去年の4分の1しかポイントが獲れてない今年のMotoGP
ところが、かつてあれほど圧倒的な強さを誇っていたホンダの権勢は、ここ数年のMotoGPではもはや見る影もないほどの苦況を呈している。チャンピオン獲得は2019年が最後。2020年はスズキ、2021年はヤマハ、そして2022年と2023年はドゥカティが連覇し、今シーズンもドゥカティの勢いはさらに増す一方でとどまるところを知らない。
ドゥカティと対照的に、この期間のホンダの成績は下降の一途をたどり続けた。2022年の成績は、メーカーランキングでは6社中6位。ちなみにこれは、ホンダが1980年代初頭にグランプリ復帰を果たして以来、初の最下位である。チームランキングはファクトリーチームのRepsol Honda Teamが12チーム中9位、サテライトのLCR Hondaが10位。翌2023年もメーカーランキングは最下位で、チームも9位と10位。順位だけを見ると前年度と大差ないように見えるが、年間獲得ポイントでは2022年よりも上位との差がさらに開いている。つまり、2022年よりも2023年のほうがホンダ勢と上位メーカー勢の差は一段と大きくなった、ということだ。
そして2024年シーズンは、第9戦ドイツGPを終えた前半戦の成績で、メーカーランキングでは昨年と一昨年同様に最下位。首位のドゥカティが315ポイントを獲得しているのに対し、ホンダは23ポイント。チームランキングでは全11チーム中LCR Hondaが10位、Repsol Honda Teamが11位、という状態だ。参考までに、2023年の第9戦終了段階で比較すると、ドゥカティは317ポイントでホンダは89ポイント。ドゥカティは昨年も今年も同じように安定して多くのポイントを稼いでいる一方で、ホンダはさらに点数を獲得できなくなっていることがはっきりと数字にあらわれている。
それにしてもなぜ、ここまでの苦戦が続くのか。ギャップを埋めて追いつくどころか、2022年より2023年、2023年よりも2024年のほうが競争相手にさらに大きく差を広げられている理由について、石川氏に率直な見解を訊ねてみた。
「かなり厳しい状況が続いています。一方では、たとえばサーキットによってはラップタイムが1秒以上速くなっていて、そういう意味でステップアップしている部分もあるのですが、自分たちが改善している分だけ競合他社もさらに向上している実態もあって、位置づけ的には差があまり変わっていないのは事実です。では、我々はどこが速くなっていてどこがかなわないのか、ということを分析しながら、どう手を打っていけばよいか日々取り組んでいるところです」
一昨年や昨年にHRCでチームを運営し技術を束ねる人々に苦戦が続く理由を訊ねた際には、「スイートスポットの狭いバイクだった」という表現で他社に対する戦闘力の不利を説明することが多かった。その反省を踏まえたうえで開発が進む2024年のバイクには、課題面に多少なりとも改善の兆しが見えているのだろうか。
「かなり大きく方向性を変えることを試みている最中です。今までと同じようなことを繰り返してやっていても大きくステップアップはしないので、今は作り方やり方を変え、アプローチを変え、ということにチャレンジしている最中です」
そうやって新たな方向性を求める試行錯誤を続けていく過程では、バイクの性能や戦闘力を様々な数値や指標に定量化し、短期的中期的な開発目標を設定していることは容易に想像がつく。そのような指標や目標は、苦戦が続く現状でどの程度達成できてきたのだろう。
「到達できている領域もあればできていない領域もある、という認識です。全体で言えば、(競合他社との相対的な関係は)さきほど申し上げたような位置づけにどうしてもなっています。だから、到達できてない領域はなぜできていないのか、しっかりと分析対策できればその部分も当然上がってくるので、まずはそこを何とかすることが必要だと考えています」
では、その到達できている領域と到達できていない領域とは何なのか。可能な範囲で具体的な説明を求めると、石川氏は慇懃ながらも曖昧な言葉遣いで回答を避けた。そんなところはやはり、情報開示を好まない日本企業に典型的な反応、という印象が強い。
今回の鈴鹿8耐では、ドゥカティのパオロ・チャバッティ氏にもインタビューを実施したが、開けっぴろげに様々な話題を自分たちから率先して提供することで相手の興趣を惹こうとする巧緻な姿勢とは非常に対照的で、日本と欧州の企業姿勢の違いをあらためて感じた。
とはいえ、技術面で様々なアップデートを図っていることは、石川氏は認めている。今シーズンのホンダは、コンセッション(優遇措置)が適用されているため、ドゥカティ、アプリリア、KTMの欧州メーカー勢は禁じられているシーズン中のエンジン開発等が可能になっている。
