2016年に自衛隊南スーダンPKO部隊の日報隠蔽問題を暴き、現地が戦闘状態であったことを明らかにしたジャーナリストの布施祐仁氏。この事件は結果的に隠蔽を指示していた稲田朋美防衛大臣(当時)を辞任に追い込み、危険な戦闘地帯から部隊を撤収させることにも繋がった。
その彼が、PKO法が制定されて30年となる2022年6月を前に、これまでの30年間を検証した『自衛隊海外派遣 隠された「戦地」の現実』(集英社新書)を上梓した。
ロシアのウクライナ侵攻もあり、日本でも軍事力強化や自衛隊派遣が論じられる機会が増えている。そうした議論の落とし穴とは何か。そして、なぜ過去の検証を行うことが重要なのか。
菅官房長官との記者会見バトルで名を馳せた、望月衣塑子記者と布施氏の対談・後編。
布施 望月さんは同じく集英社新書で、去年の10月に森達也監督との共著『ジャーナリズムの役割は空気を壊すこと』を出されていますね。
望月 ええ。この本は私にしても森さんにしても、「なんで私たちが浮いてしまうのか」っていうところからスタートしているんです(笑)。
ひとつ言えるのは安倍・菅政権時代の7年8か月+1年、合計で8年8か月、ここでメディア・コントロールがすごく進んだということです(編集部注:「報道の自由度」の世界ランキングで、民主党政権時代の2011年には世界11位だった日本は、2022年には71位にまで転落した)。
私が菅官房長官とバトルするようになる数年前の2014年ぐらいから、選挙の前に萩生田(はぎゆうだ)官房副長官が「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」という文書を作り、テレビ局の番記者たちに、「お前たちの編集局長、編集担当のトップに渡して!」と言って渡したそうなんです。
それで田原総一朗さんが「いや、これはとんでもないことだぞ。こんな文章を選挙前に渡すこと自体が圧力だ」と言って。「これを朝生で取り上げるぞ!」と訴えたんそうなんですが、それさえも局の意向を受けて、紙の文書を取り上げさせてもらえなかったと聞きました。
その後、高市早苗総務大臣が2016年2月、衆院予算委員会で、政治的公平性が疑われる放送が行われたと判断した場合、その放送局に対して「放送法の規定を順守しない場合は、行政指導を行う場合もある」とした上で、「行政指導しても全く改善されず、公共の電波を使って繰り返される場合、何の対応もしない(停波を行わない)と約束するわけにはいかない」と、放送法4条違反を理由に電波停止を命じる可能性に言及したわけです。
布施 電波使用許可を取り消すぞ、と。
望月 そうですね。電波を所管するトップの人が。それまでは、そういうことを堂々と言う大臣などいなかったと思うんですけど。
それも含めて、特に安倍・菅コンビっていうのがかなり強烈にタッグを組んで、それまでは各省庁から政策案を上げて立案するという形だったのが、むしろ「官邸だけで決めたトップダウンの政策をとにかくやるんだ」という風になって。アベノマスクもその一例ですけど。
そして、情報も全部、官邸に集中させて、安倍さんと菅さんが全て決めてしまう、みたいな形になっていって。
それ以前だったら、日本の場合は、政権交代がなくても、自民党の中で総理も官房長官もコロコロと変わっていたので、派閥の戦いもあったし、記者も割と三者三様、それぞれ派閥ごとに言いたいことを各担当の記者が書いている、みたいな。そういう自由度が、政治部の中でさえあったと思うんです。
それがもう、首相と官房長官が固定されていて、かつ情報が菅さんに集中する状況になったので、誰も菅さんに、何ひとつものが言えなくなった。
そして官僚の局長・審議官級クラスを全部、官邸が内閣人事局で決める、というふうになって、官邸の言いなり、もしくはひたすら忖度する官僚が次々と出てきて……。
そういう意味では誰もものが言えない。記者も、首相とか官房長官がコロコロ変わるのであれば、さほど恐るるに足らずなんですけど、常にこの人たちが変わらないし、「情報は、この人に嫌われるともう取れなくなるから」ということで、安倍さんにも菅さんにも忖度して。
特に安倍さんは、お気に入りのメディアとそうでないメディア、記者との扱いの差が酷かった。
初めは記者も官僚ももっと抵抗していた人がいたと思うんですけど、私が入ってきた2017年あたりは、もう菅さんにものを申すという官僚は皆無、記者も殆どいなくなっているようにみえました。これは長期政権の弊害だなあと思います。
政治部はそれをずーっとやられてきたから、ある種もう飼いならされてきた7年8か月だったと思うんです。でも、私からするとすごくそれが異様で。
私はそれまで社会部で特捜部とか検察庁の取材をやっていたんですけど、皆「なるべく捜査情報や供述情報、証拠情報などを記者には言うな」っていうのが原則だったので。記者の側も夜回り・夜討ち朝駆けとかで、なんとかして話を聞き出すっていうのが仕事だったんです。
そういう環境から来たので、官房長官会見でも首相会見でも、前もって提出させられた質問に対して、作文された紙を読むだけの答弁だけっていうのに、非常に違和感があって……。
しかし、それは岸田さんになってもやっぱり続いていますよね。あれは社会部記者から見ると、すごく異様なんです。あそこまで、紙を用意されている特捜部長とかいないですから。
その空気を単純に、それまで政治部にいなかったゆえに「おかしいですよね」って言いに行ったら、「なんだこのおかしな女は」という感じになって、まあ、ずいぶん叩かれ始めたっていう(苦笑)。
だけどそれって、記者からすると普通のことですよね、と。この本のテーマとしてはやっぱり、「権力とメディア」です。何がジャーナリズムの役割なのか、っていうところを、森さんとふたりの経験から話し合っていったということなんです。
プロフィール
望月衣塑子(もちづき いそこ)
1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞社に入社。関東の各県警、東京地検特捜部を担当し、事件取材に携わる。経済部などを経て社会部遊軍記者。2017年6月から菅義偉官房長官(当時)の会見に出席し質問を重ねる様子が注目される。著書に『新聞記者』『武器輸出と日本企業』『同調圧力(共著)』『報道現場』(角川新書)、『自壊するメディア(共著)』(講談社+α新書)、『権力と新聞の大問題(共著)』『安倍政治 100のファクトチェック(共著)』(集英社新書)など多数。
布施祐仁(ふせ・ゆうじん)
1976年、東京都生まれ。ジャーナリスト。『ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』(岩波書店)で平和・協同ジャーナリスト基金賞、日本ジャーナリスト会議によるJCJ賞を受賞。三浦英之氏との共著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(集英社)で石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『日米密約 裁かれない米兵犯罪』(岩波書店)、『経済的徴兵制』(集英社新書)、共著に伊勢﨑賢治氏との『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(集英社クリエイティブ)等多数。