対談

武道家とヨーガ行者が考える、善く死ぬために必要なこと

前編 過剰な善意は必ず過剰な暴力をもたらす

内田樹×成瀬雅春
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一気に正義を実現しようと思ってはいけない

内田 世の中を一気によくしようと思ってはいけません。若いときに学生活動にかかわっていて、一番身にしみた教訓はそれですね。一気に社会正義を実現しようと思ったり、一気に万人の幸福を実現しようとすると、そのための手段として、粛清と強制収容所が必要になる。最初は善意なんですよ。世界が公正なものであってほしい、愛に満ちた場所であって欲しいと願うのは人間として自然なことなんです。でも、その理想を「一気に」実現しようとすると、そのプロセスで暴力がふるわれ、憎しみが生まれる。戦争にしても、大虐殺や政治的粛清も、どれも駆動しているのは「忍耐力のない善意」なんです。

 成瀬先生は「バランス」とおっしゃったけど、僕も一番大切なのは「バランス」や「適度」ということだと思います。

 過剰な善意が、巨大な破壊を生み出す。しけた悪意も破壊をもたらしますけれど、「しけた悪意」がもたらす破壊は「しけた破壊」なんです。過剰な善意がもたらす巨大な破壊とは比すべくもない。

 こう言うと怒る人がいると思いますが、例えばキリスト教というのは「愛の宗教」ですよね。人々を愛によって救済しようとする。でも、いささかことを急ぎ過ぎる憾みがある。だから、キリスト教の名において死んだ人間、殺された人間の数というのは桁外れに多い。

成瀬 その通りだね。 

内田 マルクス主義もそうです。マルクス主義も社会的公正を実現することを目指した。収奪されたすべての人々を救いたいという初発の動機は実に人道的です。でも、弱者に対する憐憫の気持ち、惻隠の情から発したマルクス主義の名において殺された人、殺した人の数もまた桁外れの数になる。動機は素晴らしいんです。でも、理想の実現を急ぎ過ぎた。だから、世の中を一気によきものにしようとする思想や運動に僕は懐疑的なんです。

成瀬 危険ですよね。

内田 過剰な善意は必ず過剰な暴力をもたらす。僕が凱風館でやっているのは、自分の手の届く範囲に公正な社会を実現しようということです。とりあえず、それ以上は欲張らない。

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プロフィール

内田樹×成瀬雅春

 

内田 樹(うちだ たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。
思想家。著書に『日本辺境論』(新潮新書)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、共著に『一神教と国家』『荒天の武学』(集英社新書)他多数。

成瀬雅春(なるせ まさはる)
ヨーガ行者。ヨーガ指導者。成瀬ヨーガグループ主宰。倍音声明協会会長。
ハタ・ヨーガを中心として独自の修行を続け、指導に携わる。著書に『死なないカラダ、死なない心』(講談社)他多数。

 
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