日常のコミュニケーションで抱くモヤモヤの正体は「思い込み」と「決めつけ」である―コミュニケーションコンサルタントの𠮷原珠央氏が2023年9月に刊行した『絶対に後悔しない会話のルール』(集英社新書)は、そのような「思い込み」と「決めつけ」を回避するためのルールを指南する一冊である。
今回の記事では【前編】に引き続き、30万部のベストセラー『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)の著者、安達裕哉氏と𠮷原氏が対談。
後編ではコミュニケーションのロジックのつけ方から、感情の伝え方、質問への答え方、はたまたChat GPT以降のコミュニケーションの在り方まで、会話を考え直すためのヒントを語りつくす。
片付けとコミュニケーションの共通点
𠮷原 安達さんのベストセラーが、こんまり(近藤麻理恵)さんの本をベンチマークにされていたとは。驚きましたが、納得もしました。安達さんの本も、「感情」と「ロジック」のバランスが素晴らしいから。ちなみに私も整理整頓が好きなんですよ。安達さんもお好きですか?
安達 いや、私は苦手です(笑)。
𠮷原 私がコミュニケーションのコンサルタントを仕事にしている理由は大きく二つあって、一つは、語学力とか、財務力とか、「~力」と呼ばれる知識が世の中にいろいろとある中で、私自身はコミュニケーション能力にいちばん興味があって、高めていきたいと考えているから。もう一つは、トレーニング作りが得意なんですよ。コミュニケーションに課題のある人がいらっしゃったら、こういうトレーニングをしたら、こういう能力がアップするだろうと考えるのが好き。その過程でキモになるのは「分解」です。自分も人も、「分解」していくことで、課題が見えてくるんです。
安達 面白いですね。アスリートみたいだ。確かに𠮷原さんの本、目次もかなり細かく、セクションごとに分解されていました。
𠮷原 たとえばクローゼットを片付けるとき、一度、すべての物を全部出しますよね。で、必要なものとそうでないものを分けるわけですが、これが「分解」だと思うんですね。
安達 なるほど。
𠮷原 そこから必要なものだけを、適切な場所に適切な順序で収め直していくわけですが、これは、コミュニケーションの「道筋」をつける作業に似ていると思います。私の本で言えば、「ちょこっとアクション」を起こすとか「確認作業を入れる」とか。
安達 私の本で言うと、「道筋」をつけるのに参考にしたのは『七つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー著)ですね。大好きな一つの本で、あの本の良いところは、順番がはっきりしているところです。何から始めるべきか、優先順位が明確だからこそ、迷っている人の指針になる。この本に倣って、私は「7つの黄金法則」を載せ、「その1」に「とにかく反応するな」を持ってきました。コミュニケーションって、パッと返す必要はないんです。
𠮷原 道筋って「ロジック」の部分だと思いますが、それがすっと入ってくるのは、「感情」の部分があるからですよね。<前編>でもお話しましたが、コンサルティング会社に長く勤めながらも上から目線でない正直な方だという好感や共感を、読者は冒頭から安達さんに抱いている。だから、この人の真似をしてみようと、読者は思うのかもしれません。
“ロジック以外”を磨いた地獄のトレーニング
安達 ありがとうございます。さきほど𠮷原さんは、コミュニケーションに興味があるからこういう仕事をしているとおっしゃいましたが、私はもともとコミュニケーションは得意ではなくて、むしろ苦手でした。研究者になろうと思っていたので、対モノはなんとかなるけど、対人間には苦手意識があった。研究者の夢を諦めたときにコンサルティング会社を選んだのも、ロジックの世界だろうと思っていたからです。ところがコンサルタントのコミュニケーションって、中身であるロジックもまあ大事なんですが、同じくらい、伝えるときの感情や方法、伝える場所、タイミング……といった「ロジック以外」が重要だったんです。それらは、訓練なしに身に付かなかったと思います。
𠮷原 どんな訓練をされたんですか?
