ホンダ、ヤマハは復活できるか、ライダー&リーダーを直撃!

2024年プレシーズン セパン・テストレポート
西村章

ヤマハは外部の人間を積極的に採用し、体制を大幅変更

 ともあれ、リンスの言葉が示しているのは、たとえ開発速度は慎重すぎるくらい慎重であっても必ず高い品質を保証する日本企業の姿勢だ。だが、性能がどれほど高くても、そのアイテムの投入が遅れて競争相手の後塵を拝するようでは、勝負の世界で意味をなさない。

 ヤマハの場合は、2023年までレース現場を束ねていたプロジェクトリーダーとテストチームの技術リーダーを入れ替えることで、開発陣とテストチーム、そしてレース現場の連携と意思疎通をさらに緊密にして、迅速な技術面のアップデートを狙っているようだ。面白いのは、この両リーダーのポジション入れ替えは、どうやら2024年が明けた後に行われたらしいことだ。この人事は、彼らが自ら変化を起こそうとしていることの表れと見ていいだろう。

 ヤマハは外部の人材登用についても積極的で、F1でフェラーリ等のエンジン開発に関わってきたルカ・マルモリーニを登用し、昨年10月にはドゥカティで空力の専門家だったマルコ・ニコトラが合流。そして、この1月からは、ドゥカティでジジ・ダッリーニャから大きな信頼を寄せられていたマッシモ・バルトリーニがテクニカル・ディレクターに就任した。これらの活発な人材登用の背景について、同社でMotoGPのレース車両開発を束ねるヤマハ発動機MS統括部MS開発部長・鷲見崇宏は以下のように説明する。

「我々がなぜ多国籍でやっているのかというと、多様性から生み出される良さを強みにしていきたいと思うからです。『日本が』ではなくて『ヨーロッパが』でもなくて、それがミックスされることの強みを出す、そこに我々は価値を見いだしています」

テスト前日にチームのガレージで2024年体制発表会を実施、ライダー両名とリン・ジャーヴィス(左から3人目)、鷲見崇宏(中央)、マッシモ・バルトリーニ(右から2人目)が一堂に会した

 ヤマハファクトリーチームの運営を四半世紀にわたって束ねてきたYMR(Yamaha Motor Racing)のマネージングダイレクター、リン・ジャーヴィスは、バルトリーニたちがチームに加わることの意義について、このように話す。

「一朝一夕で変えることは難しいかもしれません。しかし、我々は変化する必要があることもスピードアップする必要があることも理解しています。保守的ではなくなる必要があることも、心を開く必要があることも、そして何より、テストやレースウィークで効率性を高めなければならないことも。

 その点でマッシモは、〈ニュージェネレーション〉のヤマハの体制を作り上げるために、知識と経験を外部から我々にもたらしてくれるでしょう。マッシモの立場は日本人プロジェクトリーダーと同等のレベルになります。これは極めて異例のことです。少なくとも私がヤマハで過ごしてきた期間で、おそらくは他の日本メーカーでも、ヨーロッパ人がプロジェクトリーダーと対等な立場で仕事をすることはなかったのですから」

 では、このような新体制を作り上げることで、圧倒的な強さを見せるドゥカティに対抗することは可能なのだろうか。そう問われた場合、日本人関係者の場合だと「必ず今年、チャンピオンを獲る」「今シーズンは王座を奪還しなければならない」と模範回答のように行儀の良い返事をするのが一般的だ。それ以外の言葉を発することが禁句のようになってしまうのは、言霊を重んじる日本人の典型的な姿でもあるのだろう。一方でジャーヴィスの見解は、そのように建前的な返答とはやや異なり、かなり現実的で冷静だ。

「もちろんそう願っている、と答えるべきなのでしょう。が、わたしはリアリスティックな人間で、ドゥカティがとりわけ卓越したレベルにあることも周知のとおりです。正直にいえば、彼らは非常に高いレベルにあり、非常に戦闘力が高い8名の選手たちがシーズンを引っ張っていくのは明らかでしょう。だから、簡単なことではありませんが、何度か表彰台は獲得したいと思っています。何戦かで優勝することも可能でしょう。ただ、チャンピオン獲得となると……、かなりの無理難題ではありますが、まだ(変革の)プロセスは始まったばかりでカムバックするまでにそれなりの時間はかかるかもしれません。そのために全力を尽くすのはもちろんですが、今年あの赤い軍団(ドゥカティ)を打ち負かすのはかなり難しそうだ、というのが私見です」

 じっさいに、ジャーヴィスのこの予想を反映したかのように、3日間の走行を終えてみるとドゥカティ勢が圧倒的な優勢でテストを締めくくったのは、冒頭でも紹介したとおりだ。彼らが昨年と同様か、あるいはそれ以上に2024年シーズンをリードしてゆくことは、おそらく間違いない。一方のホンダとヤマハはここまで紹介してきたとおり、組織のありかたや運営方針を変えようと自己変革に着手しつつあるが、その変化を現場のライダーたちは、今回のテストでどれくらい実感していたのだろう。

 3日間の走行を終えた夕刻、上述の河内の言葉を念頭に置きつつ、「チームの仕事は、今までよりもヨーロッパ的なアプローチになってきたと思うか?」とジョアン・ミルに訊ねてみた。

 ミルは、少し考えるそぶりを見せてから、おもむろに口を開いた。

「うん……、日本での仕事がどんなふうなのかは知らないけれども、昨年はスタッフの顔ぶれが大きく変わったし、ものごとの進めかたも少し違うようになってきた。そして、その結果が少しずつ現れはじめている。だから、何かが着実に変わりつつあるのは確かだ。彼らが変わってきたことが本当に事実なら、ここから次のカタールテストに向けて、さらに何か(アイテムを)持ってきてくれるだろうから、それでわかるはずだ。今、彼らは懸命にがんばってくれている。そこは信じている」

 ライダーたちのこの信頼にホンダとヤマハの技術者たち、そしてレース運営を統括する首脳陣は、はたして応えることができるのかどうか。ホンダのミルとヤマハのクアルタラロはともにチャンピオンライダーだ。そして彼らは、今シーズンが契約更改の節目の年にあたる。今年、強さを取り戻しつつある確かな手応えを彼らが感じ取れば、ホンダとヤマハは2025年以降の残留に向けた交渉を前向きに進めることができるだろう。

 しかし、これだけ変えると言っておきながら実際にフタを開けてみれば何も変わらないのであれば、彼らはおそらく愛想を尽かす。2023年のマルク・マルケスがそうであったように。

 2024年シーズンはホンダとヤマハにとって、自身の存在意義を問われるほどのグランプリ史上最大の正念場である。

取材・文/西村章 写真/西村章・MotoGP.com

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

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