足りていないのでは? と感じたのですが、そういった「表現」の瞬間は今の箕輪さんの中にあるんですか?
箕輪 表現と呼べるかはわかんないですけど、「サウナランド」っていうサウナの雑誌を作って。競争って、ある人よりも勝つってことだと思うけど、サウナの幸せはそうではない。隣の人よりととのっているかどうかなんてどうでもいいですし。
三宅 確かに(笑)
箕輪 だから最近は仕事に役立つとか、競争以外の幸せに関心が向いている気がするし、今後出す本は基本的にはそういう方向にならざるを得ないと思う。
ただ、こういう雑誌を作って表現することで、これが楽しい、これがやりたかった、と思えるかというと、そうでもなくて。
「競争」の魔力
箕輪 僕って本来、出版社で活字を扱うような人間じゃないんですよ。IT企業に入って起業したほうがよかった。なのに、中途半端にサブカル好きで、本もまあまあ普通に好きで出版社に入ったから、そのノリで活字を扱ってるだけなんです。
だから、編集をしてもそれが最終的に表現として癒されないのは、僕は編集を表現としてやってないんです。マーケティングなんですよ。今の世の中的に、このタイトルとキャッチコピーで、こういう言葉を出せば、一番みんなが熱くなるんじゃないか、みたいに考えている。僕にとってビジネス書は商品で、商品を作ってる感じなんです。だから、本の編集は、アドレナリンは出るんだけど、それはサッカーをやっているのと同じなんですよ。
三宅 箕輪さんの本を読んでると、抑圧的な環境でアドレナリンを出すことへの快楽みたいなものを感じます。つらいなかで抑圧されて結果を出すことへの、マゾヒスティックな競争中毒。
箕輪 うん。そこは、受験勉強、部活、ビジネスで染みついてしまった欲望だと思う(笑) 見城さんみたいになりたいとか、そういう野心は全くないんですけど、それでもぬぐえない何かがある気がする。でも、サウナで暑いところに入って、冷たいところに入るとか、キックボクシングで殴り合うとか、押さえつけられて、そこから逃れられたときの達成感みたいなのものの中毒なんだと思います。
三宅 この間、Netflixの『LIGHTHOUSE』っていう若林さんと星野源さんの対談番組で二人が箕輪さんとおなじようなことをおっしゃってて、2人とも業界ではトップクラスになったけど、やっぱり退屈を感じると。それで、どうするかというと、2人ともやっぱり次のステージを見つける方向性にいくんだと。今の競争ステージに退屈したから、新しい競争ステージを見つけにいく、ってことですよね。でも、視聴者としては、本当にそれでいいのか?、という、もやっと感が残るんです。
箕輪 確かに。次のステージにいったら、また次のステージを見つけて、となるだろうし。
三宅 そうなんです(笑) まさに競争中毒。
箕輪 表現ってものすごく内在的な衝動じゃないですか。競争みたいな外との関係というより、自己の内側の探求なので、やっぱり僕にとっては違うと思う。
批評の快楽はビジネスやサウナと同じ?
三宅 なるほど。箕輪さんに必要なことがわかりました!批評じゃないですか。批評。サウナとかビジネスの快楽は、ある意味、マゾヒスティックな快楽じゃないですか。自分に傷をつけて、そこから出てくるものを楽しむ感じ。
箕輪 おっしゃるとおり。ちょっとつらいぐらい忙しかったり、大変だったりしないと、報われないんじゃないかって、日本の教育で教わってきたから(笑)
三宅 そうそう。私にとって批評って、傷つけられるぐらいいいコンテンツに出会ったときに、「この傷つきとは何なんだ」ということを言語化する作業なんです。物語に傷つけられる感覚が、私の場合はるんです。それを言語化することが、自分の表現につながる。一部の人にとっての「推し」って、そういうものだと思う。傷つけられるくらい、他者に動かされる感情。そういう物語やコンテンツはないですか?
箕輪 そういう世界に一番遠い人間で、「推し」って何に対しても思ったことがないんですよね。
三宅 好きな小説とか。
箕輪 あるけど、村上龍とかになっちゃう。しかも戦ってるやつですよ。
三宅 あ〜〜!村上龍、わかります。わかりやすすぎる!!すごく箕輪さん的ですね。
箕輪 そうなんですよ。音楽も、尾崎豊しか聞いてなかったし(笑)
三宅 イメージ通りです。
箕輪 尾崎豊を聞き、村上龍を読み、サッカーをしながら、見城徹のいる幻冬舎に入った(笑)
三宅 いや、でも、箕輪さんのその問題が解決したら、日本のさまざまな問題を解決できるのではないでしょうか。
箕輪 頑張りたいっすね。
三宅 はい、頑張ってほしいです。私は解決策を考えたいです。
「競争」を超えるものはどこにある?
