ホンダ、ヤマハは復活できるか、ライダー&リーダーを直撃!

2024年プレシーズン セパン・テストレポート
西村章

日本的アプローチからなかなか脱却できないホンダ

 昨年限りでホンダを去ったスペイン人のM・マルケスにせよ、ヤマハファクトリーライダーとして2021年に22歳で王座に就き、今年は契約更改の年を迎えるフランス出身のファビオ・クアルタラロにせよ、日本メーカーで走るヨーロッパ出身のライダーたちは、「ヨーロッパ的なアプローチを取り入れてほしい」と、特に昨年は何度も強く訴えてきた。彼らが言う「ヨーロッパ的なアプローチ」とはいったいどういうことを指しているのだろう。

 その解釈について、シェイクダウンテストを終えたばかりで公式テストへの準備に余念がないホンダ陣営のHRC(Honda Racing Corporation)テクニカル・マネージャー、河内健に訊ねてみた。河内は、2022年限りでMotoGPから撤退したスズキで長年技術監督を務めた人物で、そのスズキ時代には現ホンダファクトリー所属のジョアン・ミルを擁して2020年にチャンピオンを獲得している。いわゆる欧州的な手法とはどのようなことだと考えているか、と河内に訊ねると、以下のような言葉が返ってきた。

昨年はスズキの技術監督からHRCへ移籍して世界の注目を集めた。レース現場を知り尽くす河内が存分に力を発揮できるかどうかが、ホンダ復活のカギのひとつになる

「結果を待たず、プロセスも気にせず、新しいものを現場に投入してほしい、という意味だと思っています。とにかくどんどん新しいものを投入する。その一方で、日本的とは、しっかり確認をしながら着実なステップで進歩していくことだと私は理解をしています。そのふたつのちょうどいいところを探るのが重要なのだろうと思います」

「ヨーロッパ的といわれるもののいいところは取り入れていきたいですよね。それは、既成概念にとらわれず新しいものにチャレンジするということでもあるでしょうから。開発のスパンを短くして、とにかく早く投入していく気概がホンダには充分にあるし、新しいものにチャレンジする姿勢も、『こんなに(たくさんのアイテムを)ホントにテストできるのか……』と心配になるくらい(笑)、どんどん新しいものを開発しています」

 実際に今回のセパンテストでは、そんなにたくさんのアイテムを試しているのか、ミルに確認してみた。

「昨年(のセパンテスト)と比べると、かなりたくさんのモノを試している。なかなか興味深いモノもあるし、昨年より機能しているモノもあるので、とてもいいことだと思う」

 という返事だった。ただし、それが自分の期待に充分に見合ったものであるのかどうかについては、やや留保する姿勢も見せた。

「そこを判断するのは時期尚早だと思う。もちろん、かなりの期待を持って今回のテストに臨んでいるのは事実だし、それだけ高い期待を抱くのは(ライダーとして)当然だと思う。内部では大きな変化が起こりつつあるようだから、それは自分にとってもさらにやる気を高めることにつながる。だって、たとえばセパンに到着してバイクを見たときに、去年と同じようなパッケージなら、モチベーションがどうなってしまうかは想像するまでもない、でしょ?」

 ホンダの変化に関する象徴的な言葉は、他のライダーからも聞くことができた。中上貴晶(IDEMITSU Honda LCR)は今年が最高峰7年目のシーズンとなるが、MotoGPに参戦して以来初めて、全ライダーとエンジニアが一堂に会するミーティングを持ったと明かした。

ホンダ復活という大きな課題に加え、自分自身も好成績を残すことが翌年以降の残留に向けて必須条件となる中上。そのためにもシーズン前半の成績が勝負だと語る

「シェイクダウンテストが終わってから、HRCのエンジニアの人たちと僕たちライダー4人、プラス、テストライダーのステファン(・ブラドル)も加わって大きなミーティングを持ちました。ひとりひとりが新しいバイクのインプレッションを述べて議論することは、少なくとも僕がMotoGPクラスに来てから(2018年)初めての機会でした。僕自身も彼ら4人のコメントを直接聞くことができるし、自分ももちろん意見を発する立場になって、それをみんなが聞いてくれる。今までのように誰かを介して『こうだった』『ああだった』という伝言ゲームのような状態よりも、皆の意見を直接に聞けたのはすごくいい機会でした」

