対談

武道家とヨーガ行者が考える、善く死ぬために必要なこと

前編 過剰な善意は必ず過剰な暴力をもたらす
内田樹×成瀬雅春

「今」の連続に、善い死がある

――ある種の破壊衝動というか、悪い言霊がどんどん破壊衝動につながって増幅されている感じがしますが、成瀬先生が教えているヨーガでは、破壊衝動をおさめたりする方法はあるんでしょうか。 

成瀬 ヨーガ自体は、個人である一人一人が、自分がいかによく生きて、いかに善く死ぬかということ、もうそれに尽きるんですね。

 きょうのテーマについて、「善く死ぬ」というのは一番大切なことだけど、「死」について意外と皆さんが認識していないことがあります。

 結論的なことを言ってしまうと、「死」というのは「今」なんですよ。わかりますか?

内田 いや、わからないです。

成瀬 どういうことかというと、例えば、明日ディズニーランドに行くとします。翌日、ディズニーランドに行きました。でも、行ったときは「今」なんですよ。明日ではありません。もしくは、来年になったらアメリカに留学するとします。その時が来て、留学しました。でも、行ったときは「今」なんですよ。「来年」ではありません。

 「死」についても同じで、人間はいつかは死にます。それが何年か後、または何十年後かもしれない。でも、ある日突然事故に遭って、二カ月後に死ぬかもしれません。

 つまり来月とか来年とか、何十年後の死というのは、「死の瞬間」が来たときは、「今」なんですよ。ということは、「今」の連続の先に未来がある。 
 だから、死は「今」と言えるんです。

 もっと言うなら、私たちには「今」しかありません。
 よく「明日がある」と言いますが、明日はないんです。明日は、明日になったら「今」でしょう? だから、明日はなくて、明日になったら「今」になります。

 なかなか理解しづらいと思いますが、僕は今、一生懸命しゃべっています。なぜかというと、このことを皆さんが、「そうなのかなー」と思って聞くのと、「本当にそうだ」と思えるのとでは、大きく違うからです。

 未来は「今」の連続、すべては「今」――。このことが心の底からそう思えると、今から死ぬまでの生き方が変わっていきます。日々刻々、充実した生き方しかできなくなります。
 そうすると、よい生き方になっていって、その結果、善い死に方ができる、と勝手に思っています。

内田 僕も昨日「予定を立てちゃいけない」という話をしてました。過ぎたことを後悔してはいけない。まだ起きていないことについて取り越し苦労をしてはいけない。これはどちらも実は武道の心得なんです。起きたことを悔いても始まらない。これから起きることは未来のことなので、何が起きるかわからない。それについて、こうなったらどうしよう、ああなったらどうしようと心配してもしょうがない。起きることは起きるし、起きたことはもう起きたわけだから。でも、人は「これからどうなるか」を聞きたがるんですよね。

 そのときの質問はたとえば、「れいわ新選組はこれからどうなるんでしょう?」(笑)。そんなの、僕にわかるわけないじゃないですか。「日本新党みたいになるでしょうか?」って聞かれても、知りませんよ、そんなこと。

 当時とは状況がまったく違うわけだし、政治の世界なんてまさに「一寸先は闇」なわけで。何が起こるか、予測不能な世界ですから。どうして未来について、この想定範囲内に未来が収まって欲しいと考えるのか。僕には正直言って、その気持ちがよくわからない。

 つねに「何が起きるかわからない」と思っていた方がいいと僕は思います。いろいろな可能性を勘定に入れておいて、何が起きても大丈夫なように備えておく。その方が僕はいいと思いますね。次の瞬間に何が起きるかわからないんですから、未来に起きることの可能性を限定するというのは危機管理上まずいでしょう。だから、取材では、「何が起きても、それに対して新鮮な感動で立ち向かえばいいんじゃないですか」と申し上げました。

そういう意味では、僕も「今しかない人」なんですよ。朝起きて、カレンダーを開けて、いつも驚くんです。「あ、今日は東京へ行くのか」って(笑)。今日、成瀬先生に会うというのは、昨日気がつきました。

成瀬 そうですか(笑)

内田 明日の予定を見ないんです。前の日にカレンダーで、「明日は何があるかな」って見るのが好きじゃないんです。僕は明日のスケジュールを確認しないで生きている男なんです。これは、成瀬先生的に言うと正しい生き方でしょう?

成瀬 うん。正しい。(笑)

内田 そう言って頂きました。

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プロフィール

内田樹×成瀬雅春

 

内田 樹(うちだ たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。
思想家。著書に『日本辺境論』(新潮新書)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、共著に『一神教と国家』『荒天の武学』(集英社新書)他多数。

成瀬雅春(なるせ まさはる)
ヨーガ行者。ヨーガ指導者。成瀬ヨーガグループ主宰。倍音声明協会会長。
ハタ・ヨーガを中心として独自の修行を続け、指導に携わる。著書に『死なないカラダ、死なない心』(講談社)他多数。

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