“炎上”を超えて、小山田圭吾と出会いなおすために。 『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』刊行記念イベントレポート

片岡大右×石田月美×kobeni
竹島ルイ(たけしま・るい)

コーネリアスの小山田圭吾が、2021年7月に東京オリンピック・パラリンピック開会式の作曲担当として発表されたものの、障害者に対する「いじめ」問題がSNSで炎上し、辞任を余儀なくされたことはいまだ記憶に新しい。だがそれは、誤情報を多く含み、社会全体に感染症のように広がる「インフォデミック」だった。
社会思想史、フランス文学を専門とする批評家・片岡大右さんによる『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』は、いじめ炎上問題を契機として、現代の情報通信社会における“災い”=インフォデミックについて考察した一冊となっている。
その出版記念として、「炎上”を超えて小山田圭吾と出会いなおすために」と題したイベントが、2月27日に本屋B&Bで開催された。出演者は、本書の著者である片岡大右さん、『ウツ婚!! 死にたい私が生き延びるための婚活』(晶文社)の著書などで知られる物書きの石田月美さん、「小山田圭吾氏の炎上問題について時系列の整理とファクトチェック」検証サイト責任者のkobeni(こべに)さん。
それぞれの立場から、本書の内容と当時の騒動について思うところを語っていただいた。

『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』著者の片岡大右さん

炎上のさなか、三人が感じていたこと

「どちらかというと、小沢健二のファンなんです」と切り出したkobeniさんは、かつてフリッパーズ・ギターで盟友だった小山田圭吾が炎上していたことに、心を痛めていたという。何が事実で、何が事実でないのか。それを客観的に検証するため情報を集め始めたが、批判以外の意見を言うだけでフォロワーが激減したり、攻撃的なリプライを受けることも多々あったという。今回の事件とは全く関係のない、小山田氏の息子・小山田米呂(筆者注:彼もミュージシャンとして活躍している)のアカウントにも、ひどいコメントが多数リプライされ、彼はアカウントに鍵をかけざるを得なくなった。

「あの頃、あまりにも酷いバッシングを見ていて、状況的にいじめにあっているのは小山田圭吾の方だと思えてきた。もし、いじめがいけないことなら、炎上を通していじめる側に回ることや、見て見ぬふりをするのも、いじめに加担することになってしまうのでは」。90年代当時は、該当する雑誌を「読んだことがなかった」kobeniさんは、この炎上で初めていじめ記事を知る。とはいえ急に、彼らの音楽を長年愛してきた事実を消すこともできない。kobeniさんは人が離れていくことも覚悟で、この事件に真剣に向き合おうとした。

 一方石田月美さんは、メンタルヘルス、特に女性の依存症が専門の物書きであり、自身も“当事者”であると語る。石田さんにとって被害・加害の問題は検討し続けてきたテーマだった。だが、炎上当時は「怖くて、私は身をすくめて嵐が去るのを待ちました」と、率直に当時の心境を告白。SNSを中心に繰り広げられるバッシングの嵐に、驚きと恐怖を禁じ得なかったという。そんな嵐のなか、勇敢に意見を言い続けてきたkobeniさんに敬意を表し、この本が出版されたことの意義を語った。

 2人の話を受けて、片岡さんはこの本が書かれることになった経緯を説明。小山田圭吾氏の問題についてSNSで発信していたところ、『小沢健二の帰還』(宇野維正)の編集も務めた岩波書店の編集者から、「プラットフォームのnoteで文章を書いてみませんか」という依頼があった。

 片岡さんはきちんとした対抗言説が必要だと感じ、調査に没頭。なかなか執筆に着手できない状況に、kobeniさんは「ロッキング・オン・ジャパンとクイック・ジャパンを読み比べれば、『実際にあったいじめ』の記述が食い違っていると分かる。事実確認を踏まえて報道するのが常識なら、これは『裏取り』ができていない状態なのでは? 片岡さんはもっと深く、丁寧に調べて発表したかったと思うが、私はとにかく早く、出回っている情報がそもそもおかしいのではと発信したかった」と、片岡さんを叱咤激励していたことを告白した。

 やがて、2021年の暮れから2022年の初めにかけて片岡さんは「小山田炎上問題」に関する考察を岩波書店のnoteに発表。文字数も10万字を超え、これなら書籍になるだろうという判断から、最終的に集英社新書から出版されることとなった。

(左から)石田月美さん、片岡大右さん、kobeniさん
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参照元不明の情報が跋扈する、21世紀の情報社会

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プロフィール

竹島ルイ(たけしま・るい)

ポップカルチャー系ライター。2001年より、WEBマガジン「POP MASTER」(https://popmaster.jp/)を運営。映画や音楽などを中心に、リアルサウンド、CINEMORE、otocoto、フィルマガ、cinemas PLUS、PINTSCOPEなどの媒体に寄稿している。

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