ホンダ、ヤマハ、スズキ…日本メーカーはなぜMotoGPでこんなにダメになったのか

MotoGP最速ライダーの肖像2022
西村章

 MotoGP2022年第14戦イタリア・サンマリノGPで、現役最年長選手のアンドレア・ドヴィツィオーゾがレース活動に終止符を打った。シーズン半ばでの引退は異例だが、ある意味では、何ごとも理路がハッキリしている、非常にこの人らしい幕の引き方にも見える。

 2020年限りで8年間在籍したドゥカティファクトリーチームを去ったドヴィツィオーゾは、21年は休養期間に充て改めて22年の再開を目指す、と話していた。ところが、21年のシーズン中に複数の選手たちがチームを移る事態が発生し、その影響でヤマハサテライトチームにぽっかりと空席ができることになった。そのシートを埋めるに格好のライダーとしてドヴィツィオーゾへ白羽の矢が立ち、9月半ばのサンマリノGPで復帰。しかし、ヤマハのマシン特性と自らのライディングスタイルの合わせ込みに苦労が続いた。そして、思うような成績を残せないまま、1年後にその同じサンマリノGPで現役活動を締めくくった、というわけだ。

2001年イタリアGPの125ccクラスで世界選手権デビュー。MotoGPでは248レースを戦い62表彰台を獲得した(写真/MotoGP.com)

 ドゥカティ時代は、ファクトリーチーム復活の原動力となったのは衆目の一致するところで、現在のドゥカティの躍進もこの人の貢献なくしてはあり得なかった。マルク・マルケス(Repsol Honda Team)を相手に何度も繰り広げた、激しいバトルの印象も鮮烈だ。2017年から19年まで3年連続してランキング2位となり、ドゥカティの代名詞的存在として、14回の優勝をはじめ何度も表彰台を獲得。派手ではないものの玄人を唸らせるいぶし銀の走りは、独特の存在感を発揮してきた(この時期の彼の活動の詳細については、拙著『MotoGP 最速ライダーの肖像』をご参照いただきたい)。

 しかし、復帰を果たしたヤマハサテライトチームでは、本来の持ち味を発揮できなかった。トップテンフィニッシュは一度もなく、15位以内でゴールしてポイントを獲得するのがやっと、という精彩を欠いたレースが続いた。現役最後のレースは6列目18番グリッドからスタートして、12位でゴール。

 クールダウンラップでは、スタンドを埋める大勢のイタリア人ファンからエールや歓声が贈られた。感傷に流れることなく笑顔で手を振りながらコースを一周し、コースサイドで代名詞のバイクナンバー「04」の旗を掲げて待つファンたちにあっという間に取り囲まれた。

 36歳のドヴィツィオーゾが退いたことにより、これで現役選手の最年長は33歳のアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)になった。

 エスパルガロとアプリリアといえば、今シーズン最も大きな飛躍を見せた陣営だ。第3戦アルゼンチンGPで達成したドラマチックな初優勝はおおいに話題になった。長年にわたり他陣営の後塵を拝してきた彼らは、この勝利で弾みがついたかのように、以後のレースでもほぼ毎戦上位グループで争い続けている。

 現在は、第14戦を終えて首位のファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)に33ポイント差のランキング3位。チームメイトのマーヴェリック・ヴィニャーレスも、オランダGPとイギリスGPでそれぞれ3位と2位に入り、このサンマリノGPでも3位表彰台を獲得した。アプリリアのマシンが総じて非常に高い水準でよくまとまっていることは、ライダーふたりの活躍に如実に表れている。

ヴィニャーレスは直近4戦で3表彰台。予選の一発タイムでもめざましい速さを発揮している(写真/MotoGP.com)

 そのアプリリアの健闘もさることながら、陣営として圧倒的な強さを見せているのが、ファクトリーとサテライトを合わせて総勢8台のラインナップで他を圧するドゥカティ陣営だ。

