小規模予算チーム、スズキは2021年のMotoGPを連覇するか!?

MotoGP最速ライダーの肖像 2021

西村章
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4月16日に『MotoGP最速ライダーの肖像』(西村章・著/集英社新書)が発売される。そこで、今シーズンのMotoGPの世界と、そこで戦うライダーの実像を短期連載でお届けしていく。第2回の今回は、コロナ禍の中、変則的な形で行われた2020年シーズンのチャンピオン、ジョアン・ミルとスズキチームだ。3月28日に行われた開幕戦は王者らしいクレバーな走りで、最後の最後に表彰台獲得…と思いきや、最終コーナーでのミスで惜しくも4位。はたして今回はどうだったのか? レースと彼自身、チームのことについて解説していこう。

2020年のチャンピオン、ジョアン・ミルとスズキGSX-RR(©www.suzuki-racing.com)

 

 2021年4月4日(日)に決勝レースが行われた第2戦のドーハGPは、前週の開幕戦と同じくカタールのロサイルインターナショナルサーキットが戦いの舞台になった。同一会場で2週連続レースという開催方式は、世界中に蔓延する新型コロナウイルス感染症への対応として、できるかぎりレース数を維持するために昨シーズンから実施されている特殊なフォーマットだ。この形式を踏襲し、第2戦も開幕戦と同様にナイトレースとして実施された(ちなみに、舞台を欧州へ移す第3戦以降のレースでは、このような〈ダブルヘッダー〉は当面のところ予定されていない:4月8日現在)。

 この第2戦で優勝を飾ったのは、ヤマハファクトリーチームのファビオ・クアルタラロ。前週の開幕戦を制したマーヴェリック・ヴィニャーレスに続き、ヤマハファクトリーの両雄が開幕2戦をきっちりと押さえた格好だ。

第2戦ドーハGPで優勝したヤマハのファビオ・クアルタラロ。開幕戦のヴィニャーレスに続き、これでヤマハは2連勝。(写真/MotoGP.com)

 一方、昨年のチャンピオン、スズキのジョアン・ミルは、開幕戦で激しい表彰台争いを繰り広げ、最終ラップには2番手の位置で最終コーナーを立ち上がった。だが、その直後につけていたドゥカティ勢サテライトチームライダーのヨハン・ザルコと同陣営ファクトリーライダー、フランチェスコ・バニャイアの2台がゴールライン手前の直線でドゥカティ独特の猛烈なエンジンパワーを発揮してミルを抜き去り、それぞれ2位と3位でゴールしたため、ミルは僅差の4位でゴール。ミルのチームメイトで、昨年ランキング3位のアレックス・リンスは、6番手でチェッカーフラッグを受けてレースを終えた。

 ミルは最終ラップにドゥカティ2台にやや無理めの勝負を仕掛けた結果、最終コーナーでそのお釣りをもらったような格好になった。その勝負に至った理由については、「開幕戦だからイチかバチかの勝負をしようと思った」とレース後に明かした。「フィニッシュラインまでのストレートで、2台に後方からロケットみたいに追い抜いかれてしまったのは悔しいけれども、このリザルトは100パーセントでがんばった結果。次回からは(冷静に戦局を見据えて)しっかりと戦いたい」と納得の表情で語った。チームメイトのリンスも、6位で終えたことについて「ペースは良かったし、レース中のフィーリングも悪くなかった」とポジティブに22周のシーズン開幕戦を振り返った。

 翌週の第2戦は、上述のとおりクアルタラロが制して、ヤマハファクトリーが2戦連続で優勝。2位はドゥカティサテライトのザルコ、3位にザルコのチームメイトで最高峰クラスルーキーのホルヘ・マルティンが入った。スズキのミルとリンスもレース序盤から表彰台圏内の激しいトップ争いを続けたが、ミルはレース中にドゥカティファクトリーのジャック・ミラーと何度か走行ラインが交錯し、最後は7位。リンスは表彰台目前の4位で終えた。

2位、3位にはドゥカティのサテライトチーム、ヨハン・ザルコと新人のホルヘ・マルティンが入った。ザルコは2戦連続2位で現在ランキングトップに。(写真/MotoGP.com)