三宅 ちなみに子育てとか、教育みたいな方向性は、解決策にはならないんですか?
箕輪 可能性は高い気もします。
三宅 脚本家の渡辺あやさんが、40〜50代になると、自分の才能を発掘していくことに飽きが出てきて、そのとき次世代を育てることに可能性を見いだした、とおっしゃっていらして。渡辺さんぐらい才能ある方でも、そう思うのは面白いな、と思ったんです。
箕輪さんもお子さんがいらっしゃるじゃないですか。あるいは、下の世代の幻冬舎の編集者さんもいらっしゃると思うんですけど、そういう次世代を育てることは解決策になり得るんですかね?
箕輪 下の編集者たちといろんなプロジェクトを動かすとか、そういう可能性はあるかもしれない。それに、子どもは一番、競争とは関係ないですよね。遊んだりしてるその瞬間は楽しい。でも、飽きるんですよ。半日でくたくた(笑) そんなに得意じゃないんだと思う。
三宅 ラーメン屋も含めてたくさんビジネスをされていたりもしますよね、それなんかはどうなんですか?
箕輪 あれもやはり、ほぼ人に任せていて、僕はオーナー的にかかわってるだけだから、自分がヒリヒリしているわけではないので、難しい。
でも、もしかして、もうヒリヒリしなくてよくなるところなのかも(笑) このまま何か物足りないと思って生きるのか、それともまたヒリヒリするものを見つけるのか、どこに行くか、全くわからない。その狭間にいるのかもしれない。
リリー・フランキーになりたい
箕輪 この間、秋元康さんのラジオに呼ばれたとき、同じ悩みを相談したんです。僕はもう熱狂とかじゃなくて、リリー・フランキーさんみたいになりたいんですって。そしたら、「なれないでしょ」って(笑)
三宅 (笑)
箕輪 そのとき、「箕輪は、ある日突然何かを始めるタイプだから、それをし続けていれば、今は点ばかりで、ジャンクな屋台みたいな感じだけど、それをやり続けてると、100年続けば正統派になるんだよ」って言われて。
三宅 いい話ですね。秋元さんとリリー・フランキーさんの話で好きなのが、秋元さんが歌詞をつくる源泉を聞かれた時、「僕は17の夏がずっと続いてるんですよ」っておっしゃってたんです。それに対してリリー・フランキーさんが「長い夏休みですね」と言ったっていう(笑)
箕輪 いいですね。リリーさんになりたいんだよなあ。一番、半身じゃないですか。
三宅 確かに。いや、でも箕輪さんには箕輪さんのままで、新しい「半身」、つまり現状への解決策を見つけてほしい! と心底思います。かつて全身全霊だったサラリーマンたちが、今、箕輪さんと同じように「自分の生き方、これでいいのかな?」と考えるフェーズに来ているような気がするんです。私も競争中毒の人たちの「半身」のあり方を、何か思いついたらご連絡します!
(取材・構成:谷頭和希 撮影:内藤サトル)
プロフィール
三宅香帆(みやけ かほ)
文芸評論家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。著作に『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』、『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術―』、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』、『人生を狂わす名著50』など多数。
箕輪厚介(みのわ こうすけ)
編集者。早稲田大学卒業後、双葉社に入社。『ネオヒルズ・ジャパン』を創刊し完売。『たった一人の熱狂』(見城徹)/『逆転の仕事論』(堀江貴文)などの編集を手がける。幻冬舎に入社後は、新たな書籍レーベル「NewsPicks Book」を立ち上げ、編集長に就任。『多動力』(堀江貴文)、『日本再興戦略』(落合陽一)のほか、2019年に一番売れたビジネス書『メモの魔力』(前田裕二)など次々とベストセラーを出す。自著『死ぬこと以外かすり傷』は14万部を突破。雑誌『サウナランド』は2021年のSaunner of the Yearを受賞。著書に『怪獣人間の手懐け方』(クロスメディア・パブリッシング)、『かすり傷も痛かった』(幻冬舎)。