 ペコことフランチェスコ・バニャイアはオランダ~イギリス~オーストリアと3連勝を達成し、ホームGPだったサンマリノGPでも優勝して4連勝。4戦連続勝利は、あのケーシー・ストーナーでもなし得なかったドゥカティ初の快挙だ。現在、クアルタラロから30ポイント差のランキング2位。ドゥカティ陣営の圧倒的な強さは、ここまでの14戦で総勢9勝を挙げ、毎戦必ずファクトリーかサテライトチームの誰かが表彰台に登壇している、という事実を指摘しておけば充分だろう。

破竹の快進撃を続けるバニャイア。次戦アラゴンも昨年優勝を飾った得意コースで、逆転タイトルの可能性も現実味を帯び始めた(写真/MotoGP.com)

 大いに気を吐くこれらイタリアの2メーカーと比較して、対照的に今年はどうにもぱっとしないのが日本メーカー勢だ。

 現在、2021年チャンピオンのクアルタラロがランキング首位で、エスパルガロやバニャイアたちの猛追を交わし、トップの座を守り続けている。そのため、ヤマハは最大勢力のドゥカティや進境著しいアプリリアを凌ぎながら、なんとか優勢を続けているように見える。しかし、それはクアルタラロがずば抜けた才能でヤマハYZR-M1を乗りこなして孤軍奮闘しているからそう見えるだけで、ヤマハ陣営全体のパフォーマンスを改めて見てみれば、かなり厳しい状況であることに気づく。

 クアルタラロの今シーズン獲得ポイントは211。これに対して、残りのヤマハライダー3名は、全員合わせて51ポイント。メーカー同士の戦いであるコンストラクターズランキングを見ると、首位ドゥカティの321ポイントに対してヤマハは211、とかなり大きな水を開けられている。ライダーの成績と併せて見れば、ヤマハのこの211ポイントはすべてクアルタラロひとりが稼いだものであることがわかる。

第14戦は5位でゴール。「フィーリングよく走れて悪くなかった。でも、5位にしかなれなかった」というレース後の言葉が、彼らの現状を象徴している(写真/MotoGP.com)

 さらにいえば、このコンストラクターズ順位では、首位のドゥカティ、2番手のヤマハに対して、3番手がアプリリア、4番手がオーストリアメーカーのKTM、そしてスズキ、ホンダという順位になっている。

 スズキについては、この春に今年限りでのMotoGP撤退を突然に決定したことが、モータースポーツやオートバイ産業の垣根を超えて大きな話題になった。〈集英社新書プラス〉や〈集英社オンライン〉に寄稿したこの一件に関する拙稿は予想外にたくさんの人々に読まれ、記事の主旨にも多方面から少なからぬ共鳴をいただいた。

 このショッキングなニュースが世界を席巻する以前のシーズン序盤には、スズキ陣営は高い戦闘力を発揮していた。だが、5月以降はジョアン・ミル、アレックス・リンスの両選手とも苦戦が続き、ともに好成績を残せないでいる。彼らの〈我が家〉はあと数戦でなくなってしまうわけだが、ミルとリンスはともに2023年シーズンに他陣営へ移籍することが決定している。リンスはホンダサテライトのLCR Honda CASTROLへ、2020年チャンピオンのミルは、ホンダファクトリーへ移ってマルク・マルケスのチームメイトとなる。

 数年前なら、このニュースを聞いた両選手のファンはホッと胸をなで下ろしたことだろう。なんといっても天下のホンダである。二輪レースファンは1990年代のミック・ドゥーハン時代から現在のマルク・マルケスに至るまで、「ホンダこそ押しも押されもしないMotoGP最強陣営」というイメージを抱いており、それはおそらく世界共通の認識でもあった。

 しかし、その最強であるはずのホンダの調子が、どうも最近はよろしくない。

 その大きな要因のひとつが、マルケスの欠場にあることは明らかだ。2020年の右上腕骨折以降、長期欠場を経て昨年に復帰を果たしたものの、治癒の状態が思わしくないために、この初夏に4度目の手術を決意。現在に至るまで欠場が続いている。そのマルケスの欠場前からホンダ陣営は冴えないレースが続いた。今シーズンここまで14戦の表彰台は、マルケスの現チームメイト、ポル・エスパルガロが開幕戦で獲得した3位が1回のみ。それ以降、ホンダライダーの表彰台登壇は誰も一度もない。