 今までそのようなミーティングを持ったことが一度もなかったのか、ということにむしろ驚かされるが、いずれにせよ、ホンダのレース現場が従来のあり方から大きく変わっていこうとしていることは事実のようだ。だが、肝心なのは、その変化が充分にライダーたちの期待に応えるもので、現在の窮状を脱して欧州メーカー勢と互角に戦えるだけの強さを取り戻せるプロセスなのかどうか、ということだ。

 それについて面白いヒントを与えてくれるのが、ドゥカティ陣営からRepsol Honda Teamへ移籍してきたルカ・マリーニの言葉だ。マリーニは昨年まで兄バレンティーノ・ロッシがオーナーを務めるVR46に所属し、土曜のスプリントレースで4回、日曜の決勝レースでは2回の表彰台を獲得している。イタリアチームでイタリアンバイクに乗るイタリア人という骨の髄までラテン気質のマリーニの目には、典型的日本メーカーであるホンダのファクトリーチームは、仕事の進め方が「ホントにもう全然違う」ものに映ったという。

「ホンダの人たちは頭が良くて正確で完璧主義で、何か新しいパーツを試すためにコースインする際でも、バイクは常に完璧を目指す。イタリア的なやりかただと、もっとイケイケな姿勢で、『もっと行け、どんどん行け、とにかく行け』という感じ。ホンダは最初にエンジンを始動させたときからすでにパーフェクトで、それまでにやるべきことはすべて完了していて、電子制御なんかも完璧な状態。不安要素はひとつもない。何もかもがスーパー完璧状態でテストを進めていく。これはホントに素晴らしいことだと思う。ただ、何もかもに完璧さを求めるから、(事態が進捗するまでには)ちょっと時間が必要かもしれない」

シェイクダウンテストを終え、翌々日からの公式テストに備えてパドックで河内(左)と真剣な表情で話し込むマリーニ(右)

 この言葉から読み取れるのは、アイテム投入のスピードや数といった生産管理面だけではなく、それを実行する際のいわゆるラテン気質と日本人気質という、まさにアプローチのしかたにかかわる取り組み姿勢の違いだ。また、このマリーニの発言を読み解くと、ホンダがたとえアプローチを大きく柔軟に変えようとしているつもりでも、イタリア人であるマリーニの目から見れば「やっぱり日本人って、まだまだマジメだしやることも杓子定規だよね」という言外のニュアンスを感じないでもない。

 この欧州的な姿勢と日本的姿勢の違いに関する証言では、昨年までホンダ陣営のサテライトチームに所属し、今年からクアルタラロのチームメイトとしてヤマハファクトリーへ移籍したアレックス・リンスがわかりやすい例を挙げていたので、紹介しておこう。

「たとえば去年のホンダがわかりやすい例かもしれない。ドイツ企業のKalexに車体製作を依頼することになったけど、それが仕上がってくると、テストチームに渡したりグランプリチームに投入するのではなく、日本へいったん持って行くんだよ。ところが、ドゥカティやアプリリアやKTMの場合だと、いろんなマテリアルを持ってきて、どんどん現場に投入していく。それが〈ヨーロッパ的な手法〉ということなんじゃないかな」

「ヨーロッパメーカーの場合だと、3ヶ月ほどの短期間で部品を5つくらい投入して、そのうちのひとつが機能する、という進めかた。日本企業だと、かなり時間をかけて持ってくる部品はふたつしかないけれども、そのうちのひとつは確実に使える、という進めかた」

 リンスが明かしてくれたこれらの内容については、ホンダ側に確認を取ったわけではないので多少の留保は必要かもしれない。だが、Kalexの完成車体を日本へ持って行った話が事実だとすれば、その目的はおそらく自社でさらなる安全性と性能確認を行うためだったということだろう。それはいかにも、日本企業がやりそうな「屋上屋を架す」くらいに慎重すぎる姿勢のように思える。

 こういった「石橋を叩きすぎる」プロセスを大幅に簡略化してレース現場のパフォーマンスを迅速かつ効率的に回してゆくことが、おそらく今の彼らには求められている。マリーニが指摘していた、イタリア気質の『もっと行け、どんどん行け、とにかく行け』というのは、おそらくそういうことだ。ちなみに、このKalexについていえば、同社の共同創業者が今シーズンはHRCのアドバイザーとしてレース運営に参画することになった。それがどのような効果を発揮するのかは、今はまだわからない。

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

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