対談

武道家とヨーガ行者が考える、善く死ぬために必要なこと

前編 過剰な善意は必ず過剰な暴力をもたらす
内田樹×成瀬雅春

悪いところを見ると、そちらに体が引きつけられていく 

――冒頭に重い話をしてしまいましたが、暗い世界もあれば、明るい世界もある。だから、世の風潮に絡めとられないというのが大事なのかなと、先生方のお話を伺って思いました。一方で、邪念とか悪い気といいますか、そういうものはあるんでしょうか?
 つまり、考え過ぎることで、世の中がどんどん悪くなっていくというような――。

内田 悪いことを考えると、悪いことが起きますよね。本当にそうなんですよ。悪いところを見てしまうと、そちらに心も体も吸い寄せられていく。

 僕の甥が昔アメリカにいたころにバイクレースをやっていたんですけれど、バイクのレース中に転倒することがありますよね。彼が言うには、そのときに絶対してはいけないことは、転倒した後に立ち上がって、コースから出ようとすることなんだそうです。それが一番危険らしい。転倒したら、とにかくじっとその場にいて、身動きしない。他のバイクを全部やり過ごすまでは動いちゃいけない。でも、ノービス(初心者)のライダーは転倒してもすぐに立ち上がろうとするんだそうです。俺は大丈夫だ、怪我してないということをアピールするためにぴょんと立ち上がって、動き出そうとする。

 そうするとね、ピンポイントで後続車にはねられてしまう。立ち上がって歩き出したところに、後続するバイクが引き寄せられる。コースって幅広いですから、立っているライダーにバイクを当てるのって、狙ったって簡単にはできないわけですけれど、それでもきれいにはねて行くそうです。バイクって高速で走っている時に動くものがあると、ふっとそこに視線がゆくと、吸い込まれてゆくんです。それを聞いたときに、怖いなって。取り越し苦労と同じメカニズムだなと思いました。

 自分の前に危険なものがある、自分を傷つけ、損なうものがある。そう思うと、ついそこに目を向けてしまう。すると、そこに吸い込まれていくんですよね。目を向けただけで。

 だから、そういう危険なものは視野に入れない。そういう危険なものが視野に入りそうなところには、そもそも行かない。そういう怪しげなものと出くわしそうな気がしたら、早々とコースを変えて、はるか手前で遠くへ逃げてゆくというのが、僕の生存戦略です。

成瀬 僕は何でも見ちゃいますね(笑)。けっこう好きだから。

―― 危険なところを?

成瀬 危険なところや、変なものが大好き。だから幽霊的なことも大好きですね。何で出てきてくれないのかなと思っています。出てきたら、僕はもう大歓迎(笑)。

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プロフィール

内田樹×成瀬雅春

 

内田 樹(うちだ たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。
思想家。著書に『日本辺境論』(新潮新書)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、共著に『一神教と国家』『荒天の武学』(集英社新書)他多数。

成瀬雅春(なるせ まさはる)
ヨーガ行者。ヨーガ指導者。成瀬ヨーガグループ主宰。倍音声明協会会長。
ハタ・ヨーガを中心として独自の修行を続け、指導に携わる。著書に『死なないカラダ、死なない心』(講談社)他多数。

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