 エンジンの動力性能よりもバランスの良い取り回しと優れた旋回性、穏やかなタイヤマネージメントを武器とするスズキのマシンキャラクターにとって、カタールのロサイルインターナショナルサーキットはどちらかといえば不得意なコースだ。その2連戦を終えて、シーズン順位をトップと大差のないランキング5位(リンス)と6位(ミル)で滑り出したのだから、ロケットスタートとまではいかなかったものの、長いシーズン全体を見据えるならば、スズキ陣営はまずは許容範囲のスタートを切った、というべきだろうか。

 スズキのチームダイレクター・佐原伸一の目から見ても、このカタール2連戦はまずまずの内容であったようだ。最初のレース、カタールGPを終えた際には、佐原は自分たちのパフォーマンスについて以下のように評した。

スズキチームダイレクターの佐原伸一氏。(©www.suzuki-racing.com)

「順位や結果そのものには100%満足をしていないし、最後の最後に表彰台を逃したことはがっかりしたところもあります。でも、それを上回るチームのレース運びやオートバイの準備の進めかたなどについては、満足できる内容でした。ここカタールはちょっと独特なコースで、しかもナイトレースだから様々な条件も特殊なので、ここのレースだけでシーズン全体を占うのは難しいのですが、それでも我々が戦闘力としてどのくらいの位置にいるのか、ということは、ある程度予想していたとおりの絵が描けそうだなということがわかったレースでした」

 決勝レースで後方からじわじわと追い上げて、やがて激しいトップ争いに加わってゆく展開はスズキ陣営が得意とする戦いかただ。チャンピオンのミルは、2020年のレースでは11番手や12番手という低位置からのスタートでも表彰台を獲得している。チームメイトのリンスも、10番手からのスタートで優勝したことがある。ただし、この予選順位をもう少し前方に位置できていれば、決勝レースで追い上げに要する労力が減って余裕のある戦略を組みたてられるようになる、ということも事実だろう。その意味で、この予選順位の低さは、スズキが積年の課題としてきたことでもある。

 土曜午後に行うMotoGPの予選は、金曜と土曜午前の練習走行で速かったグループと遅かったグループに二分して、各15分の時間枠で実施する。全選手がこの制限時間内で乾坤一擲のタイムアタックを行い、そのタイム順に決勝のグリッドを決定する。ただし、100mを全力で疾走するタイムと、マラソン全距離を走行する際の100m通過タイムが異なるように、予選のアタックで叩き出すラップタイムはもちろんレース全周回で記録できるわけでない。

 つまり、予選の一発タイムだけを見ただけで各選手の決勝レースの有利不利を占うのは、やや早計にすぎる、というわけだ。だが、予選と決勝の両方をうまくマネージメントできる陣営もあれば、予選で高いパフォーマンスを発揮しても決勝で影を潜めてしまうケースもある。

 スズキの場合は、土曜の予選でやや苦労を強いられてグリッドは全体の真ん中あたりになってしまうものの、日曜の決勝ではその不利を一気に巻き返して順位を上げてゆく、という戦い方が2020年シーズンに何度も見られたレース展開で、それは今年のカタールでも同様だった。

 彼らがレースに勝つときの爽快感は、たとえていえば低予算映画で思わぬ傑作に遭遇したときのカタルシス(たとえば『レザボア・ドッグス』や『エル・マリアッチ』、近年なら『カメラを止めるな!』のような)に近い心地よさがある。

 開幕戦カタールGPの予選結果は、リンスが3列目9番グリッド、チャンピオンのミルが4列目10番グリッド。第2戦ドーハGPでは、リンスとミルは3列目8番グリッドと9番グリッド。両レースでこれらの位置からスタートしたふたりは、周回ごとに順位を上げて、やがてトップ争いに食い込んでいったものの、スタート位置の低さはやはりいかんともしがたい。この現状について、佐原は以下のように説明する。

スズキのもう一人のライダー、アレックス・リンス。開幕戦は6位、第2戦は4位に入った。(©www.suzuki-racing.com)

