イタリア人技術ディレクター招聘で日本型組織は生まれ変わるか
ホンダOBの玉田ですら苦言を呈するように、今シーズンのホンダ陣営はレース中継でもほとんど話題にならない空気のような存在になってしまった。だが、今年の日本GPでは、最近では珍しくパドックの大きな注目を集めた。アプリリア陣営で技術面の陣頭指揮を執ってきたロマノ・アルベシアーノが来シーズンからHRCのテクニカルディレクターに就任する、と発表されたからだ。ホンダの二輪レース技術トップに日本人以外の人物が就任するのは異例中の異例で、彼らのグランプリ史ではおそらく初めてのことだ。
じつはHRCは昨年に、ドゥカティのジジ・ダッリーニャを自陣へ引き入れるべく水面下で引き抜き交渉を行っていた。だが、ダッリーニャは「非常に光栄なお話だったが、丁重にお断りした」と後日に明かしている。ダッリーニャはドゥカティで現在の地位に就く前にアプリリアで技術面を統括していたが、ダッリーニャがドゥカティへ移った後にその後任として陣営の技術を率いてきたのがアルベシアーノだ。
土曜の午前にホンダ陣営のピットボックスへ姿を見せたHRC社長の渡辺康治に、アルベシアーノの移籍について訊ねたところ、
「ずっと言ってきたことですが、ホンダは変わらなければいけない。その意志の現れです。私たちは長い間、日本の中だけを見すぎていた。優れた技術者のロマノさんに来てもらうことで、日本とヨーロッパの現場をもっと近づけていく、ということです」
という言葉が返ってきた。たしかに渡辺自身が言うとおり、これは今まで何度も聞いてきたこと、ではある。
一方、Repsol Honda Teamのライダー、ルカ・マリーニはアルベシアーノのホンダ陣営加入について、
「朗報だけど、中で仕事をするのは今までと同じ人々で同じ技術者たちだ。ロマノは、いわば、そこに加わる『上乗せ』みたいなもの。それで長年続いてきたホンダの哲学が大きく変わるわけではないと思う」
と指摘する。
「ホンダは優れた点もたくさんあるし、長所を伸ばす努力もしてきた。バイクは良いところもあり、日本の人たちはいつも素晴らしい仕事をしてくれる。だから、もう少しコミュニケーションやコーディネーションをうまく図っていくことが必要なのだと思う。レース現場のガレージやコース上で起こっていることと日本をもっと直結させ、ぼくや技術者の全員がもっと活発に話し合い、改善を目指していきたい」
マリーニはオブラートにくるんだ言い方をしているものの、要するに彼が言外に主張しているのは、アルベシアーノに自由な裁量を与えて彼独自の発想で技術革新を進めていかない限り、大きな改善は期待できない、ということだろう。つまり、レースで勝つという誇りを取り戻すために、日本の技術者集団として培ってきた過去のプライドを捨てることができるかどうか、ということだ。そして遠くない将来にアプリリアの強豪ライダーとして成長した小椋藍を自陣営へ引き戻す恰好で移籍させることができれば、それがホンダとしてのベストシナリオかもしれない。
だが、今の段階でわかるのは、そこへたどり着くための道は相当に長く険しく、目指す場所ははるか彼方の遠い場所にある、ということだ。
そしてホンダが自己変革を達成できるかどうかのいかんにかかわらず、日本のレースファンたちは真に国際的なライダーとして欧州メーカー勢で活躍する小椋を見ることを通じて、国際的な視野から純日本企業の姿に客観的な評価をくだしていることだろう。
取材・文/西村章 撮影/楠堂亜希
プロフィール
西村章(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。