“炎上”を超えて、小山田圭吾と出会いなおすために。 『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』刊行記念イベントレポート

片岡大右×石田月美×kobeni
竹島ルイ(たけしま・るい)

 やがてテーマは、本書の第5章に収められている「匿名掲示板の正義が全国紙の正義になるまで」へ。ネットで醸成された参照元不明の情報が、あたかも真実であるかのように跋扈する21世紀の情報社会について語り合った。

 kobeniさんは、Twitterで糾弾される内容の参照元となる情報の不確かさに気がついた。例えば国会図書館や大宅壮一文庫(筆者注:評論家の大宅壮一が遺した雑誌専門図書館)に行けば誰でもチェックできるのに、多くのネットメディアや著名人はそれを確認しないまま、流言飛語を信じて発信しているのではないか。

 結果的に、炎上初期から小山田圭吾を批判したツイートの多くが拠り所としたのは「2ちゃんねるに約20年間貼られ続けたコピペ」であることに辿り着く。kobeniさんは当時を振り返って「探偵みたいだった」と笑う。もちろん、2ちゃんねるには正確性は求められない。悪意ある者の手によって小山田圭吾像が歪められ、その情報が事実としてTwitterで拡散されていた。その結論にたどり着いた時、愕然としたという。

 石田さんは、問題の発端となった小山田圭吾のインタビュー記事については当時から知っていたと語る。10代からフリッパーズ・ギターのファンだった石田さんにとってあの記事は不快でしかなく、やりきれない気持ちを抱えたまま、彼らの音楽を享受していた。そして炎上当時は、マスコミが取り上げたような事実があったとは思わないものの、彼が反省すべきことをしたのは確かだろう、という気持ちでいたという。

石田月美さん

 片岡さんも、ロッキング・オン・ジャパンのインタビューは読んでいた。フリッパーズ・ギターの熱心なファンではなかったものの、97年に発表したアルバム『FANTASMA』が自身の音楽遍歴の中で決定的な一枚となっていた片岡さんは、「音楽は素晴らしいが、人間的には酷い奴なんだろう」という認識だったという。

 やがて小山田圭吾の炎上事件が起こり、古本で買ったまま未読だったクイック・ジャパンを読んでみたところ、「全体として愉快な内容ではないが、犯罪と呼べるようなことはしていないし、『いじめ紀行』(筆者注:小山田圭吾にインタビューした特集記事)というタイトルの割には、実はそれほどいじめの話をしていないな、と感じた」と語る。それは、小山田圭吾に対する印象が大きく変わった瞬間だった。それを受けて石田さんは、「テキストを読むことは難しい。どうしても自分の意見や価値観や経験を投影して、思い込みが発生してしまう。反省と自戒を込めて言いますが、ファクトチェックが必要」と応じた。

 石田さんは、自分が性被害のサバイバーであり、挙動がおかしくなってしまうことでいじめにもあっていたとも語る。そんな自分を救ってくれたのは、フリッパーズ・ギターの音楽。その分だけ、小山田圭吾のインタビュー記事には戸惑いを隠せなかった。だからこそ、 『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』が出版されたことは大きな救いになるはずだ、と強調する。

 そして、「そもそも、いじめられっ子とされる被害者が人間扱いされていないのでは?」と疑問を投げかけ、「口に出すのも憚られるようなことを、指先一つで世界に発信できること」の危険性を語った。また、「性被害者として加害者の死を願ったこともあったが、それでぐちゃぐちゃになった人生が変わるわけではない。加害者にはしっかり反省してもらって、真っ当に生きてほしい」と語り、小山田圭吾はそれを実践した人物なのだと考察する。

 kobeniさんは、「障害者『だから』いじめたというように伝えられているが事実はそうではなく、彼は和光学園という特殊な、当時としては進んだ環境下でのクラスメイトの話をしている。クイック・ジャパンには、友人としてのポジティブな交流の話も複数語られている。事実を確認せず『しかも障害者を…』と強調する言説には、障害のある人を下に見る、ステレオタイプな差別を感じた」とも告白した。

kobeniさん
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「いじめ」という言葉が内包する功罪

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プロフィール

竹島ルイ(たけしま・るい)

ポップカルチャー系ライター。2001年より、WEBマガジン「POP MASTER」(https://popmaster.jp/)を運営。映画や音楽などを中心に、リアルサウンド、CINEMORE、otocoto、フィルマガ、cinemas PLUS、PINTSCOPEなどの媒体に寄稿している。

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