「これはライダーだけの問題、あるいはマシンだけの問題、というものではなくて、パッケージ全体の問題なんでしょう。ウチの特徴は、息を止めてとにかく攻め込めばタイムが出る、というバイクではない。やはり、コーナリングスピードの速さや切り返しの鋭さを強みとしているので、きれいに旋回できないほど突っ込んでしまったり、コーナーから無理に立ち上がろうとしたりすると、バランスが崩れる部分があるんでしょうね。併せて、タイヤのマネージをしやすい作り方にしているので、一気にタイヤに力を入れて速く走るために機能させる、ということは比較的苦手としているのも事実です」

 スズキが抱えるこのタイムアタックの課題は、チーム内外からずっと指摘をされてきたことがらだ。昨年も顕著だったこの傾向は、今年の開幕2戦を見る限り、ある程度踏襲されているようだが、なんらかの改善や進歩はあるのだろうか。

「シーズン前のテストでもそうだったのですが、いまは少しずつトライをしているところです。でも、重点を置くのはやはり、レースバイクとしての仕上がりが中心なので、予選1ラップのアタックはどうしても少しプライオリティを落としたところになってしまいます。予選の1ラップは、どういう傾向にバイクを動かすとどうなるのか、ということを試しながらやっている最中です。そんなに慌てないで、今年のシーズン前半くらいに向上すればいいのかなあ、と思っています。オートバイのハードのところだけではなくて、予選の戦い方、チームとしての作戦の採り方も含めてですけどね。

 去年までは、ウチはスタートダッシュがいいので、3列目や4列目のグリッドでも1コーナーに入るころには少し順位を上げて、1周目が終わる頃にはさらにまた少し順位を上げる、ということをできていました。でも、今は各社のスタートが良くなったので、それもあまり簡単じゃなくなった、というのがじっさいのところです。なので、我々も本腰を入れて少しずつトライしていこう、と思っているところです」

 冒頭で述べたとおり、カタールの開幕2連戦はヤマハファクトリーが2連勝し、ドゥカティ陣営はサテライトチームも含めて強烈なパフォーマンスを発揮した。ディフェンディングチャンピオンのスズキを率いる佐原は、今シーズンのパワーバランスをどう見ているのだろう。

「ライバルは、メーカーにかかわらず全員です。去年は、『アプリリア以外は全部かな』と言っていたんですが、今年はアプリリアも速くなっているので、そういう意味では誰ひとりとして、このメーカーやこの選手は安心だ、などということはないですね。それは新人選手も含めて。カタールでは、ホンダさんとKTMさんは苦しんでいたようですが、でも、あれが彼らの実力だとはまったく思いません。

 そのなかで、オートバイとライダーをセットとしたパワーバランスで考えると、ジョアンはやはり、チャンピオンを獲っただけの頭のキレ、乗り方のキレ、の両方を備えていることはまちがいないと確信しました。それがあるからこそ、カタールのレースではあのポジションを走ることができた。自分たちのライダーにはたしてこういういいかたをしていいのかどうかわかりませんが、『さすがチャンピオン。我々は今シーズンのタイトルを争うなかに入っていく力があるな』とは思っています」

一発の速さでは劣るものの、コーナリングスピードや切り返しのキレ、タイヤへの優しさで決勝では強さを見せるスズキのGSX-RR。その特性を上手く使い、ミルは昨年王者に輝いた。(©www.suzuki-racing.com)

 

 佐原が言う「全メーカーの全選手がライバル」というところをもう少し詳しく見ていこう。

 現在のMotoGPには、日本からホンダ、ヤマハ、スズキ、そしてイタリアからドゥカティ、アプリリア、という5社が参戦している。これらのマシンを駆り、2021年シーズンに参戦するライダーは22名。彼らはいずれも、上記メーカーのファクトリーチームもしくはサテライトチームに所属している。ファクトリーチームとは、MotoGPの技術仕様規則に合致したレース専用オートバイを製造するメーカーが運営に直接携わり参戦している形態のチームで、〈ワークス〉という呼称が用いられることも多い。

 サテライトチームは、それらのマシンをリースあるいは購入する形で参戦しており、いわばそのメーカーの〈系列〉のようなチームとして存在している、ともいえるだろう。余談になるが、これらサテライトチームは各メーカーのマシンを使用するとはいえ、各企業の下請け組織ではないため、近年では独立独歩の団体というニュアンスの〈インディペンデント〉チームという呼称が用いられることも多い。

