対談

後世の人は「権力が殺した人々」のことを語り続ける責任があると思います

佐高信×柳広司

現代では風刺や批判をユーモラスに表現するものとして親しまれている川柳。だが、昭和初期、軍国主義に走る政府に対し、「万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た」「手と足をもいだ丸太にしてかへし」といった川柳を通じて反戦を訴え続けた作家がいた。
鶴彬、享年29。

官憲に捕らえられ、獄中でなお抵抗を続けて憤死した〝川柳界の小林多喜二〟と称される鶴彬とはどのような人物だったのかを紹介したのが、3月17日に集英社新書から発売された『反戦川柳人 鶴彬の獄死』(佐高信・著)である。

この本の発売を記念して、著者の佐高信氏と、小説『アンブレイカブル』(角川書店)で小林多喜二、鶴彬ら、信念を貫き通して国家に殺された男たちを描いた作家の柳広司氏に、今、鶴彬を取り上げる意義について語り合ってもらった。

正規軍(新聞・テレビ)がだらしないから、ゲリラ(川柳)が叩かれる時代

佐高 柳さんの文庫最新刊『太平洋食堂』は、大逆事件で処刑された大石誠之助を扱った小説ですね。実は私、大逆事件100年の催しがあったときに和歌山へ行ったんです。

 大石を名誉市民にすると新宮市議会が決定した2018年の、少し前のことですね。

佐高 先日亡くなった元朝日新聞の早野透たちと一緒に、その催しに行きました。大逆事件については『ドキュメント昭和天皇』や『大逆事件―死と生の群像』を書いた田中伸尚とも対談したことがあったので、『太平洋食堂』にすごく関心があったんですよ。

 そうですか、ありがとうございます。

佐高 でも、『ジョーカー・ゲーム』を読むと、また違ったイメージですね。

 (笑)プロの小説家は、肚をくくっていい売り絵も書けなければなりませんから。

佐高 見事な売り絵になっているところが、作品として素晴らしいですよ。そんなに忙しいなかで、私の書評も書いていただいてありがとうございます。

 ちょうど『アンブレイカブル』が東京芸術座で舞台化が決まり、読み直していたタイミングで、鶴彬のことがまさに頭に入っていたこともありまして、一気に書評を書かせていただきました。

佐高 実はその『アンブレイカブル』も、旬報社社長の木内洋育に、「今、鶴彬について書いてるんだ」と話したとき、「この小説が面白いから、ぜひ読んでみるように」と勧められたんですよ。

 そうなんですか、ありがとうございます。

佐高 柳さんは、どれぐらい前から鶴彬をご存知だったんですか。

 名前は以前から知っていたんですが、具体的なイメージができたのは田辺聖子さんの作品『川柳でんでん太鼓』を読んだときですね。さらにその後の『道頓堀の雨に別れて以来なり』でしっかりと書かれていて、鶴彬は小林多喜二と対にする形で自分でもいつか書きたいと思っていました。今回、佐高さんが集英社新書で取り上げられたということでさっそくゲラを拝読し、書評にも書かせていただいたのですが、さすがあちらこちらへアンテナを広げていらっしゃるところに感心しました。真ん中あたりの竹中(労)・今(東光)の二大怪物対談は、ゲラゲラ笑いながら読ませていただきました。

佐高 竹中もそうなんですが、鶴彬という人には〈言葉の狙撃手〉、スナイパーとしての凄味を私は感じるんですね。

 対象は、権力側が作り上げるプロパガンダですよね。たとえば、「今にも中国が攻めてくるぞ」というプロパガンダを、笑いのある五七五でシュッと出し抜けちゃう。川柳にはそういうことができる。

佐高 そうですね。

 だから、川柳という〈メディア〉にはデビューした頃からずっと注目をしていて、なんとか作品の中で書いてみたいと思い、実は自分でも作っていたことがあったんです。でも、そうすると頭に浮かぶ言葉が全部、五七五になってしまって、小説が書けなくなってしまう(笑)。

佐高 そうでしょうね(笑)。なにしろ川柳はゲリラですからね。正規軍ではない。

 だから、井上剣花坊(註:鶴彬の師であり父的な存在)にしても、元々は新聞の論説で政府を批判すると発禁になってしまうから、ゲリラ的に川柳欄の選者として採用されたそうですね。ところが今の時代は、たとえば去年の安倍元首相が狙撃されたときでもそうなんですが、川柳欄が先に叩かれてしまう。ヘンな世の中ですね。

佐高 だって、正規軍(新聞・テレビ)が戦ってないですからね。ゲリラだけが前に押し出されるという。

 本軍が戦えてないということですよね。

佐高 そう考えると、あの時代に鶴彬という人がいたことは、ひとつの救いだと思います。

 あの時代に書けるものの一つの極北を、川柳で示していたということですよね。

佐高 そうですね。

 鶴彬も、小林多喜二もそうなんですが、彼らは何も権力に弾圧され殺されたから偉いわけではない。彼らがすごいのは、作品の力がすごいからなんです。その一方で、後の世に生きる我々はやっぱり、権力に対して「おまえら、この人たちを殺したよな」っていうことを言い続けてかなければならない。大石誠之助も幸徳秋水も、小林多喜二も鶴彬も「お前たちが殺した彼らは、我々の側のヒーローなんだ」と取り上げて書き続けていかなければならないと思っています。

柳 広司(やなぎ こうじ)1967年生まれ。2001年『贋作『坊ちゃん』殺人事件』で朝日新人文学賞受賞。2009年『ジョーカー・ゲーム』で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門を受賞。『ダブル・ジョーカー』『風神雷神』『太平洋食堂』など著書多数。最新刊は、戦後沖縄の本土復帰までの闘いを描いた『南風まぜに乗る』(小学館)。

佐高 柳さんの仕事は、そういったことを愉しみながら読ませる方法でやっていくわけでしょう?

