対談

武道家とヨーガ行者が考える、善く死ぬために必要なこと

前編 過剰な善意は必ず過剰な暴力をもたらす

内田樹×成瀬雅春
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緊張と不安の時代に、「善く死ぬ」とはどういうことか?
好評発売中の『善く死ぬための身体論』は、武道、呼吸、瞑想からヒマラヤでの想像を絶する修行までさまざまなエピソードを通じて、
武道家にして思想家の内田樹氏、
ヨーガの大家、成瀬雅春氏が死について縦横無尽に語り合った新書です。
今回は「善く死ぬために何が必要なのか」についてお話を深める
延長戦という趣向で、改めて対談いただきました。
今回は死についてから、正義論、共同体論について。
(構成=豊島裕三子 撮影=中谷航太郎)

前編 過剰な善意は必ず過剰な暴力をもたらす

 

善い死に方ができない時代

 ――「善く死ぬためには、善く生きなければいけない」というのが本のテーマでした。

先日7月18日に京都アニメーション放火事件があって、まるでテロ行為のように、35名の方が「よくない死に方」を強いられました。また、5月28日には川崎市多摩区登戸で、スクールバスを待つ児童ら19人が殺傷された事件があって、私たちが「善く死にたい」と思っていても、そうはさせてくれない無差別な事件が増えているような気がします。

 京都アニメーションの事件を受けて、元政治家であり弁護士である人物が、容疑者に対して「死ぬんだったら、一人で死ねばいい」と発言しました。

 このような事件で、殺人犯に対して死をもって償う、死を前提にしたような物言いを普通にしてしまうという、善い死に方をするのも大変な時代になってきたと思います。

 内田先生はこの状況についてどのように思われますか。

内田 いきなり冒頭から難しい話を振られてしまいました(笑)。

 たしかに今の日本は、人々の意地が悪くなっているという感じがします。それは、日本だけではなくて、欧米でもそうかもしれない。トランプとか見ていると、利己的で、攻撃的な言葉を口に出すことについて、それがはばかられるという感じがなくなってきているような気がします。

 「自分さえよければそれでいい」という剥き出しの利己心とか心の狭さとか差別意識とか、ふつうなら公共の場では口にすることを自制しなければならないことを抑制なく露出するようになった。どうせ心の中で思っていることなんだから、偽善的に隠したりせず、堂々と言ってしまえばいい。きれいごとを言わずに、本音をずばずば口にする人の方が誠実で、正直で、勇気がある……というような考え方が広まってきているような気がします。

 7月の参議院選挙のとき、僕は、立憲民主党の候補者の推薦人になっていたので、大阪の駅前で三回、街頭演説をやったんですが、そのとき「今の日本人は、デモクラシーの考え方が間違っているんじゃないか」ということを申し上げました。

 10年ぐらい前からでしょうか、日本の有権者たちが、民主制というのは個人の剥き出しの欲望をぶつけ合って、多数を取り合うゲームだと思うようになったのは。勝負なんだから、格好つけることはない。包み隠さずに自分の偏見や利己心や欲望を露出して良いのだ、と。それが人として誠実で正直なマナーであって、偽善に対して、本音をぶつけることに批評性がある、と。そういうふうに思い始めたんじゃないかと思います。

 だから、議員や首長の選挙でも、自分たちの代表者がとりわけ徳性や知性において卓越していることを求めなくなった。それよりはむしろ、自分たちと同じ程度にエゴイスティックで、了見が狭くて、偏見に満ちていて、意地の悪い人間こそが自分たちの代表にふさわしいのではないか……、そういうふうに思うようになった。

 それは与党も野党も一緒で、いつの頃からか、「お茶の間の感覚を国会へ」「生活者の目線で」というようなスローガンをどこの政党も掲げるようになりましたね。僕も最初の頃は、そういう考え方にも一理あると思っていたのです。でも、ある時期から、特に大阪で、「お茶の間感覚」とか「生活者目線」というのが、「市民的常識を踏みにじってでも剥き出しの本音を語ること」と解されるようになった。

「NHKから国民を守る党」という政党が出てきましたけれど、以前ならあの政見放送では議席を得ることなんかあり得なかったはずの政党が国会に一議席を獲得した。投票した人たちは、その綱領や政策に特別に共感したというわけではないと思うんです。NHKを潰すことが現代日本において優先的な政治課題だと思って投票した人はごくわずかでしょう。おそらく投票した人の多くは、ふつう人前では抑制するはずの非常識な態度をテレビカメラの前で示し得たことには「鋭い批評性がある」と思った。こういう仕方で、世の中の偽善や欺瞞を叩き壊すことは端的に「いいこと」なんだと思った。政策は評価しないが、ろくでもない良識を破壊する力は評価する……というロジックで投票した人が多くいると思います。

 でも、これは昨日今日の話じゃなくて、大阪に維新が出てきた時から、ずっとそうなんです。きれいごとを言うな、空疎な理想を語るな、現実の実相はこうなんだ、と。「公的な人間としては心ならずも守るべき建前」を片っ端から破壊していった。そのあげくに、今、僕たちの目の前には救いのない荒涼たる風景が広がっている。

 道徳的な歯止めがもうほんとに効かなくなった。刑事事件で立件されないことなら、何をやっても構わないという道徳的なアナーキーに今の日本はあるわけです。それが日本社会全体を覆っている殺伐さ、非寛容、底意地の悪さの原因だと思います。

 メディアで垂れ流される「嫌韓言説」がまさにそうですけれども、あれは政治的主張のような外見をとってはいますけれど、その本質は幼児的な攻撃性、暴力性を吐き出しているんだと思います。今なら、韓国批判という文脈なら、どんな下品なこと、どんな非道なことを言っても処罰されないから。ある種の人間たちは「処罰されない」という条件が付くと、日頃抑制していた、差別意識や憎悪を剥き出しにすることにきわめて熱心になるんです。

 成瀬先生は、いかがでしょうか。

成瀬 すばらしいです(笑)

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プロフィール

内田樹×成瀬雅春

 

内田 樹(うちだ たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。
思想家。著書に『日本辺境論』(新潮新書)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、共著に『一神教と国家』『荒天の武学』(集英社新書)他多数。

成瀬雅春(なるせ まさはる)
ヨーガ行者。ヨーガ指導者。成瀬ヨーガグループ主宰。倍音声明協会会長。
ハタ・ヨーガを中心として独自の修行を続け、指導に携わる。著書に『死なないカラダ、死なない心』(講談社)他多数。

 
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