「エンジンは何回もアップデートをかけ、車体もアップデートしました、空力(エアロダイナミクス)も今年2回目のアップデートをしました。というふうに、たくさんアップロードをしていますが、たとえばどういうホイールベースがいいか、どういう重心にすればいいか等をまずはしっかりと見極めないと、そのパッケージが本当にいいのか悪いのかというところまではなかなかたどり着けません。だから、ただ単に部品をたくさん入れていけばバイクがどんどん良くなるのかというと、けっしてそういうものではない、ということです」
そうはいっても、現場で戦うライダーたちは可能な限り迅速な改善を求めている。もちろんこれだけの苦戦と低迷が続けば復活の道のりは一筋縄でいかないだろうし、時間がかかるであろうことも、頭ではライダーたちも理解しているだろう。しかし、改善の途上にあるという何らかの手応えを得たいと思ってもいるはずだ。
その手応えをはたしてMotoGPのホンダ4選手は摑んでいるのか。彼らの日々の走行後コメントを聞いている限りでは、あまりそうでもなさそうな印象がある。たとえば、スズキ時代の2020年にチャンピオンを獲得し、ホンダファクトリーチームへ移籍して2年目のジョアン・ミルは、前半戦終了段階でのランキングが全22選手中18位で、欧州勢から遠く引き離された自分たちのポジションを「日本メーカーカップ」と自虐的に話す。
また、昨年はスプリントや決勝で何度も表彰台に登壇して今年からRepsol Honda Teamに加入したルカ・マリーニは、ドイツGPでようやく今季初の1ポイントを獲得するまでノーポイントレースが続き、毎戦のセッションでも全選手のなかでぬきんでて遅いタイムで最後尾に位置している。そんな彼が、走行後には行儀のよい言葉で可能な限り前向きに話している様子は、コメントのサウンドファイルを聞きなおすのが辛いほど痛々しく感じる。
いずれにせよ、今のホンダはたとえコンセッションを適用されていても、ドゥカティをはじめとする欧州勢に追いつき、ふたたび激しい優勝争いをできる技術水準に戻すのはかなりの時間が必要になる、ということだろうか。
「簡単じゃないと思っています。今までのホンダのやり方だけではなく、新しいやり方にチャレンジしないと解決できないでしょう。その新しいやり方は簡単に自分たちの手の内になるようなものではないでしょうから、そこはやはり長い目で見なければいけない。一方では速やかに手を打たなければならない部分も当然あるので、半年で解決するアプローチ、1年かけなきゃいけないところ、3年かけて中長期的にやる部分、と様々に考えて進めています」
この言葉にある「新しいやり方」とは、「新しい物差しを持つこと」だと石川氏は説明する。
「今までの物差しで測って勝てていない現状を補うためには、別の物差しを作らないと自分たちに不足しているものを測ることができない。それを作るために新しいやり方を考えていかなければならない、と思っています。その意味では、自分たちが今までやってきたことを否定することも必要で、今までのアプローチとは違うものもじっさいに進めているので、そうやって新しい物差しを作りながらひとつひとつ取り組んでいます」
別の物差しを作る、ということに関していえば、ホンダは昨シーズンにドゥカティを牽引するジジ・ダッリーニャを自陣営に引き抜こうと試みたことがある。ダッリーニャ自身がホンダからのアプローチがあったことを認め、丁寧に辞去したうえでドゥカティで開発を続けていくほうを選んだ、と明かしている。
いずれにせよ、半年で解決を図るものや、新しい物差しをつくり時間をかけてアプローチしてゆくもの等、大小様々な課題に取り組んでいくとして、ではいつ頃までにホンダがかつての強さを取り戻せると石川氏は考えているのだろう。ちなみに、現行の技術規則で争われるのは2026年までで、2027年からはバイクの排気量や燃料容量などのルールが一新されることになる。現行ルールのうちに欧州勢に追いつくことは、はたして可能なのだろうか。
「今シーズンはチャンピオンを狙うのが非常に厳しい状態で、では来年にチャンピオン争いをできるのかというと、それもけっして簡単ではないだろうと思っています。ただ、2026年までに優勝争いをできる状態にしなければならないと思っているので、現在の技術規則でそこへ持っていけるように今は日々努力をしている、という状況です」
ホンダが欧州メーカー勢の後塵を拝していることが明らかになってきた2022年頃から、復活に向けたプランを訊ねるたびに、いつも上記のような言葉が返ってくる印象がある。失礼を承知で言えば、自分たちの何かを変えなければならない、という回答に新味はあまりなく、それは石川氏の言う「新しい物差し」をまだ見つけられないでいることを逆説的に示しているともいえるだろう。
ただしその一方で、上位争いへ戻るまでに時間がかかると認めていることは、「一刻も早く」「シーズン末までに優勝争いできるように」といったおざなりで現実味に乏しい社交辞令的な言葉と違って、実際的で実現可能なステップアップを計画立てていることの表れであるようにも思える。
プロフィール
西村章(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。