対談

起業、インフルエンサー、熱狂……2010年代の「全身全霊ブーム」はなにを生んだのか?

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』刊行記念対談
三宅香帆×箕輪厚介

発売以来各書店やSNS大きな反響を呼び、15万部の大ベストセラーとなった『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。著者の三宅香帆氏が読書史と労働史を振り返るなかで考えたのは、日本社会においては「全身全霊」で頑張ることが称揚されすぎているということ、そして「半身」で働ける社会を作るということだった。
本記事では、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んだことで自らの働き方を見直したと語る編集者の箕輪厚介氏と三宅氏が対談。
2010年代にNewsPicks Book編集長として堀江貴文氏『多動力』、落合陽一氏『日本再興戦略』、前田裕二氏『人生の勝算』(いずれも幻冬舎)などの自己啓発書を世に出す傍ら、自らが執筆した『死ぬこと以外かすり傷』(マガジンハウス)を大ヒットさせた箕輪氏と、そのブームを学生・会社員として体感した三宅氏が考える、働き方のこれまでと理想のあり方とは。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)

時代は「全身」から「半身」へ?

三宅 今回、箕輪さんと対談するために、『死ぬこと以外かすり傷』と『かすり傷も痛かった』(幻冬舎)を読み返したんです。そのとき、この2冊はわかりやすく『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で提示した「全身全霊」と「半身」の対比になっていると思いました。自分のすべてをかけて働く「全身全霊」を推奨する『死ぬこと以外かすり傷』と、そうではない「半身」での人生のあり方を書いている『かすり傷も痛かった』。

箕輪 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んだとき、まず「まさに、僕じゃん!」と思った(笑) 僕はNewsPicksで「君たちは何者なんだ」ということをスローガンの一つにしていました。仕事は自己実現の方法で、仕事によって自分が何者なのかがわかると思っていたし、そう思わせていた。だから、ある種、僕の活動が、ある人にとってはアイデンティティーの代替になっていたと思うんです。

三宅 まさに『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で分析した2010年代ですね。

箕輪 そう。でも、今となってはそういう考え方にみんなリアリティーを持てなくなってきて、その代替が「半身」の生き方なのかなという気はします。僕が行ってきた「働くことによる自己実現」的な考えの反動が来ている現代を捉えた本で、「時代の写し鏡」になっていると思いました。

三宅 私は2012年に大学に入って、2019年に就職したので、本当に箕輪直撃世代という感じで(笑) 『死ぬこと以外かすり傷』も、当時読んでいました。あの頃は、リスクをとって危ないことをしてでも、何か結果を得たほうが人生は幸せになれるという感覚があった。けれど、コロナ禍を経て、リスクの捉え方もすごく変わって、反動が来ている気がします。そういう流れも含めて、『死ぬこと以外かすり傷』と『かすり傷も痛かった』を今読むと、自分の20代の時代の写し鏡を見ているような、不思議な読書体験でした。

箕輪 三宅さんは僕と一回り世代が違う。でも、時代の見方は似ていると思いました。僕は、「とにかく行動」みたいなことを、自分が編集する本や自分の著作で書いてきた。それがだんだん一つの時代の流れになったと思うのですが、いつのまにか自分自身がただただ疲れて灰になった。それがきっかけで半身的な生き方をするようになったので、三宅さんの見方はとても共感できます。 

箕輪厚介氏

どのような「半身」を選び取るか

箕輪 ただ、読んでいていろいろ思ったこともある。
例えば、半身の生き方にもいくつかあると思うんです。1日の中で全身をやる時間とそうでない時間を分けるパターンと、人生の数年間を全身で働いて、そのあと緩やかに半身になるみたいなパターン。
良いか悪いかは置いておいて、今の世の中の状況だと、1日のうちでバランスを取るのもなかなか難しい気がして。やっぱり一番エネルギーがあって夢中になれるときに、数年間頑張ったときのアドバンテージはすごく大きくて、それだけで、そのあといい感じで仕事が進むことがある。
僕の周りで多いのが、1日のバランスを取ろうとするがあまり、ずっと、ちょっと忙しいとか、ずっとちょっとお金がない人。そのバランスが難しいと思う。だから、僕みたいに3年とか全身で頑張って、あとは半身で生きる、みたいな方法もアリかもしれないと思っているんです。