安達 一番やったのはロールプレイですね。社内のロールプレイは、実際のお客さんよりよほど厳しかった。社長がお客さん役をやるので、「安達さん帰って」とか、平気で社長に言われます。
𠮷原 ロールプレイとはいえ、それは傷つきますよね。
安達 はい。新人からベテランまで、年次に関係なくやらされるので、先輩のエレガントな対応を見て、自分のどこがダメかを自覚するんです。その上、「安達さんは自分の話が多すぎる」「社長に8割はしゃべってもらわないとだめ」とかダメ出しをされて、また2週間後にやると。
𠮷原 地獄のトレーニングですね。ただ、視点が定まった「社長」がお客様役をやってアドバイスをするから、効果的なのだと思います。私もロールプレイの相手役を務めることがあるんですが、アドバイスって、聞いた人ごとに意見が違ってきますよね。たくさんの人に聞く利点もあるのですが、効果的・効率的なのは、視点が定まった人、目的が定まった人に聞くことです。
安達 聞きやすい人じゃなく、ですね。
𠮷原 そうですね。ただ、傷つきやすい人には、良い点を見つけて、励ますことも必要だと思います。
安達 そうですよね。傷ついて何度会社を辞めようと思ったことか……。最近は、新人が辞めちゃうので、私の頃と同じようにはやってないようですが。ただ、このロールプレイで私のコミュニケーション能力が鍛えられたことは間違いないです。
絶対に答えてはいけない質問がある
𠮷原 そんな安達さんでも、コミュニケーションで難しいと思うことってありますか?
安達 たとえばメールは難しいですね。もちろん内容によりますが、いまだに1本書くのに30分とか1時間かかります。際どいメールはもっとかかります。
𠮷原 最長でどのくらい?
安達 1週間くらい。
𠮷原 そんなに!
安達 トータルで、ですけどね。コンサルタントにはいろんな質問が来るのですが、めちゃくちゃ答えづらい質問も来るわけですよ。回答するのに必要な条件がそろっていないと、とくに時間がかかる。例えば、あるプロジェクトに管理職の自分がアサインされたんだけど、自分以外のメンバーは役職のない平社員だと。自分の役割は何でしょうかと、聞いてきたりする。そんなこと、私がわかるわけないでしょうってびっくりしますが、こういうご質問、よくあります(笑)。
こういう場合、まず、上司にこれを確認しましたか? 聞いてないなら、これとこれとこれを順番に確認してくださいと、条件を詰めていくしかないんです。そうしたやり取りの末に、私から申し上げられることをお返事する。全体に1週間くらいかかるということです。
𠮷原 以前、似たようなエピソードを本に書きました。地方の知人から、「東京に行くんだけど、おススメのお店ない?」って、ポーンと投げられて、困った経験があるんです。人数は何人なのか、和洋折衷の何が好みなのか、東京のどこに宿泊するのか、どのくらいの時間があるのか……等々、こちらから確認しないと答えられない。人に質問するときには、しかるべき条件を伝えることが大事、ということを書いたんです。
安達 おっしゃる通りです。適当に返信しちゃえばいいのかもしれないけど、それはそれで申し訳ないので。
𠮷原 そこが安達さんのプロフェッショナルなところですよね。ただ、質問する方には、安達さんの本を読んで、質問力を上げていただきたい。
安達 一方で、絶対に答えてはいけない質問もあるんです。上司から言われたんですが、経営者から「人事」について聞かれたときは、絶対に答えるなと。けっこうカジュアルに聞かれるんですよ。社長から「安達さんは○○さんのこと、どう思う?」とか。
𠮷原 すごくありそう。どうやってかわされるんですか?
安達 「ああ、○○さんって、あの時にお会いした方ですよね。社長は何か気になることがあるんですか?」とか。
𠮷原 お上手。自分の意見は言わないんですね。
安達 はい。人事に関することは、絶対に意見を言ってはいけないと教えられました。「安達さんがこう言ってたからお前は外れてもらう」なんてことになったら取り返しがつかないので。私たちには責任が取れませんから。
𠮷原 安達さんのように言葉に責任をもってくれるコンサルタントばかりだといいですが、軽い気持ちで答えてしまう人も少なからずいるような気がします。自分の発言がどこに、どのように影響するのか……、想像力の差が出る局面なのだろうとお聞きして感じました。
ChatGPT vs人間のコミュニケーションお化け 勝敗を分けるものは?
