─本書は進化に関する発見と理論の流れを追いながら、宮竹さんが学生たちと実際に昆虫を飼って観察、考察する様子が生き生きと描かれており、そこが大きな魅力となっています。実験をひとつするごとに、謎が解き明かされていく。
その意味で、オオツノコクヌストモドキという研究対象と出会えたのは幸運でした。室内で飼いやすく短期間で成長するだけでなく、オスにだけ大顎がある。これはクワガタムシと同様、他のオスと闘うための武器です。実際に、オオツノコクヌストモドキのオスを2匹、シャーレにでも入れると、すぐ闘ってくれる。この虫を使えば、一定の条件下でのオス間闘争を観察できるだけでなく、武器の進化が種全体にどのような影響を及ぼすのかが分かるはずだと。
育種した結果、彼らにも性的対立が存在することが立証されました。大顎を大きくした集団では、それを支える頭部と胸部が発達した体形になり、小さくした集団ではスレンダーで胴長になりました。すると、前者のオスは武器が強いので他のオスを撃退でき、子孫を残しやすくなる。後者は腹部が長いためメスの卵巣が大きくなって、これも子孫を残しやすくなる。逆にいえば前者の集団のメスと後者のオスは生殖面で不利になったわけです。
─生殖させて、育てて、闘わせて、という一連の実験だったわけですね。
院生たちは、闘いに負けたオスがなぜか4日間、ひたすら逃げ続けるという事実も発見しました。3日でもなく5日でもなく4日間、オスは他のオスに会っても決して闘わず遠くへ逃げるんです。しかしこのオス、メスに会うとちゃっかりアプローチして交尾を遂げます。それも負けた翌日のオスは、通常の2倍近くの量の精子をメスに送り込んでいました。
─逃げているのに、濃厚なセックス(笑)。
逃げているから、なんですね。
僕らの発見を、のちに同僚の数理生物学者らがシミュレーションしてくれたのですが、オオツノコクヌストモドキのオスは4日間逃げ続けることで勝者のオスの縄張りから脱出し、新たに生殖活動を行えるようになる。しかし敵陣内であっても、せっかく出会ったメスを無視する手はない(笑)。でも、やはり敵陣なので、そのメスはすでに勝者オスと交尾している可能性が高いわけです。だから精子量を2倍にして対抗する。バッタでも、脚をもがれたあとに精子量が増えた例が観察されています。
─オスは精子レベルでも闘い続けている、と(笑)。しかし人間界では、若いオスの「セックス離れ」がよく言われます。それはなぜなんでしょう。
あ、それは、学者としてではなく教育者として、若い男性がいま非常に傷つきやすいからではないかと思っています。異性という強烈な他者と向きあうより、SNSで同じ趣味の同性と話をしていたほうが楽しい、と。
─ 一 方で、「モテ」とか「女子力」とか、女性はまだ恋愛市場から撤退していない気がするのですが。
男性が一定数、オタクとして室内で自足してしまうと、フィールドには女性が多く残ることになりますから。生物学では「実効性比がメスバイアスである」と表現します。メスのほうが交尾戦略を発達させてもおかしくない(笑)。
冗談はともかく、学生たちにはいつも「君たちがいま生きていることは、それだけで進化生物学的には勝者で、100点なんだ。だから臆せず進みなさい」と言っています。なかなか現実には難しいですが……。
(「青春と読書」3月号より転載 聞き手・構成=安倍晶子/撮影=下城英悟)
●集英社新書『したがるオスと嫌がるメスの生物学 昆虫学者が明かす「愛」の限界』(本体760円+税)
プロフィール
みやたけ・たかひさ1962年大阪府生まれ。岡山大学大学院環境生命科学研究科教授。理学博士(九州大学大学院理学研究院生物学科)。ロンドン大学(UCL)生物学部客員研究員を経て現職。Society for the Study of Evolution, Animal Behavior Society終身会員。日本生態学会宮地賞、日本応用動物昆虫学会賞、日本動物行動学会日高賞など受賞。主な著書に『恋するオスが進化する』『「先送り」は生物学的に正しい』など。