三宅 もちろん業種にもよりますが、結果を業績にしやすい職種だったら、箕輪さんのような生き方もありだと思います。
全身全霊の仕事を全面禁止すべきだとは私もまったく思っていなくて、若い頃にそういう時期があってもいいと思うし、それが必要な人もいっぱいいると思う。でも、全身全霊的な働き方、つまりずっと休まずに週5で残業や飲み会を絶対に外せないような働き方がスタンダードで、それ以外の働き方をしたい人が正社員になれないような社会では、みんな心身の健康を崩しやすくなってしまう。そんなのはおかしいんじゃないのか、という問題提起なんです。働くことによって、心身のバランスを崩す人って、割といるじゃないですか。

箕輪 NewsPicks Bookというプロジェクトを始めて毎月1冊出してたときは、異常なハイな状態で文字と向き合い続けて頭がおかしくなりそうだった。一緒に働いていたNewsPicksの佐々木紀彦さん(現・PIVOT株式会社 CEO)が言うには目がバキバキで、常にテンションも高かったらしい(笑) 僕はそこまで大変なことにはならなかったけれども、似たような仕事の仕方をしていた人がメンタルのバランスを崩しているのを見て、自分も紙一重だったなと思う。

三宅 過労で躁状態だったんでしょうね。でも、そういうタフな働き方が必要とされる社会って、正直、持続可能性がないと思うんですよ。

箕輪 運もあって、こうして異常なサバイバル戦争で生き残ったからいいけど、それを全員にやれっていうのは、たしかに乱暴ですよね。実際に、僕も灰になったわけで。

三宅香帆 氏

人は健康が9割

三宅   やっぱり健康は大事ですよ。健康を害さないぐらいの働き方が大事だと思う。

箕輪 僕、これまで健康の本を死ぬほどバカにしてたんですよ。健康本でベストセラー出してうれしいの?って(笑) でも、いま、健康の本を作ってますからね。

三宅 私の周りでは『なぜ夫は病院に行かないのか』という新書を誰かに書いて欲しい、って話が蔓延してるんですよ。私、書こうかなと思っていて(笑)

箕輪 いいタイトルだな。

三宅 全妻の切実な問題なんです。

箕輪 実際僕も本当、6〜7年間行ってなかった。

三宅 行ってください。

箕輪 ホリエモンにも怒られたんですよ。あの人、健康志向なんで。「俺、サプリ飲んでるんで」って言ったら、「サプリなんて、効かないからサプリなんだよ、薬飲め」と(笑) それで病院に行ったら、数値がめちゃめちゃ悪くて。γGTPが、死ぬ前の数値だった。

三宅 ChatGPTよりも先に、γGTPに仕事を奪われる箕輪さん……!

箕輪 僕は今、本当に健康のことしか考えてない。昔のサラリーマンって、疲れてることを「俺は頑張ってる」ことの証明みたいに思ってたじゃないですか。僕もそういうのに憧れてて、夜の12時ぐらいまで酒を飲んで、そこから会社戻って、寝ないように立ってゲラ作業をしてた。冷静に考えたら、飲み会行かなきゃいい(笑)

三宅 作家やクリエイターの間でも、いまだに不健康でも頑張っていることがかっこいい、みたいな価値観がありますよね。


箕輪 自分を削ることによって、何かを生み出すみたいなね。だから、健康に注意するとか、そういうことすらもノイズだと思っていた。一時期、すべてのことに対して、合理性を求めていたんです。結果、いいビジネス書は作れたし、ビジネスパーソンとしてはとても成長した。でも、人間としては、本当によくなかった。

箕輪厚介 氏

「半身」は良いことなのか?

箕輪 でもね、こういうことを言っていると、作家の麻布競馬場に「いろんな人を扇動しておいて、勝手にハシゴをはずした」と言われるんです(笑) 彼の最新刊『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋)のインタビューでは、箕輪厚介に先導されてハシゴをはずされた世代の葬式だと思って書いた、とか言っていて。

三宅 ちなみに、その「ハシゴはずし問題」については、箕輪さん自身どう思われてるんですか?

