著者インタビュー

強い者も弱い者も生き残る、 それが「進化」

宮竹貴久・進化生態学者
宮竹貴久

─岡山大学で宮竹さんが率いる「進化生態学研究室」では交尾や繁殖に関わる戦略を多く研究されていますね。
 生物にとって、餌を探したり敵から隠れたりすることはもちろん大切です。しかし種が命をつないでいったり、環境に合わせて進化していったりするうえで、生殖とそこに至る交尾戦略はもっと重要です。
 よく知られているように、19世紀、ダーウィンは「自然選択」と「性選択」という進化の法則を提唱しました。前者をキリンの長い首、後者をクジャクのオスの派手な羽と関連づけて教わった人は多いでしょう。派手な羽をもつクジャクのオスは目立つのでメスに選ばれ、その息子も派手な羽をもつようになる。一方で娘には派手な羽をもつオスを好む性質が遺伝する。だからクジャクのオスの羽は限界まで派手になっていく、というのが性選択の考え方でした。これはオスとメスの利害が一致した「共進化」の例です。ところが生殖において、オスとメスの利害が一致していない例もあることが分かってきました。

アシビロヘリカメムシの勝者オスが敗者のオスにマウント中

─オスもメスも、子どもを作りたいという目的は一緒だと思っていましたが、その過程で利害が対立することもある、と?
 はい。戦略が異なるせいです。
 有性生殖に際して必要な卵はメスにとって有限な、貴重な資源です。しかしオスは精子を無限に近く大量生産できる。もちろん昆虫と人間は同列に語れませんが、ヒトの赤ちゃんが生まれるまでに、女性は約300日からそれ以上、他の男性の遺伝子を受け入れられません。でも男性は違いますよね?
 この生殖にかかるオスとメスのコストが、多くの生物で大きく異なるため、セックスを「したがるオス」と「嫌がるメス」が登場しました。オスは手当たり次第に交尾したいし、メスは強い子を残すため優秀なオスの精子を厳選したい。自分の遺伝子を残す戦略のなかでも、片方の性にとって利益となる行為が相手の性にとって不利益になる状態を「性的対立」と呼び、その対立が存在する種のオスとメスには「対抗進化」が生じます。
─本書を読むと性的対立の研究は、キイロショウジョウバエは乱婚形態をとる集団ほどオスの精子が強い毒性を持つようになるというアメリカの報告で火がついたそうですね。
 1999年ですね。アイデア自体は20世紀半ばに提唱されていましたが、この発表から、【堰/せき】を切ったように性的対立の報告が相次ぎました。ペニスにトゲを生やして相手のメスを傷つける種や、劣ったオスの精子をメスが交尾後に捨ててしまう種。また、なぜそんな性質が進化したのか……DNA解析や電子顕微鏡の技術が向上したこともあって、性的対立はいま世界中の生物学者が注目するホットなテーマなんですよ。
─小さな虫の生殖器や精子となると、一般人にはなかなか観察できませんが(笑)。
 カマキリやクモのメスがオスを食べてしまうのも性的対立といえるでしょうね。
 よく交尾後、といわれますが、交尾前でも、カマキリのメスは餌と間違えてオスを狩り、食べてしまいます。そもそも捕食性昆虫ですし、産卵のための栄養が要りますから。オスは、食べられてしまえば別のメスと交尾できなくなるので、殺されたくないんですね(笑)。見るからにそーっと、「だるまさんが転んだ」状態でメスに近づく。さっと交尾して逃げられればよし、ですが……。頭が食べられても下半身はメスにつながって交尾を続けているオスを見たこともあります。

─壮絶ですね。
 そのくらいオスは必死なんです。先ほど、精子は無限に近いと言いましたが、まず自然界ではメスと出会うのもそう簡単ではない。また、メスに交尾を断られる場合もあります。僕の先輩が野外のウリミバエを観察した例では、メスに受け入れられたオスは61分の1という低い確率でした。
 だから、見ているとオスは、メスと出会えばほぼ必ずモーションをかけます。人間みたいに選り好みしない(笑)。
 メスの存在を感じるとそれまでの動きを止めて向き直り、そろりそろりと近づいて触角を向け、「前戯」を始めます。脚や触角でメスの胸部をペタペタ触るもの、ブッブッブッと羽を震わせるもの、フェロモンをかけるもの。メスに逃げられないよう、様々なテクニックを駆使してその気にさせるわけですから、これこそ昆虫の前戯と呼べます。

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プロフィール

宮竹貴久

みやたけ・たかひさ1962年大阪府生まれ。岡山大学大学院環境生命科学研究科教授。理学博士(九州大学大学院理学研究院生物学科)。ロンドン大学(UCL)生物学部客員研究員を経て現職。Society for the Study of Evolution, Animal Behavior Society終身会員。日本生態学会宮地賞、日本応用動物昆虫学会賞、日本動物行動学会日高賞など受賞。主な著書に『恋するオスが進化する』『「先送り」は生物学的に正しい』など。

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