 これら各陣営のなかでも長年最強を誇ってきたのが、ホンダだ。21世紀の20年間を振り返るだけでも、11シーズンを制している。2番目は、7回のタイトルを獲得したヤマハ。21世紀の残る2年は2007年にドゥカティ、そして、昨年の2020年はスズキがそれぞれチャンピオンを獲得している。

 彼らがチャンピオンを獲得した各シーズンの王座獲得に至る背景には、それぞれに異なるドラマがある。だが、なかでも昨年のスズキのタイトル獲得は、世界じゅうが新型コロナウイルス感染症の蔓延に翻弄されるという予想外のできごとも後景となって、いくつもの劇的な要素が偶然と必然を織り交ぜながら様々に交錯して人々の心を強く揺さぶった。2020年は、近年でも屈指のドラマチックなシーズンだったといっていいだろう。

 とくにスズキの場合は、ホンダ、ヤマハ、ドゥカティと違ってサテライトチームを持たず、ファクトリーチーム2選手のみで戦い続けてきた小さな所帯の組織である。さらにこの20年の間には、企業の経営判断によるMotoGP活動休止とそこからの復活、という波瀾のできごともあった。それだけに、彼らの2020年チャンピオン獲得は、等身大の人間たちが知恵と工夫の総力を結集して並み居る巨人の群れを倒した〈ジャイアントキリング〉、という印象がなおさら強い。しかも、その難事業を達成したのは、鈴木式織機株式会社設立100周年、スズキのグランプリ参戦60周年という記念すべき節目の年である。

会社創立100周年、グランプリ参戦60周年の昨年、20年ぶりにタイトルを獲得したスズキチーム。(©www.suzuki-racing.com)

 現実の世界では、往々にしてフィクションが遠く及ばないほど強烈に人々の心を撃つできごとが発生する。

             

 ところで、オートバイはそもそも四輪車と比べると趣味性の強い乗り物である。だからこそ、各社のバイクには熱狂的なファンに支持される独特のイメージやカラーがある。メーカー自身もまた、その重要性を強く意識し、ファンやユーザーへ向けて独自の存在感を訴求しようと努力を続けている。この目的を達成する有効な手段として、二輪モータースポーツの頂点であるMotoGPへの参戦は、自社のブランディング強化に格好の素材といえるだろう。

 たとえばホンダは、まだ新興企業にすぎなかった1954年に本田宗一郎がマン島TT(ツーリストトロフィ)への参戦を宣言する檄文を発表し、1961年に125ccクラスで初優勝を達成。以後、全クラスで通算801勝(2021年第2戦終了時現在)という圧倒的な勝利を重ねて、グランプリ界に君臨してきた。その覇権に挑み続けるヤマハは、通算511勝。強者のホンダに挑む挑戦者という立場だが、バレンティーノ・ロッシという世界的スーパースターを擁する圧倒的人気陣営でもある。

 同じ日本メーカーでも、スズキの場合はこれら2企業とはさらに色合いを異にする。

 1946年から現在までの総勝利数は160。ホンダやヤマハと比較したときの、この勝利数の違いに、スズキの「第三極」としての立ち位置が象徴されている、といえるだろう。

 前述のとおり、21世紀の20年間でホンダは11回(バレンティーノ・ロッシ3、ニッキー・ヘイデン1、ケーシー・ストーナー1、マルク・マルケス6)、ヤマハは7回(バレンティーノ・ロッシ4、ホルヘ・ロレンソ3)のチャンピオンを獲得している。一方で、2020年にジョアン・ミルが王座に就いたスズキの、前回のタイトル獲得は20世紀最後の2000年、ケニー・ロバーツJrによるものだ。さらにその前はというと、1993年のケビン・シュワンツまで遡る。

 このケビン・シュワンツ、あるいはもっと時代を遡って1970年代から80年代にかけて活躍したバリー・シーンの時代から、叛骨心や独立不羈(ふき)の精神はスズキのライダーたちに脈々と受け継がれてきた。2000年のチャンピオン、ケニー・ロバーツJrの場合は、そこまで強烈な叛骨心を感じさせるライダーではないかもしれない。だが、この時代にもスズキの精神性を象徴する人物はいた。「レースは、戦う以上勝つのが当然。チャンピオンシップは獲るのが鉄則なんだから、何を措いても絶対にそれを獲りにいく」、そう喝破して当時のチームとレース活動を率いた繁野谷忠臣だ。