箕輪  たしかにビジネスというレースだけを生きなくてもいい、といわれる世の中にはなりつつあるけれど、やっぱりそのレースには参加せざるを得ないじゃないですか。そうなったときに、たしかに言い方は極端だけれど、ぼくはきわめて普通の仕事論を言っている。人の何倍も働くとか、とにかく動けとか、リスクを取れとか、ある意味、そのレースに参加するときには当然のことで、その部分は変わってない、と八割ぐらいは思っている。
だからハシゴをはずしたというより、社会のシステムに乗っかっただけで。僕はすでにそれをやりきったし、個人としてはビジネスというレースでこれ以上幸せにはならないと思ったから、生き方を変えた。僕が変わろうが、世界は変わっていない。
世界レベルでは資本主義戦争は加速しているし、その中でバランスを持った生き方を選択したときに、日本経済全体が弱くなって、現実として円安が進み、iPhoneが買えなくなるようなことも起きるんじゃないかとも思っている。
そうあるべきだよね、という理想と、目の前の現実として金がないとか、円が安くなるという現実がいつまでもある。だから、半身で生きたほうが絶対豊かだと思っても、一方で経済的に貧しくなってしまう現実があるのではないか。

三宅 一つ思うんですけど、国が貧しくなるのは、人口問題があると思いませんか? 要は少子化によって内需が減る。マクロの話をすると、基本的には人口が増えることが、国が豊かになる一番の方法じゃないですか。「日本経済のため」というなら、目の前の資本主義競争よりも、未来に向けた少子化を解決する方が先じゃないだろうか、と私は思うんです。もちろん少子化だからといって女性全員に子どもを産めなんて言っても誰も聞かないけれど、でも、子どもに興味あるという人がせめて子育てしやすいような労働環境にならないと。
海外で働いている友達に聞くと、みんな口をそろえて、何で日本人はこんなに働いてるんだと言うんです。帰る時間が海外は早いと。それは、子どものお迎えの時間が向こうでは死守されていて、その時間には仕事を終えるのがスタンダードになっているから。そうなると、日本だけそうでない働き方をして少子化になり、人口が減り続けるほうが問題では? と思うんです。週5で働いて夜は残業して、給料は上がらないのに土日も仕事のことを考えてぐったりしていると、婚活なんか無理で、子育てだって無理、となると、ますます少子化も進む。だとすると、若いうちから仕事だけじゃなくて人生のことを考えられるくらい余裕を皆が持っていたほうが、長い目で見れば、マクロの国としての豊かさにもつながるんじゃないかと思うんです。

箕輪 なるほど。むしろ半身で生きたほうが経済としてもいいんだ、という話があると、すごく納得感がある。世界の情勢と関係なく、半身はいい、と言っても、それだけでは、ただ貧しくなる。例えば僕の高校のサッカー部の後輩の斎藤幸平は、Xで半身の生き方をやるんだったら、セットで世の中的に脱成長が必要だと言っている。僕が『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』にツイートしたときに、引用リツイートして言ってきた内容ではあるんだけど(笑) 個人的に賛成か反対かはおいといて、そこまで提案して考えていると納得感はある。だから、良くも悪くも進んでいく資本主義の現実の中で、この理想がどうはまるのかを考える必要がありますよね。
まあ、こういうのも客観的に言いすぎると、麻布競馬場に「自分がやってきたことなのに、何を冷静に分析してるんだ」とか言われるんだけど(笑)

 
三宅 結局いろんな立場から「半身社会」について考えないとなにも変わらないとは思うので、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』をきっかけに議論が深まればいいなと思っていますし、今回の対談もそういう意図があったので、今日箕輪さんとお話しできてとてもよかったです。

三宅香帆氏

(取材・構成:谷頭和希 撮影:内藤サトル)

三宅香帆×箕輪厚介 対談第2弾はこちら

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なぜ働いていると本が読めなくなるのか

プロフィール

三宅香帆×箕輪厚介

三宅香帆(みやけ かほ)

文芸評論家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。著作に『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』、『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術―』、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』、『人生を狂わす名著50』など多数。

箕輪厚介(みのわ こうすけ)

編集者。早稲田大学卒業後、双葉社に入社。『ネオヒルズ・ジャパン』を創刊し完売。『たった一人の熱狂』(見城徹)/『逆転の仕事論』(堀江貴文)などの編集を手がける。幻冬舎に入社後は、新たな書籍レーベル「NewsPicks Book」を立ち上げ、編集長に就任。『多動力』(堀江貴文)、『日本再興戦略』(落合陽一)のほか、2019年に一番売れたビジネス書『メモの魔力』(前田裕二)など次々とベストセラーを出す。自著『死ぬこと以外かすり傷』は14万部を突破。雑誌『サウナランド』は2021年のSaunner of the Yearを受賞。著書に『怪獣人間の手懐け方』(クロスメディア・パブリッシング)、『かすり傷も痛かった』(幻冬舎)。

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