対談

日本の女性差別構造の正体とは?

【対談】中村敏子×小川たまか
中村敏子×小川たまか

日本は何もかも後退している

中村 この本を書くとき、西洋に3つの柱を立てたんです。「イデオロギー」と「現実」と「法」という。でも、日本ではイデオロギーも法も、あまり社会に影響を及ぼさない。となると日本では何が現実を動かしているんだろう、と考えたとき、「現実が現実を動かす」ことがあるんじゃないかと思ったんです。女性の問題も、「もう黙っていられない」と声をあげる人が多くなったら、現実が動いたことが最近ありましたよね。

小川 はい、森(喜朗)さんの発言や、オリンピックの開会式で女性を豚になぞらえる演出があったこと、報道ステーションのCMでの表現など、「おかしい」と声をあげる人が増えましたね。10年前だったら問題にならなかった女性に対する蔑視、差別感情に「ノー」という人は確実に多くなってきたと思います。

中村 インターネットの力も大きかったですね。私自身はあまり得意じゃないんですが、インターネットってすごい武器になると思うのね。迅速に多くの声を集められるので、運動を展開していく新しい形ができてきたと思っています。

小川 一方で女性でも、「日本の女性は差別されてないよね」と言っている人もいます。

中村 いろいろな意見があるのは当然だし、しょうがないと思う。ポイントは、自分にとって本当に困ること、絶対に嫌なことに対して声をあげて変えていくこと。他の人も同じように考えてほしいと思っても意味がないし、違う意見があるということはそれだけ女性の活動が多様になった証なので悪くない、と思えばいい。

小川 そう考えればいいんですね。ただ、声をあげても議論に発展していかないことも日本では多い気がするんです。中村先生が一時期住まれていたイギリスではパブで仕事帰りの人がお酒を飲みながら政治や社会について議論をしたりしていますが、日本人は自分の意見が他人の意見とぶつかることを恐れて政治のこともあまり語らないですよね。この違いはどこからきているんですか?

中村 イギリスでは小学校からみんなの前で意見を言う授業があるんです。弁論大会の訓練みたいなことを小さいときからするので、人前で話すことにも慣れるし、自分の意見を述べることにも慣れる。そういう違いも少しはあるかもしれませんね。

小川 そういえば2017年に性犯罪刑法の視察でイギリスを訪ねたとき、ある小学校で登校してきた子が、「今日は気分がいい」とか、「今日は嫌な気分」とか、自分のコンディションをカードで伝えるシステムを知りました。先生はそれを見て、「嫌な気分」というカードをだした子に「どうしたの?」と話しかけるなど、対話が生まれていくんです。

日本は真逆ですよね。嫌なことがあっても周囲に迷惑をかけないよう黙っている生徒が「いい子」とされる空気があって。最近では給食時間も掃除の時間も全員黙らせる「黙食」「黙掃」という教育をする学校があると知って、怖くなりました。コロナ以前からですよ。何だか日本の教育、後退しているんじゃないでしょうか?

中村 何もかも、全部後退してますよ。先ほど言ったように、日本は今90年代のイギリスのようになっていると思うので、対応を急がなくちゃいけない。小川さんたち若い人、頑張ってください。

小川 頑張りたいです。

 

差別される側から声をあげる

小川 フェミニズムやウーマンリブの運動は70年代には盛り上がったのに、バブル期に停滞し、2000年代はバックラッシュがありました。

中村 そう、盛り上がった70年代から50年経っているのに、当時より後退してる。バブルの時期は男性にも女性にもさまざまな機会を提供したので、ある意味女性も活躍できる状況になったんだけど、そのあと低調になりましたね。今のように不況になると、やっぱりまた女性にしわ寄せがくる。だから今、我慢しないで大いに声をあげて、この時代に女性差別をなくしてほしいんです。小川さんが最初のほうで「今の子供たちが私と同じ目にあうのはいやだ」とおっしゃったけど、私たちの時代もみんなそう思っていたわけですよ。だからもう、ここで本当にやめてほしい。

小川 私も本当にそう思います。女性が意見を言うと、「自分のことしか考えていないわがままな人」ととらえられかねないので、構造から変えていきたいなと。

中村 『青鞜』の女性たちを見習って、もっと強気になればいいんです。平塚らいてうが中心になって結成された「青踏社」に集まって活動した女性たちは、「新しい女」と呼ばれて社会からは嫌がられましたよね。何故かと言うと、イギリスの政治学者キャロル・ぺイトマンが言うように、「社会秩序は男がつくったので、それを乱す女は無秩序とみなされる」からです。

今も男たちがつくった秩序が変わらないなら、女たちはそれを乱して、「私たちは怒っている」、「私たちが秩序だ」と主張しなくてはいけない。それには事実的な裏づけ、歴史的な裏づけをしっかりとらえて、それを論理立てて語れる言葉を磨くことも重要だと思います。そうすれば反対意見がでたときに証拠を示せますから。

小川 わかりました。歴史を学ぶということで言えば、これから障害者差別や外国人差別も含め、差別されてきた側の歴史を広く深く学んでいこうと思います。

中村 私がこの本を書いたのも、今まで男性側からだけ語られてきたことを、女性の目を通して書きたいという思いがあったからです。差別されている側が語っていくこと以外に、差別を正していくのはむずかしい、とも思っています。少しずつでもいいから、そういう活動をつづけていくことが重要ですよね。

小川 中村先生のご本に出会い、実際にお話しできたことで、今まで自分のなかでもやもやしていたことがすっきりして励みになりました。今日はどうもありがとうございました。

 

 

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プロフィール

中村敏子×小川たまか

中村敏子(なかむらとしこ)

1952年生まれ。政治学者、法学博士。北海学園大学名誉教授。75年、東京大学法学部卒業。東京都職員を経て、88年北海道大学法学研究科博士後期課程単位取得退学。
主な著書に『福沢諭吉 文明と社会構想』『トマス・ホッブズの母権論――国家の権力 家族の権力』。翻訳書に『社会契約と性契約――近代国家はいかに成立したのか』(キャロル・ぺイトマン)

小川たまか(おがわたまか)

1980年、東京品川区生まれ。2008年に編集プロダクションを起ち上げ取締役を務めたのち、2018年からフリーライターに。働き方、教育、ジェンダー、性犯罪などを取材。性暴力と報道対話の会メンバー。支援と臨床対話の会主催。著書に『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(タバブックス)

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