福島、中間貯蔵施設ルポ

異常な公共事業の実態―――井戸川前町長に同行取材

日野行介(ひの・こうすけ)
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 東京電力福島第1原発事故から8年が過ぎた。放射能が五感で認知できないのを良いことに、この国の政府は事故を可視化する存在を隠し、事故を「終わったこと」にしようと急いできた。この早期幕引き政策の要が、除染で発生した膨大な汚染土を最長30年間にわたって保管する「中間貯蔵施設」(福島県双葉・大熊町)だ。3月3日、井戸川克隆・前双葉町長(72)に同行し、国の用地取得と並行して汚染土の搬入が続く施設内に入った。 取材・撮影・文=日野行介 日野氏ポートレイト撮影=中筋純

 

◆全用地の取得前から続々と汚染土を搬入

 中間貯蔵施設は、その全域が事故6年後も放射線量20ミリシーベルトを下回らなかった帰還困難区域内にある。双葉町北部のスクリーニング場で同区域に入る手続きを終え、福島県の浜通りを南北に縦貫する国道6号線を車で数分南下すると、左側に帰還困難区域を囲むフェンスの出入口が見えた。井戸川さんは男性警備員の横に車を止め、運転席の窓ガラスを開けて自らの免許証を示した。警備員は一目見て、「はい、お疲れ様です」と通した。井戸川さんは事故直後に役場ごと避難した埼玉県北部に住んでいるが、住民票は双葉町から移していない。極端なことを言えば、暴力団員やオウム信者だったら逮捕されてもおかしくない状態だが、「国にとって法の運用なんていいかげんなもん。おかげで免許の更新は福島の免許センターまで行ったよ」と笑った。

 

 太平洋岸に向かって東に車を進めると、正面に高いコンクリート擁壁で囲まれた一角が迫ってきた。焼却炉や灰処理施設の建設予定地で、現在は造成工事が続いている。井戸川さんは「ちょっと見せたいものがある」と言って車を降り、道路左側の山道を登り始めた。「羽山神社」と書かれた鳥居をくぐり、5分ほどかけて石段を登り切ると、造成工事を一望できる高台に着いた。十数基のクレーンが立ち並ぶ奥には3号機の作業用ドームと、5、6号機の建屋も見える。この事故の歴史を一枚に切り取るような光景だった。
 「これを見せたかったんだ。前はもっと木立があったんだけどね、かなり切ったね」
 それにしても放射線量が高い。手元の線量計は毎時5マイクロシーベルトに迫る勢いだ。これは国が事故後避難指示基準に設定した年間20ミリシーベルトを優に超える数値で、線量計の画面には「危険」と表示されている。
 井戸川さんが今回訪れた目的の一つは、中間貯蔵施設用地内に残る井戸川家の墓参りだった。地域の共同墓地へ向かう道すがら、汚染土が入った黒いフレコンバッグが高く積み上げられた「保管場」の脇をいくつも通り過ぎた。この日は日曜日だったせいか、汚染土を運び込むトラックは1台も見なかった。

 井戸川さんと後部座席に座る妻の三喜子さんは保管場の脇を通り過ぎる度、寂しそうに口を開いた。
 「あれは●●の田んぼだな。あいつも売ったのか」
 「ここ●●ちゃんのだよね」
 「『おれはまだ』って言っていたのにな」
 「●●さんのところ、まだ何もしてないよ」
 「いや多分売ったと思う」
 「お婿さんのいる九州に行ったんだっけ」
 「みんな悲しみを金に換えているんだよ。面倒くさいのか、環境省は俺には売ってくれと言ってこない。最後は俺だけになるんだろうな」

 保管場はフェンスで囲まれているが、取得済みの土地に立て看板などはない。環境省は「売ったことが分かってしまい印象が悪い」(同省担当者)ためだという。それでも、先祖代々土着してきた地元の人々からすれば誰が売ったかは明々白々なのだ。
 土地の提供について避難者同士で話題に上るのだろうか。そう尋ねると、井戸川さんはうつむいて答えた。
 「最初はね。目立つからね。でも段々と『だってしょうがいないから』ってなったよね」
 用地取得は急速に進んでいた。買収や地上権設定によって環境省が取得した土地は、17年2月時点では約2割だったが、19年2月末時点では約7割に迫る。帰還困難区域であっても将来的に避難指示の解除はあり得る、それでも汚染土の山と隣り合わせで住もうとは思うまい。ましてや、最長30年間保管した後は県外で最終処分する、という国の公式見解をほとんど誰も信じていない。これでは帰還を諦めて土地を手放すのも当然と言えた。
 井戸川家の墓は、双葉町郡山地区の共同墓地にあった。倒れたり、ずれたままの墓石もあり、地震の爪痕が今も残されていた。
 驚いたことに、墓地のすぐ後ろにも黒いフレコンが山と積まれていた。2人は墓石周辺の雑草をバーナーで焼き、表面の埃を拭き取ると、先祖の霊に向けて手を合わせた。繰り返すが、すぐ後ろには汚染土の山が見える。黒いフレコンが城壁のように積み上げられた仮置場は事故後の福島を象徴する光景だ。ここでは「保管場」と名付けられているが実態は同じだ。
 ところで、ダムや空港などの巨大な公共事業は通常、まず設計図を作り、全ての用地を取得してから工事に入るはずだが、中間貯蔵施設は順番が逆だ。用地取得できた範囲に合わせて、フレコンを解いて分別された土を入れる土壌貯蔵施設や、解く前のフレコンを置いておく保管場の設置範囲を決めている。こんな公共事業があるだろうか。
 井戸川さんもうなずいた。「公共事業って本来は買収が終わってから着工するもんだよね。国は成田空港とか沖縄みたいにしたくないんじゃないかな」
 環境省は11年11月、中間貯蔵施設に必要な敷地面積を「300~500ヘクタール」と発表している。だが現在の中間貯蔵施設の区域は約3~5倍にあたる約1600ヘクタール。早く運び込める用地を確保するため、かなり余裕を持って線引きしたのだろう。ちなみに汚染土の搬入は着工前の15年3月に始まっている。環境省の担当者も「仮置場の早期解消が中間貯蔵施設の役割」と認めた。
 だが、そもそも事故の法的責任は東電にあるはずなのに、なぜ国が1兆6000億円もの国費を投じて公共事業としてこの施設を整備するのかさっぱり分からない。一部の地権者が「本当に30年後に撤去する気があるのか、事故と関係ない放射性廃棄物も持ち込むのではないか」と疑うのも無理はない。当たり前の疑問を無視したまま、既成事実ばかりが積み上げられていく。

次ページ  30年後にどうなっているのか、それを見定めるまで死ねない
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除染と国家 21世紀最悪の公共事業

プロフィール

日野行介(ひの・こうすけ)

1975年生まれ。『除染と国家 21世紀最悪の公共事業』著者。毎日新聞記者。九州大学法学部卒。1999年毎日新聞社入社。大津支局、福井支局敦賀駐在、大阪社会部、東京社会部、特別報道グループ記者を経て、水戸支局次長。福島県民健康管理調査の「秘密会」問題や復興庁参事官による「暴言ツイッター」等多くの特報に関わる。 著書に『福島原発事故 県民健康管理調査の闇』『福島原発事故 被災者支援政策の欺瞞』(いずれも岩波新書)、『原発棄民 フクシマ5年後の真実』(毎日新聞出版)等。

『除染と国家 21世紀最悪の公共事業』

 
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