 彼らの苦況は、6月のカタルーニャGPで戦列を離れてまだ復帰を果たしていないマルケスが、未だに陣営の獲得ポイント最上位(60ポイント、ランキング15番手)にいる、という事実に何よりよくあらわれている。コンストラクターズランキングでは6メーカー中最下位、チームランキングでは、ドゥカティファクトリーとアプリリアが上位1-2を占めているのに対し、Repsol Honda Teamは下から4番目の9位、サテライトのLCR Hondaがその次の10番手、というありさまだ。

 同じようにマルケスを欠いていても、2020年の彼らはまだここまでの惨状を呈してはいなかった。当時はマルケスのチームメイトだった弟のアレックスは2戦で2位表彰台を獲得し、LCR Honda IDEMITSUの中上貴晶も初ポールポジションを獲得して何度も表彰台に迫る走りを見せた。2021年はマルケス自身の劇的な復帰後優勝などもあった。にもかかわらず、今年の彼らはじつに苛酷な戦いを強いられている。

 このようにホンダ、ヤマハ、スズキが辛酸を舐めている厳しい状況と、ドゥカティとアプリリアが意気軒昂に大活躍を続ける姿は、じつに対照的だ。二輪ロードレースの長い歴史を振り返ると、日本メーカーがここまで欧州勢に苦戦を強いられているのは、ひょっとしたら、MVアグスタとジャコモ・アゴスチーニが栄華を極めていた1970年代半ば以降初めてなのではないか。そのアゴスチーニがヤマハへ移り、バリー・シーンを擁したスズキが巻き返しを開始して、ケニー・ロバーツvsフレディ・スペンサーの時代がやってきたことで、1970年代後半から二輪ロードレースの最高峰は日本メーカーが覇を競う時代になった。

 おそらく約半世紀ぶりの欧州メーカーと日本メーカーの形勢逆転は、数字で見ればさらによくわかる。

 2021年は、日本メーカーのライダーがポールポジションを全18戦中7回獲得していたのに対して、2022年はこれまでの14戦で1回のみ。また、2021年は全54表彰台のうち日本メーカーのバイクを駆る選手たちは25回(優勝―9、2位―8、3位―8)登壇しているのに対して、2022年は第14戦までの42表彰台中わずか10回のみ(優勝―3、2位―5、3位―2)。登壇率として示せば、2021年の46%に対して2022年は23%という実績になる。

 昨年と今年の数字にこれほど大きな差がついてしまう理由のひとつは、いうまでもなくマルケスの不在だ。さらに、今年の厳しい状況下でも成し遂げてきたわずかな実績は、上でも述べたとおりひとえにクアルタラロひとりの健闘(PP―1、優勝―3、2位―4)で支えられている結果でもある。日本メーカーの成績が欧州メーカーに圧倒されていることは、やはり弁解しようのない事実だろう。

 そこで、試しにツイッター上でアンケートを採ってみることにした。サンマリノGPレースウィークの土曜に、日本語と英語でそれぞれ、「MotoGPで日本メーカーが卓越していた時代は終わったと思いますか?」と問いかけてみると、それに対して寄せられた回答数は、日本語243・英語318。サンプル数も少なく、同一人物が日本語英語双方に回答していることも考えられるので、集計結果の公正さという点ではあくまで参考程度のものにすぎない。とはいえ、日本語英語ともに「はい」の回答が最多で、回答の割合も似たような傾向を示していることは興味深い。

 上記の設問に対しては、「各陣営の活動は個別の企業戦略に基づいており、チーム構成や運営方針も個々に異なるのだから、日本と欧州に大別することに果たして意味があるのか」、という疑問の声もあるかもしれない。だが、新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延がMotoGPの開発やレース運営に関するマネジメントに与えた影響が、日本企業と欧州企業である程度異なっていたのは事実だろう 。

