プラスインタビュー

その場所には何があったのか―― 場所の記憶を掘り起こし、未来につなぐ建築 3

建築家・田根剛インタビュー
田根剛

 田根がこの住宅を「A House for Oiso」と命名したのには深い意味がある。「大磯にある住宅」(A House in Oiso)ではなく、「大磯のための住宅」。敢えてその表現にこだわったのは、住宅という私的な建築を公共性へと繋ぐことを意図したからだという。

「日本の住宅の場合は、個人の施主と建築家の共同作業でほとんどすべてが成立してしまいます。建築家の考えと施主の要望のどちらを優先させるかはケースバイケースですが、いずれにせよ個人の発想や趣味がそのまま建物に反映されてしまいます。これでは住宅を通じて町をつくることには繋がりません。例えば建蔽率さえ守れば、敷地の中で建物のない部分の土地は前庭にしても、駐車場にしても、あるいはバックヤードにしても自由です。町の景観の良さは統一性の問題なので、自分の建物でどんなに景観をよくしようと思って設計しても、隣の建物が変わると町がどんどんバラバラになってしまうわけです。そこで大礒の場合は、建蔽率を考える際に、建物以外の部分はすべて庭にして、大磯の森に返すというコンセプトを決めました」

 

『A House for Oiso』 ©Takumi Ota / image courtesy of DGT.

『A House for Oiso』 ©Takumi Ota / image courtesy of DGT.

 

 現在の田根はパリと東京を頻繁に往復する多忙な日々を送っている。ヨーロッパで建築を学び、パリに拠点を置く彼の目には、現在の日本の建築はどのように映っているのだろうか。

「まず驚いたのは、日本ではあまりに簡単に多くの建物が壊されているということです。理由は大きく分けてふたつあります。ひとつはコンスタントに起きる大きな地震を理由に建物の耐震化が促されることです。確かに震災の心理的な影響は大きく、特に東日本大震災後は古い建物の性能に不安を抱く人々が増えたと思います。耐震基準が見直され、新しい耐震補強を行わざるを得ないとなると、新築よりもはるかに高額という話になる。それなら壊して建て直した方が安いということになり、古く大切な建物がどんどん壊されていく。地震が起こる前に自分たちで町を、つまり長い時間をかけて創り上げた自分たちの文化や記憶を自虐的に壊している。僕にはこれは、すごく不安な事態に思えます」

 田根が挙げるもうひとつの理由は、大都市圏での建設ラッシュだ。土地の価値は生み出す富の大きさで決まり、建築には富を最大化することが求められる。建設業は拡大再生産を続け、そのスピードは加速している。

「日本では建築家には建物のデザインばかりが求められますが、最も重要なプロジェクトが生まれる前の構想段階に関わったり、計画全体を議論する時間の余裕は与えられていません。今の社会では建築は必要とされず、建設業が経済性を優先し、土地を次々と更地にして前に進んで行くという感じがします。僕は20歳で日本を出てからの十数年はどっぷりとヨーロッパでした。それがこの 4、5年は日本に帰ってくる頻度が増えて、帰ってくる度に何かおかしいと感じています。このままのやり方ではまずいけれど、これを変えるのは不可能かもしれない。そう諦めそうになるのですが、僕らの世代が諦めたら本当に駄目になるので、諦めてはいけない、闘い続けたい思っています」

 エストニア国立博物館のオープンから間もない2016年12月、DGT.は10年に及ぶ活動を終え、解散した。田根はパリに自らの設計事務所「ATELIER TSUYOSHI TANE ARCHITECTS」を設立し、自らの建築をさらに進化させようとしている。田根にとって建築と建物はイコールではない。彼にとって建物はあくまでもモノであり、建築とは考え方、つまりある場所に意味を与えることなのだ。彼はその役割が持つ可能性に賭けることで、建築の未来を切り開こうとしている。

「現在は建築の未来を考えるべきときが来ていると思います。それは未来的な建築という話ではなく、建築という思考のあり方がこの先、未来にどう受け継がれていくかを考えるということです。建築は場所に意味を与えることができます。そしてその意味は記憶となって、建物に深みを与えてくれるのです。僕は建築の未来はそこにあると考えています」

 

構成・文 鈴木布美子

 

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プロフィール

田根剛

建築家。1979年東京生まれ。ATELIER TSUYOSHI TANE ARCHITECTSを設立、フランス・パリを拠点に活動。2006年にエストニア国立博物館の国際設計競技に優勝し、10年の歳月をかけて2016年秋に開館。また2012年の新国立競技場基本構想国際デザイン競技では『古墳スタジアム』がファイナリストに選ばれるなど国際的な注目を集める。場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the Future」をコンセプトに、現在ヨーロッパと日本を中心に世界各地で多数のプロジェクトが進行中。主な作品に『エストニア国立博物館』(2016年)、『A House for Oiso』(2015年)、『とらやパリ』(2015年)、『LIGHT is TIME 』(2014年)など。フランス文化庁新進建築家賞、フランス国外建築賞グランプリ、ミース・ファン・デル・ローエ欧州賞2017ノミネート、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞など多数受賞 。2012年よりコロンビア大学GSAPPで教鞭をとる。

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