 そうですね。正しさを少し置き去りにしてでも面白くするのが小説ですね。

佐高 鶴彬自身も、おそらくそのようなことを考えていたように思うんですよ。

 民衆詩ですからね。民衆と乖離してしまったらもはや川柳ではない、という主旨のことを言ってますよね。佐高さんの場合は、どういう経緯で今回、鶴彬に関する書籍を出すことになったのですか。

佐高 結局、どうやって権力をわかりやすく撃つか、ということなんですよ。ましてや今の時代、さきほども話題に出たように正規軍が軟弱なときには、「万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た」という、その一句だけで何万言を費やすよりも伝わるし広がるものがある。

 そうですね。難しい論評を読むよりも、すごくわかりやすい。

佐高 やはり、これを伝えていかなきゃならない。「手と足をもいだ丸太にしてかへし」という句にしても、これを残さずしてどうする、こういうものを我々に手渡してくれた鶴彬という人を顕彰しておかなきゃならない、と思ったんです。

 ほんとにそうですね。一叩人さんの鶴彬全集も、よくここまで個人でまとめたなと思うと頭が下がります。金沢連隊での軍法会議の調書まで収録していますからね。

佐高 そしてそのバトンを、澤地久枝さんに託すわけですよね。で、今度は澤地さんが北國新聞に行って、一叩人が収録し漏らしたものをさらに丁寧に拾っていく。

 澤地さんが作られた本は私家版なので一般に流通していなくて、入手しやすいのは一叩人さんの編んだ全集と、あとはこれ。出版社は……。

佐高 僕はこれ、持ってないですね。

 そうですか。これは木村哲也さんという方が現代仮名遣い版で編集した鶴彬全川柳です。これは一般に流通していて、書店経由で取り寄せられます。

佐高 なるほど、『手と足をもいだ丸太にして返し──鶴彬全川柳』という書名か。これは、柳さんが小説を書く前に手に入れたんですか?

 そうです。

佐高 刊行は2007年ですね。

 はい。邑書林という長野県の佐久にある地方出版社で、鶴彬を継承していこうというこの書籍のほかにも川柳の書籍を刊行しているようです。私が(『アンブレイカブル』を)書くときにいろいろと調べて引っかかってきた、レイバーネット(http://www.labornetjp.org/)もあります。このサイトに収録されている川柳は、今回の佐高さんの書評の中でも取り上げましたけれども、例えば「沖縄を踏みつけ福島をこけにする」という第二次安倍政権から現在の岸田政権までの姿勢を、もう見事に五七五で言い切っちゃってる。素晴らしいと思いますね。入れ替えて「福島を踏みつけ沖縄をこけにする」でも成立する。

佐高 なるほど。そのとおりですね。今回の書籍の書名は、じつは私も鶴彬の一句、「修身にない孝行で淫売婦」、あるいは「万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た」といった句を短くしてタイトルにする、という方法も考えたんですけれども、浸透しやすさということで今の書名になりました。

 「 高梁(コーリャン)の実りへ戦車と靴の鋲」「屍のいないニュースで勇ましい」という句なんて、まさに彼の絶唱ではないかとも思います。現代はニュースを見ていても死体の出てこない戦争報道ばかりで、それもどうなんだろう、と思います。

佐高 そうですね。そのこととも絡むのかもしれませんが、五七五、あるいはそれに七七をつけた韻律を、戦争責任に絡めて書きたかったんです。だから最初は、高浜虚子の戦争責任について書く、というのが今回の書籍のそもそもの発端だったんですよ。

 その部分は随分後ろのほうに書いてありましたね。

佐高 そうなんですよ(笑)。あるとき『女帝小池百合子』の著者の石井妙子さんと喋っていて、「虚子の戦争責任なんて読みたくないから(笑)、鶴彬をちゃんと残しておくべきだ」と。

 で、鶴彬が前になって、でも最後はやっぱり虚子にも言及されている、という。

佐高 川柳バンザイというだけのものにはちょっとしたくないとも思ったし、あとはやはり、虚子やホトトギス的なものに満足している人たちがたくさんいるわけですよ。そっちにもちょっと爆弾を投げておかなきゃな、と。

 なるほど。それこそ「戦前戦後貫く棒の如きもの」が高浜虚子なんだ、と指摘をしておく、ということですね。

佐高 そうそう。

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関連書籍

反戦川柳人 鶴彬の獄死

プロフィール

佐高信×柳広司

佐高 信(さたか まこと)

1945年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、高校教師、経済誌編集長を経て、評論家に。著書に『西山太吉 最後の告白』(西山太吉との共著、集英社新書)『佐高信評伝選』(第一~第三巻、旬報社)『統一教会と改憲・自民党』(作品社)『この国の会社のDNA』(日刊現代)『当世好き嫌い人物事典』(旬報社)など多数。

柳 広司(やなぎ こうじ)

1967年生まれ。2001年『贋作『坊ちゃん』殺人事件』で朝日新人文学賞受賞。2009年『ジョーカー・ゲーム』で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門を受賞。『ダブル・ジョーカー』『風神雷神』『太平洋食堂』など著書多数。最新刊は、戦後沖縄の本土復帰までの闘いを描いた『南風まぜに乗る』(小学館)。

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後世の人は「権力が殺した人々」のことを語り続ける責任があると思います