 イタリア企業のドゥカティやアプリリア、オーストリア企業のKTMは、テストチームの活動やレース現場への部品供給、人員配置などはすべて欧州圏内で完結させることができる。一方、日本企業のホンダ、ヤマハ、スズキの場合は埼玉県朝霞市や静岡県磐田市、浜松市にそれぞれ本拠を置く。たとえばテストチームに関しては、3社とも欧州勢に劣らない活動をできる欧州中心のテストチームを持っているが、それでもやはり欧州企業のようにすべてを欧州内で完結させるわけにはいかない。大陸を跨ぐ移動のハードルが高かったこの3年ほどの間は、人的資源や物流、調達などの不利が目に見えない蓄積として有形無形の様々な方面に影響したことだろう。

 だが、それ以上に、日本企業と欧州企業の形勢にここまで差が開いた大きな理由は、近年のMotoGPの技術革新の動きがことごとく欧州発の潮流になっているからではないのか。

 ウィリーを防いで挙動の安定と加速の安定性を向上させるエアロパーツの導入や、決勝レースのスタート時にバイクの重心を抑えて、一気に飛び出す加速性を高めるホールショットデバイス。その援用で走行中のコーナー立ち上がりをさらに効率的にする車高調整機構など、近年の技術トレンドは、すべて欧州メーカーが先鞭をつけている。日本勢は、性能面で後れをとらないためにそれらの技術を自分たちのマシンにも取り込んで追随する、というのがこの10年ほどの傾向だ。

 ドゥカティが様々なアイディアでユニークなアプローチや技術を導入するたびに、「ルールの抜け穴を探している」と指弾する声が上がる。姑息でズルい方法を使って真っ正直に戦う日本勢を出し抜こうとしている、という批判だ。だが、技術革新とは、えてしてそういうものではないのか。さらにこの点については、日本企業のある技術者が言っていた以下の言葉が非常に示唆に富む。

「ドゥカティの人々は、ルールの抜け穴を探してから新しい技術を開発しているわけではたぶんないと思うんですよ。こんなことをやりたい、あんなこともできるんじゃないか、というアイディアがまずあって、それがルールに反していないか調べた結果、『これは使えるね』『あれは採用できないね』とふるいにかけるような順序で考えていくのだと思います」

 要するに、自由な発想と潤沢なアイディアが内部から沸いてきて、それをきめ細かく拾い上げていくことができるような、柔軟で機動力に富む組織構成になっているのかどうか、というところが明暗を分けているのかもしれない。

 今の日本メーカー勢にこのような活力がない、とはけっしていわない。しかし、ヤマハがクロスプレーンクランクシャフトを搭載したエンジンを開発して、バレンティーノ・ロッシがそれを「スウィートな乗り味」と高評価したのは20年近く前。ホンダが変速時のロスを極限まで抑制するシームレスシフトを採用して変速機構の一大潮流を作り上げたのも、今から10年ほど前のことだ。

 2023年はスズキがいなくなり、ヤマハもサテライトチームがなくなってファクトリーのみの1チーム2台体制になる。日本企業はホンダとヤマハの3チーム6台、というかつてない小規模な陣容だ。ドゥカティ8台、アプリリア4台、KTM4台、という欧州勢16台の前では、今まで以上の好成績で活躍を見せなければ存在感はますます希薄になってゆく。

 この状況をむしろ好機に転ずることができるのか、あるいはそのまま逆境の波に呑み込まれてしまうのか。組織の力とは、まさにこういうときにこそ試されるものであるのかもしれない。

 最後に、第14戦サンマリノGPを視察に来たマルク・マルケスが決勝前日の土曜夕刻に取材陣に語った言葉をひいておく。

「(ピットボックスから観察したチームの様子を訊ねられて)
 いつもずっと同じ問題ばかり抱えていると、ライダーも同じことを繰り返すのにうんざりしてくる。チームにもリフレッシュが必要だ。チームのリフレッシュとは、2023年のスタートに向けて新しいメンタリティ、新しいバイク、新しいプロジェクトで臨む、ということだ。今は皆がひとつのモードのまま停まってしまっているようだ。だから、モチベーションを見つけなければならない。モチベーションを見つけるのは簡単、表彰台だよ。表彰台に上れるようになると、何もかもが動き始める」

関連書籍

MotoGP最速ライダーの肖像

プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

ホンダ、ヤマハ、スズキ…日本メーカーはなぜMotoGPでこんなにダメになったのか