浮上してきたヤマハと最下位に沈んだホンダの来季は?
2024年のヤマハとホンダは、MotoGP全体の中で「日本カップ」と揶揄されるほど欧州3メーカーから遠く引き離されて低位の成績に苦しんだシーズンだった。ヤマハはシーズン終盤になってシングルポジションでフィニッシュするなど改善の兆しも見せつつあるものの、かつての高い戦闘力を取り戻すにはまだ日暮れて道遠し、といった感がある。2021年チャンピオンのファビオ・クアルタラロは、ある程度の手応えを実感しつつも、先は長い、とテスト終了後に述べた。
「バイクの改善や仕事の進め方は、この1年で変わってきた。ヤマハにとって、そのメンタリティを切り替えるのが容易な作業ではなかったことは、ご理解いただけると思う。時間を掛けて改善を進め、新たな人員を配置し、(2025年用の)新チームはさらに多くのことが新しくなっている。そうやって、一歩ずつ着実に復活の道を進んでゆく。僕個人としては、もちろん明日から良くなってほしいけれども、こういうことには時間がかかるものだし、プロジェクトは少しずつ良くなっている」
2025年のヤマハ陣営は、2024年までホルヘ・マルティンが在籍していたプラマックレーシングがサテライトチームとして加わることで、久々の4台体制になる。ファクトリー2台のみの状態だったときよりも、データの獲得量が増えるぶん開発も進捗するであろうことを期待したい。
ホンダは全5メーカー中5位、チーム成績ではファクトリーのRepsol Honda Teamが全11チーム中11位という、おそらくホンダ史上最悪の記録を更新する状態で1年を終えた。陣営中で最上位の選手は、ヨハン・ザルコ(CASTROL Honda LCR)のランキング17位。ヤマハ同様に、ザルコもシーズン最終盤になって従来よりも少し上のポジションへ顔を出すことが何度かあった。青木宣篤は、そこに明るい材料を見いだすことができるかもしれない、という。
「彼はヤマハ、KTM、ドゥカティ、ホンダと乗ってきたライダーで、彼の優れているところはフロントの変化を感じ取る能力の高さ。彼がときどき元気が良くて『ちょっと良くなったかな?』というポジションにいるのは、彼なりに何かしらいいポイントを最大限に引き出しているからでしょう。それに引っ張られて他の選手たちも成績を上げていけるように、ザルコ選手には期待をしています」
ザルコ自身は、この苛酷なシーズンでも学ぶことはあった、と1年を振り返っている。
「こんなに厳しいときであっても、自分に向き合って己を高めていく方法を探ることはできる。その方法を見いだすことができれば、バイクも少しはうまく乗れるようになる。技術的なものごとやコメントに一喜一憂しない。技術的なあれこれは技術者のためのもので、ライダーのためではないのだから。最高の日本人技術者でもすぐに答えを見つけられないのだとしたら、技術者のほうが明らかに僕たちよりも頭がいいのは明らかなので、僕らライダーに見つけられるわけがない。それが(今シーズンの厳しい時期から)学んだことで、自分はライダーでよかったと思う」
これは1年間ともに戦ってきたホンダの技術者に対する慰労や敬意を示す言葉とも取れる半面、ライダーたちが違和感や問題点などをフィーリングとしてフィードバックしたものを、具体的な技術的ソリューションとして提示され解決に至らなかったことに対するフランス人独特の痛烈な皮肉、いわば京都人が「技術者のおかたは頭がよろしおすし慎重でしっかりしたお仕事をしはるんどすけどなあ」とでもいうような嫌味が言外に込められているようにも見える。
来シーズンに向けたホンダの好材料としては、今季限りでフル参戦に区切りをつけた中上貴晶と、スズキやアプリリアのプロジェクトを文字どおりゼロから引っ張ってきたアレイシ・エスパルガロがテストライダーとして参加すること、を挙げることができるだろう。これらのテストチームをまとめるのは、2023年と2024年にHRCのテクニカルマネージャーを務め、スズキ時代にはエスパルガロとも交流のある河内健だ。ただ、現状のホンダが浮上のきっかけを掴んで欧州3メーカー勢と互角の戦いをできるようになるまでには、まだかなりの年月が必要になるだろうこともまた、明らかに見える。
2025年シーズンは、現状では22戦が予定されている。
ドゥカティファクトリーチームに移籍するマルケスが、どこまでかつての黄金時代と同様の無類の強さを見せつけるのか。型落ちマシンですらあれだけの成績を残したライダーの能力と、ドゥカティ最新鋭モデルのポテンシャルを掛け合わせれば、彼が2010年代のホンダ最強時代に示した連戦連勝状態もあながちありえないことではない。
それを阻むことのできる最有力候補がいるとすれば、王座から陥落し負けを味わったことで、ライダーとしてさらにしたたかな強さを身につけたであろうバニャイアだろう。マシン性能とライダーの組み合わせ、という点を考えれば、このドゥカティファクトリー両選手が圧倒的に有利であることはまちがいない。
また、新チャンピオンとしてアプリリアファクトリーに移るマルティンは、自分を選ばなかったドゥカティファクトリーに対して、はたしてどのような心意気で挑みかかるのか。ライダーの能力には疑問の余地がないとしても、彼が跨がるRS-GPに1年を通じてどんなコンディションでも安定して高い水準で走りきれる戦闘力を技術陣が付与できるかどうか、が陣営のカギを握る。そして日本人ファンの視点からは、そのアプリリアサテライトチームから最高峰デビューを果たす小椋藍がどこまでの走りを見せるのか。そのあたりが新シーズンの見どころになるだろう。
プレシーズンテストは恒例のマレーシア・セパンサーキットから、そして開幕戦は2月28日のタイGPチャーン・インターナショナルサーキットでスタートする予定だ。
プロフィール
西村章(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。