 彼らのような強烈な個性は、世紀を跨ぎ2000年代も20年が経過して、現代ではさらに薄くなっているようにも見える。だが、表面上こそ穏やかにも見えながら、じっさいにはやや形を変えて、今のスズキにもその精神性はたしかに連綿と受け継がれている。それを受け継ぐひとりが、昨シーズンいっぱいでスズキを去ってF1へ移った、元チームマネージャーのダビデ・ブリビオだ。

スズキに20年ぶりのタイトルをもたらした立役者のダビデ・ブリビオ。今季はF1に移ってしまったが、それがかえってチームの一体感につながっている。(©www.suzuki-racing.com)

 ブリビオは、スズキが2011年末にMotoGP活動を休止した後、再開を目指して模索を続ける時期にチームマネージャーに就任した。彼はまた、2000年代のヤマハ最強時代を、バレンティーノ・ロッシとともに作り上げてきた人物でもある。しかし、最強時代のヤマハと違い、2015年に新たなプロジェクトとしてゼロから活動を再開したスズキは、いわば赤子のような存在だった。

 強いチームを作ろうと思うと、強いライダーがいる。しかし、強いライダーは強いチームにしか興味を示そうとしない。この鶏と卵のパラドックスを打破するために、「ならば、わたしたちは自分の力で強いライダーを育成し、強いチームにしてみせる」、ブリビオはそう宣言して、地道で迂遠にも見える作業に着手した。

 ブリビオ率いるスズキは、2017年にアレックス・リンスを抜擢。当時、21歳。ジョアン・ミルもまた、2019年に21歳でチームへ抜擢された。チームはふたりをチャンピオン争いのできるライダーへ育て上げ、その結果、ミルは2020年の王座を獲得。リンスは年間ランキングを3位で終えたのは、すでに冒頭でも触れたとおりだ。

 ディフェンディングチャンピオンとして2021年シーズンを戦うことになったスズキだが、予想外のできごとが待ち受けていた。ブリビオがチームを離脱してF1へ移ることが、新年早々に明らかになったのだ。

 ブリビオが去った後、現在のチームを支えているのがチームダイレクターの佐原伸一だ。

 佐原は、スズキがMotoGP活動を休止する以前からテクニカルマネージャーとしてレース現場と日本のマシン開発に携わっていた。その意味では、現在のスズキのMotoGP活動をもっともよく知る人物、といっていいだろう。一時は社内で量産車部門へ移ったものの、ふたたびレースへ復帰し、現職に就いた。現在のスズキは、ブリビオの後任チームマネージャーを置かず、佐原たち7名の合議制による〈マネージメント・コミッティー〉で運営を行っている。このメンバーは、佐原と現テクニカルマネージャーの河内健、ミルとリンスの各チーフメカニックたち、といったメンバーで構成されている。

「〈コミッティー〉といっても、じっさいはそんなにかしこまったものじゃないんですよ。ふだんからサーキットにいるメンバーなので、いつも話し合っていることが日常になっているだけで、去年から今年になってなにか変わったのかというと、とくに変わっていないんです」

 現在の合議制でチームの意思決定が稼働できるようになったのは、矛盾するような表現だが、チームを抜けたブリビオの功績でもある、と佐原はいう。

「ダビデがいなくなったとき、いったんは皆が『やばい』『どうなるんだ、大丈夫か』と感じたと思うんですよ。でも、お互いの関係性を崩しちゃいけない、という気持ちが強く働いたのか、個々の責任感がより強くなったようにも思いますね。だから、いますぐにダビデの後任を外から連れてくるのではなくて、皆がひと肌脱がなきゃ、と思ってくれて『いまここにいるオレたちでチームを回していこうぜ』という結論になった。この、ひとりひとりが自立したパフォーマンスを発揮して、〈自分のテリトリー+α〉のことをできるようなチームを作ったのは、じつはダビデなんですよ。だから、彼の功績は非常に大きいし、彼がチームを離れたいまでも感謝をしています」