安達 「質問」に関連して言うと、私、7月にChatGPTに関する生成系AIの会社を立ち上げたんです。今話題の生成AIと人間の会話には大きな違いが一つあって、それは「質問」するかどうかです。ChatGPTが積極的に質問することって、今のところない。人間が「質問してください」と求めれば質問してくれるんだけど、ChatGPTから自発的に質問してくれることはない。
それに対して、人間には、“コミュニケーションお化け”がいますよね。
𠮷原 いますね。ものすごく気が利く人とか。
安達 そう。本人が気づいていなかったり意識していないようなことを、積極的に聞き出してくれる稀有な能力の持ち主が人間にはいる。職業でいえば高級ホテルの接客係とか、コンサルタントもそうだし、学校の先生はじめ、先生と呼ばれる職業の人もそう。「何か困ってることがあるんじゃないですか?」と投げかけるような能力は、生成AIにはないものです。そのうちできるようになったらすごいことなんだけど……、今はできないわけで、逆に言えば、人間が聞かれたことに答えてるだけなら、ChatGPTに負けますよ、という話です。
𠮷原さんは、AIの進化が人間の会話に与える影響をどう考えていますか?
𠮷原 ミラーリング効果ってありますよね。相手の仕草や言動を真似すると、相手が安心して自分に親近感や好感を抱くようになると、心理学で言われていわれているんですが、これを学んだ大学生の男性が、デートで実践したんです。喫茶店に入って、女子学生が頼んだものと同じものを注文し、同じような話をして……とやっているうちに、彼女がだんだんつまらなそうになっていって、「私、もう帰る」と。すると男子学生も、「じゃあ僕も帰る」と。
安達 終わっちゃった(笑)。
𠮷原 という話を聞いたことがあるんです。結局、こういうコミュニケーションって、AIでもできるんですよね。じゃあ、人間しかできないことは何かといったら、目の前で女の子がつまらなそうにしているのに気づいて、いったんミラーリングをやめてみるとか、「帰る」と言ったとき、咄嗟に止めたり追いかけたりする……といった、オリジナルなコミュニケーションなのではないか。その場の空気感、肌感覚といった非言語を含む手がかりから、その場にふさわしいコミュニケーションを作り上げていくことは、人間しかできないことだと思っています。
安達 本当にそうですね。
𠮷原 だからどれだけAIが進化しても、私たちの人生を盛り上げていくために、人間同士のコミュニケーションは続いていくと私は思っていますね。
安達 それに伴って、“コミュニケーション本”も盛りがると。𠮷原さんの本が出て、コロナ明けのコミュニケーション本市場がますます盛り上がるといいなと思っています。
𠮷原 安達さんの本にあやからせてもらえたらと思っています。今日はありがとうございました。
構成:砂田明子 撮影:内藤サトル
プロフィール
よしはら たまお
1976年生まれ。コミュニケーションコンサルタント。日本行動分析学会会員。ANA(全日本空輸株式会社)、証券会社、人材コンサルティング会社などを経てコミュニケーションを専門とするコンサルタントとして2002年にDC&ICを設立し、ビジネスパーソン向け研修、講演活動などを実施。著書に20万部ベストセラー『自分のことは話すな 仕事と人間関係を劇的によくする技術』『その言い方は「失礼」です!』(幻冬舎新書)など、多数。
あだち ゆうや
1975年生まれ。筑波大学大学院環境科学研究科修了後、理系研究職の道を諦め、給料が少し高いという理由でデロイト トーマツ コンサルティング(現アビームコンサルティング)に入社。品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事し、その後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのちに独立。現在はマーケティング会社「ティネクト株式会社」の経営者として、コンサルティング、webメディアの運営支援、記事執筆などを行う。また、個人ブログとして始めた「Books&Apps」が“本質的でためになる”と話題になり、今では累計1億2000万PVを誇る知る人ぞ知るビジネスメディアに。 Twitter:@Books_Apps