 いまのスズキはまさに、雨降って地固まる、ということわざどおりの状況だろうか。

           

 スズキはサテライトチームを持たない、ファクトリーの1チーム体制であることはすでに述べたとおりだ。また、そのファクトリーチームも他陣営と比較すれば小さな予算規模で運営されていることも、なかば公然の事実となっている。スズキの関係者自身が、自分たちの所帯の小ささをときに自虐的な笑いのネタにすることも珍しくない。

 しかし、というか、あるいは、だからこそ、というべきか。他陣営よりも規模の小さなチームで世界チャンピオンを獲得したことに対する彼らの自負は、スズキの熱狂的ファンたちが自分たちを〈スズ菌〉という卑称で呼ぶ、少し屈折したようでいてじつはこのうえなくまっすぐな深い愛情と共通するものがあるかもしれない。この〈スズ菌〉という呼称は、現社長の鈴木俊宏もときに面白がって口にすることがある。そんなところにも、この会社の独特な企業色が象徴されているように思える。遠州駿河は温州みかんとハンバーグチェーンのさわやか、そしてスズ菌の世界に冠たる産地、なのである。

 そのスズキが来シーズンにサテライトチームを持つのかどうか、ということが、2021年のMotoGP界の大きな注目のひとつになっている。マシンのポテンシャルが高いことは、2020年のタイトル獲得ですでに実証済みだ。

「幸い、スズキに興味を持ってくれるチームや組織がいくつかあって、レースの現場ではいろんなチームとそういう話もさせてもらっています」

 さまざまな交渉が水面下ですでに行われていることは、佐原もすでに認めている。問題はむしろ、社外ではなく社内の調整にあるようだ。

「私個人としては、サテライトを持った方がいいと思っています。ただ、サテライトを持つとすればオートバイの台数は必然的に増えて、作るモノの量も増えます。自分たちには、そのキャパシティがあるのかどうか。スズキがサテライトを持って来シーズンは合計4台になるのか、あるいはファクトリー2台のままなのか、ということは、正直なところまだクリアになっていません。

 経営陣のなかには、サテライトチームを持ったほうがいいと思ってくれている方もいるだろうし、逆に、2台体制でチャンピオンを獲れたのだから今の体制を続けたほうがよいのではないか、と思っている人もいるかもしれない。たしかに、2台体制がいいという考え方にも一理はあるんですよ。よその台所事情は知りませんが、ウチは人数も予算もおそらく少ないのではないかと思いながらレースを運営しているけれども、逆にそれがメリットになっている面もある。人が少ないということは、全体を見渡しやすくコントロールしやすい、ということでもありますから。だから、いまの我々の組織は、ひょっとしたら自分たちの能力にちょうど合ったサイズ感なのかもしれません」

 とはいえ、できればサテライトチームを持ちたいと佐原が思う理由は、台数増加で獲得データが増えて開発に寄与することに加え、MotoGPのグリッドにスズキのバイクが増えることがブランド認知の向上に繋がる、と考えているからだ。

「よく勘違いされるのは、ちゃんとモノを売ってお金を儲けたらレースをやっても良いよ、という人もいるんだけど、そうじゃなくて、むしろ儲けるためにこそレースをやるんじゃないの、と私は思うんです。ただ、そうはいっても、日曜日にレースで勝ったから月曜にオートバイが売れる、という単純なものでもない。費用対効果を明確に数値化できないのが、プロモーションとしてのレース活動を評価する際の難しいところです。それでも、レースはスズキのブランド力、知名度を上げるということには間違いなく役に立っている。だから、これからもプロとして、仕事として、レースに向き合っていかなければいけない、と思っています」

 そうであるとすれば、佐原たちスズキファクトリーチームの〈マネージメント・コミッティー〉が2021年シーズンに目指すべきものは、ジョアン・ミルもしくはアレックス・リンスが王座を獲得することによるスズキのタイトル連覇と、2022年にサテライトチームを持って陣営の勢力を広げること。それが彼らにとってなによりの、レース活動を通じたブランドプロモーションであり、自分たちの所属する企業に対する最大の貢献だろう。

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

 
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